第207話 結果が全ての世界
3回表は二宮投手がヒットを2本打たれたものの、何とか無失点に抑えた。
そして3回裏、僕は打席に立った。
僕は右打者なので、引っ張ると三遊間に飛ぶ。
しかし入団当初から右打ちを意識してきたので、流し打ちもできる。
ツーボール、ワンストライクからの4球目。
カットボールをうまく右方向に打ち返した。
よし一二塁間の真ん中だ。
これは抜けただろう。
ところが忍者のように、視界の隅から葛西が飛び出してきて、グラブに納め、クルッと一回転して一塁に投げてきた。
僕も懸命に走ったが、アウト。
くそー、ヒット一本損した。
ベンチに帰る途中に振り向くと、葛西はすました顔でボール回しをしていた。
この回は額賀選手がフォアボールで出塁し、岡村選手が2ランホームランを放ち、6対3と3点差になった。
4回表、ツーアウトランナー無しから葛西が3度目の打席に立った。
ここまで2打数1安打。
マウンドには引き続き二宮投手。
フルカウントから鋭い打球が三遊間に飛んできた。
打球は手前でショートバウンドした。
難しい打球だ。
しかし僕もプロ7年目。
滑り込みながら、しっかりとグラブに納め、すぐに立ち上がりファーストに送球した。
葛西は俊足だが、間一髪アウト。
どうだ。
僕だってなかなかやるだろう。
葛西はベンチに戻る途中で振り返り、僕を見て微かに笑った。
「お前もなかなかやるな」
そう言っているように思えた。
試合は6対3のまま、5回表を終了した。
ランナーを出しながらも要所を抑えた二宮投手も流石だ。
長い間、プロで生き抜いてきただけはある。
5回裏、ワンアウトランナー無しから僕の3回目の打順を迎えた。
マウンドには引き続き、十河投手。
初球。
僕は再び一二塁間にうまく流し打ちをした。
葛西が打球に追いついた。
しかしバウンドが変わったのか、弾いてしまった。
すぐに葛西は打球を拾い上げて、一塁に投げてきたが、僕の足の方がわずかに早かった。
スコアボードを見たが、記録はエラー。
葛西にとってプロ初エラーだ。
だが守備位置に戻った葛西は、普段と変わらない表情をしていた。
内野手をしていると、エラーはつきものである。
もちろんエラーをしない方が良いに決まっているが、多くの打球を処理しているとイレギュラーバウンドに遭遇することもある。
大事なのは引きずらないことなのだ。
取り返そうと考えると、より深みにハマることが多い。
(これはギャンブルも同じだと思う)
切り替えの早さもプロで生き残っていくために必要な資質だと思う。
僕は一塁上からベンチのサインを見た。
サインはグリーンライト。
つまり盗塁できるチャンスがあれば試みてもいいよ、ということだ。
言い換えると盗塁の成功も失敗も自己責任。
2番の額賀選手は、ヒッティングの構えをしている。
点差が3点あるので、送りバントをする場面ではない。
初球を投げる前に、牽制球が2球来た。
盗塁を警戒されている。
そしてワンボール、ワンストライクからの3球目。
僕はスタートを切った。
そして額賀選手はバットに当てた。
打球は一二塁間。
葛西が周り込んで取ろうとした。
「あっ」
またしても葛西は弾いた。
僕はそれを見て、すぐに二塁を蹴って三塁に向かった。
葛西はボールを拾い上げて、すぐに一塁に投げたが、額賀選手も俊足。
一塁はセーフになった。
これでワンアウト一、三塁。
いずれも葛西のエラーのランナーだ。
新潟コンドルズの内野陣がマウンドに集まっている。
葛西の表情を見たが、あまり変化が無いように見える。
内心どう思っているかまではうかがい知ることはできないが…。
その後、岸選手のタイムリーヒットで1点を返し、岡村選手が凡退後、5番のデュラン選手に逆転のスリーランホームランが生まれた。
これで7対6。
大逆転に球場の大半を占める泉州ブラックスファンは大喜びである。
僕はベンチから葛西の表情を見た。
表情はいつもと変わらず飄々としているように見えた。
結局この試合、9対7で泉州ブラックスが勝利した。
もし5回裏、葛西がエラーをしていなければ、無得点に終わっていただろうし、試合もそのまま新潟コンドルズの勝利だったかもしれない。
タラレバを言っても仕方がない。
プロ野球は結果が全ての厳しい世界だから。
幾ら葛西でも、今晩はなかなか寝付かないだろう。
だがその経験をどう捉えるかが、プロとして生き残っていく中で大事なのだ。
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