第174話 伏兵の矜持
11回表、ツーアウトランナー無し。
バッターは山形選手。
山形選手は俊足巧打の粘っこい選手であるが、長打力はそれほど無い。
ここは粘って出塁し、クリーンアップトリオにつなぐのが、課せられたミッションであろう。
初球、真ん中低めへのツーシーム。
見送ったが、ストライク。
2球目。
緩いナックルカーブ。
外角に決まったが、判定はボール。
3球目。
内角高めへのストレート。
見送ったが、判定はストライク。
山形選手は表情一つ変えない。
4球目。
外角へのナックルカーブ。
ファールで逃げた。
カウントはワンボール、ツーストライクのまま。
5球目。
シュート。
これもファールで逃げた。
6球目。
真ん中低めへのツーシーム。
内野ゴロ狙いであろう。
ところが山形選手はこの球を狙いすましたようにすくい上げた。
大きな当たりだ。
センターの小田選手が懸命に下がっている。
頭を越えれば長打コースだ。
ベンチの首脳陣、選手は立ち上がり、打球の行方を目で追っている。
打球はそのままセンターバックスクリーン横に飛び込んだ。
貴重な勝ち越しのホームラン。
山形選手にとって、今シーズン第一号のホームランだ。
それがこの大事な場面で飛び出した。
さぞかし嬉しいだろう。
と思いきや、山形選手は三塁を周る時に微かに笑みを浮かべたものの、あまり表情を変えずにホームインした。
ベンチはお祭り騒ぎであったが、山形選手はまるで打って当然とでも言うかのように淡々として、ハイタッチの後、何事もなかったかのようにベンチに座った。
しかしあの場面、塁に出るためのフォアボール狙いとばかり思っていたが、強振するとは。
相手投手も予想外だっただろう。
この回は続く水谷選手が凡退し、1点勝ち越しのまま、11回裏となった。
泉州ブラックスのマウンドには、引き続き二宮投手が上がった。
二宮投手はまるでデフォルトのように、またしてもツーアウト満塁のピンチを背負った。
最後の打者には、良い当たりをレフトに打たれ、一瞬ヒヤッとしたが、山形選手が背走して追いついた。
ヒヤヒヤしたが、勝ちは勝ち。
二宮投手には、今シーズン初勝利がついた。
ヒーローインタビューは、今日3打点の山形選手。
道具の片付けをしながら、聞いていたら、二宮投手に勝ちをつけられて嬉しいというようなことを言っていた。
どうやら山形選手と二宮投手はドラフト同期で、それぞれ5位と6位指名だったらしい。
きっと下位指名同士、切磋琢磨してプロの世界で生き抜いてきたのだろう。
後日知ったが、山形選手は高校時代、強打者として知られ、高校通算で52本のホームランを放っていた。
プロにもスラッガー候補として入団したのだろうが、生き残るために、試合に出るために今のようなスタイルになったのだろう。
そして二宮投手も調べたら甲子園準優勝投手だった。
当時は速球が自慢の本格派だったとのことだが、やはりプロで生き残るためにスタイルを変えたのだろう。
言うまでもなく、プロにはアマチュア時代に輝かしい実績を残した選手が多くいる。
というよりもそんな選手ばかりだ。
(忘れているかもしれないが、僕も全国制覇メンバーの一人です)
そんな中で生き残るのは並大抵のことではないのだ。
余談だが、試合後、僕と山形選手、二宮投手は岸選手に夕ご飯をご馳走になった。
岸選手のスクイズ失敗を、結果的に山形選手と二宮投手で帳消しにした罪滅ぼしだろう。
僕も被害者の一人として、ご相伴に預かった。
岸選手は「俺にスクイズをさせたベンチが悪い」としきりにこぼしており、ご馳走になる立場の僕は、焼肉をほうばりながら、「本当にそうっすよね」と素直に相槌を打った。
2位攻防戦の第一試合を取れたのは、チームに取って大きい。
もし明日も勝てれば、2位の地位が盤石になる。
よし、明日も頑張ろう。
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