第185話 首の皮一枚をかけて

 この回、先頭バッターの生田捕手は粘りに粘り、セットアッパーの木下投手に10球投げさせ、フォアボールを選んだ。

 

 泉州ブラックスの正捕手は高台捕手であるが、生田捕手は第2捕手という地味な立場ながら、出場した試合では自分の役割を確実に果たそうという意識が見える。

 こういう選手が控えにいるのも、泉州ブラックスが優勝戦線に残っている要因だろう。


 そして9番の山形選手は堅実に送りバントを決め、打順は1番の額賀選手。

 額賀選手もベテランであり、ボール球はなかなか振らない。

 木下投手は球威はある分、コントロールはそれほど良くないので、じっくり見られると厳しくなる。


 額賀選手もフォアボールを選び、これでワンアウト一、二塁となり、僕の打順となった。

 打席に入る前にベンチを見ると、送りバントのサインだ。

 先程の打席と同じ。

 僕はバッターボックスに入り、バットを横に構えた。


 木下投手の球は、球威が凄い分荒れ球であり、バントするのは難易度が高い。

 だが初球をうまく、一塁方向に転がした。

 ランナーはそれぞれ進塁し、僕は拍手に迎えられてベンチに戻った。

 僕の脳内では必殺仕事人のチャラリーンという音楽が再生された。

 僕は仕事を果たしました。

 後は頼みましたよ。岸選手。


 岸選手はファーストストライクをどんどん打っていくタイプの選手であるが、ここはじっくり見て、フォアボールを選んだ。

 これでツーアウト満塁で4番の岡村選手の打順を迎えた。


 岡村選手は僕らの思いを背負いながら、打席に入っているのだろう。

 いつもよりも緊張した面持ちであった。

 優勝争いに首の皮一枚繋げることができるか、それともここで終戦か。


 岡村選手はフルカウントまで粘り、そして7球目。

 真ん中低めへのストレート。

 手がでなかった。

 球速は160km/hを超えており、素晴らしい球だった。

 これは投げ切った木下投手を褒めるべきだろう。

 互いに一歩も譲らないまま、試合は9回の攻防を迎えた。


 同点ではあるが、泉州ブラックスのマウンドには抑えの切り札の平塚投手が上がった。

 打てる手は全て打つということだ。

 平塚投手はフォアボールとヒットでワンアウト一、三塁のピンチを背負ったが、二者連続三振で切り抜けた。


 そして9回裏の攻撃を迎えた。

 この回は5番のデュラン選手からの打順である。

 ここまで打率.265、ホームラン19本であり、主力としての数字は残しているが、来季の契約となると微妙である。

 何とかここで打って、残留へアピールしたいところだろう。


 東京チャリオッツの抑えは、入団1年目のキース投手。

 抑えの切り札として、ここまで29セーブを上げている。

 150km/hを越える速球とスプリットの使い手だ。


 デュラン選手はこの打席、トーマスからもらったバットを持って打席に立っている。

 プロ野球選手はバットには数グラム単位で拘るが、ここはあえて使い慣れないバットを選択したのは、トーマスの思いを背負って、という意思表示なのだろう。


 初球、真ん中高めへのストレート。

 スピードガン表示は159km/h。

 フルスイングしたが、ボールはバットの下を通り過ぎていた。


 2球目。スプリット。

 何とデュランはヒッティングの構えからバントをした。

 これは東京チャリオッツナインも予想していなかった。

 うまい具合にピッチャーとサードの真ん中にボテボテのゴロが転がり、ダッシュしたサードが素手で掴んで、一塁に送球した。

 

 デュランはなかなか足が速く、一塁手が送球を捕球するのとほぼ同時に一塁ベースを駆け抜けた。

 判定は?

「セーフ」

 デュランは一塁線上で、両手を握りしめ、雄叫びをあげた。

 貴重なサヨナラのランナーがでた。

 しかもノーアウトである。


 次は6番のベテラン水谷選手。

 セオリーなら送りバントの場面だが、水谷選手は強打者であり、またバントがあまり得意ではない。

 だが水谷選手はバッターボックスに入ると、バントの構えをした。


 相手投手としては、本当にバントをしてくるか、それともヒッティングに切り替えてくるか、どちらも考えられる場面だろう。

 僕はベンチで栄ヘッドコーチの出すサインを見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 


 

 

 


 


 

 

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