第184話 まだまだあきらめねーぜ
5回表、児島投手がピシャリと3人で抑えた。
そして東京チャリオッツの稲留投手も負けてはいない。
5回裏、6番からの下位打線であったが、三者三振に抑えられた。
次の回は僕に打順が回る。
ツーアウトランナー無しで回ってきたら、一発狙うかな。
そんなことを考えながら、守備位置についた。
6回表、強い当たりのショートゴロが2本飛んできたが、無難に捌いた。
ベンチに戻りながら、先日のテレビ中継を思い出していた。
僕の守備を見た実況アナウンサーが、「しかし高橋選手は、守備も安定してきたし、足も速いし、良い選手になってきましたね」と解説の田中大二郎氏(静岡オーシャンズ元監督)に話を振った。
すると、田中大二郎氏はこう答えてくれた。
「フリーエージェントで静岡に移籍した黒沢の人的補償だったけど、ブラックスとしても良い補強になったね。
私が監督時代にドラフトで獲ったけど、入団当時は線が細くてね。
出てくるまで時間がかかるかな、と思っていたけど、予想より早く出てきたね。
パワーもついて来たし、来季はレギュラーを狙えるんじゃないかね」
自宅で録画したテレビ中継を見ていたら、このようにコメントされており、とても嬉しかった。
まだまだ安穏とできる立場ではないが、ここ2年間は一軍に定着しており、僕もプロ野球選手らしくなってきたと思う。
さあ次は課題の打撃だ。
いっちょ、かましてやろうか、なんてことを考えていたら、ワンアウト一塁で僕に回ってきた。
バッターボックスに入る前にベンチを見ると、サインは送りバント。
まあそうでしょうね。
1点を争う試合だし、仕方が無い。
ここは1点を争う試合となっているため、ツーアウト二塁にして、岸選手につなぐというベンチの判断だ。
初球、内角低めへのツーシームだったが、僕は目を切らさず、確実に一塁方向に転がした。
ピッチャーがボールを取り、セカンドをチラッと見たが、すぐに一塁に送った。
送りバント成功。
拍手に迎えられて、ベンチに戻った。
こういうプレーを確実にこなすのもプロとして生き残るために必要なのだ。
この回は後続の岸選手が凡退し、無得点に終わったが、僕としてやるべきことはやった。
7回表、東京チャリオッツのラッキーセブンの攻撃だ。
球団歌が流れる。
長い伝統を持つ球団とあって、昔の軍歌を彷彿とさせるようなメロディーだが、敵チームの歌であっても高揚するような気分となる。
この回も児島投手は続投し、ヒットを一本打たれたものの無失点に抑えた。
そして7回裏、泉州ブラックスのラッキーセブンの攻撃となった。
泉州ブラックスの球団歌は、10年くらい前にリニューアルされた比較的新しい歌で、曲名は「VICTORY」という。
地元出身のロックバンドの曲で、十二球団でも1番格好良いと言われており、ナウなヤングの僕もとても気に入っている。
この回の打順は4番の岡村選手からであり、いきなりフォアボールで出塁したが、後続が凡退し、無得点に終わった。
試合は、1対1のまま、8回の攻防に入った。
泉州ブラックスのマウンドにはまだ児島投手がいる。
最多勝がかかっているし、恐らくこの登板が今シーズン最後の登板になるので、最後まで投げ切る覚悟なのだろう。
ところが疲れもあってか、この回ノーアウトから連続フォアボールを与え、ワンアウト二、三塁のピンチを背負ってしまった。
試合も終盤であり、もう1点もやれない。
しかも三塁ランナーは球界きっての俊足の立川選手だ。
僕ら内野陣はバックホーム体制をとった。
ここで迎えるバッターは強打者の角選手。
一塁が空いているので、申告敬遠し、満塁とした。
続くバッターはやはり強打者の浮田選手。
長打があり、足も速い嫌なバッターだ。
そしてワンボール、ワンストライクからの3球目。
鋭いライナーが僕の頭上に飛んできた。
一か八か。
僕はタイミングを合わせてジャンプした。
打球はグラブの先っぽに飛び込んでいた。
そして着地するやいなや、セカンドに投げた。
ランナーは飛び出しており、アウト。
最高の結果。ダブルプレーだ。
ベンチに戻ろうとすると、マウンド付近で児島投手が待ってくれており、グラブタッチした。
球場内も湧いており、拍手で迎えられた。
プロ野球選手冥利につきる。
8回裏、この回は8番の生田捕手からの打順だ。
一人ランナーが出れば、僕に回ってくる。
さっきのファインプレー(自分で言うのも何だが)で、気分が高揚しており、どんなボールも打てそうな気がするので、是非打席に立ちたい。
今日勝てば、優勝に向けて首の皮一枚つながる。
まだまだあきらめねーぜ。
泉州ブラックスのベンチの皆がそう思っているに違いなかった。
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