第166話 後半戦の始まり

 7月にはオールスターがあり、その後、後半戦が始まる。

 そしてオールスター休み後の最初の練習日、僕は川崎2軍監督に呼ばれた。

 

 「ようやく、上から仮出所の許可が出た。

 また悪さをすると、ここに戻って来ることになるから、気をつけろよ」

 

 プロ野球では2軍のことをファーム(農場)と呼ぶことがあるが、泉州ブラックスの場合はプリズン(刑務所)とでも呼ぶのか。

 それならコーチはさしずめ、看守か。

 

 そんなバカなことを考えながら僕は1軍合流に向け、荷物整理をした。

 ちなみにトーマス・ローリー選手はオールスター休みを利用して、アメリカに一時帰国をしている。

 優勝争いを続けたまま、シーズン終盤になると、きっとトーマスの力が必要になる時が来るはずだ。

 トーマスもその日に向かって、牙を研ぐのだろう。


「随分、日焼けしたな。

 川崎監督からも状態が良くなってきたと聞いている。

 後半戦の起爆剤となることを期待しているからな」

 1軍に合流して、栄ヘッドコーチに挨拶するとこのように言われた。

 

 チームは引き続き優勝争いをしており、首位の東京チャリオッツとは2ゲーム差につけている。

 もっとも3位とも2ゲーム差である。

(4位とは7ゲーム離れており、少し余裕がある)

 ちなみに各チームの順位、勝敗以下の通りである。

※()内は首位とのゲーム差


1 東京 50勝-32敗 3分( - )

2 泉州 47勝-33敗 5分(2.0)

3 中京 43勝-33敗 3分(4.0)

4 四国 39勝-39敗 7分(9.0)

5 新潟 30勝-49敗 6分(18.5)

6 静岡 26勝-52敗 4分(20.5)

 

 後半戦の最初の試合はアウェーでの四国アイランズ戦である。

 高松へは2軍はバス移動だったが、1軍は新幹線と在来線を乗り継いで移動する。

 ホテルのランクも違う。

 アメリカのメジャーリーグとマイナーリーグ程の差は無いにしても、1軍と2軍の待遇の差ははっきりとある。


 今日の試合、僕はベンチスタートだった。

 きっと久しぶりの1軍ということで、まずは雰囲気に慣れろという配慮だろう。

 きっとそうだ。

 そうに決まった。


 1軍の試合はどんなに観客が少なくとも、最低1万人はいる。

 トランペットの音などもあるので、1人1人のヤジもあまり聞こえない。

 2軍の観客は多くても数百人なので、聞きたくなくてもヤジが耳に入ってしまう。


 例えば、僕の打席の時に「コウリュー、しっかりやれよ」という、男性の大きな声がした。

 コウリューとは何のことか分からず、無視していたら次に「無視すんなよ、コウリュー、2軍での拘留期間を延長するぞ、コラ」という声が聞こえた。

 その時は「コウリューってなんだ?」と思ったが、後から閃いた。

 高橋隆介の高を「コウ」と読み、名前と合わせて、コウリューということだ。


 他にも「こら、タカハシ。牛丼ばかり食ってないで、たまにはゆいちゃんの元に帰ってやれ」という声もあった。

 確かに2軍にいる時は練習や、試合帰りに牛丼屋に行くのが日課になっていたので、どこかで見られていたのだろう。

 て言うか、何で妻の名前が結衣と知られているのだろう。

 怖い怖い。


 そしてこの試合、セカンドのスタメンは泉選手だったが、7回ノーアウトから、フォアボールで出塁した際に代走として僕にお呼びがかかった。

 久しぶりの1軍の舞台だ。

 僕は青いスライディンググローブをはめて、颯爽とグラウンドに飛び出し、一塁上の泉選手と軽くタッチして交替した。

 さあ、戻ってきたぞ。


 すると応援席から、帰ってきたウルトラマンのテーマソングが聞こえた。

 「帰ってきたぞ、帰ってきたぞ、ウルトラマン」というところで、声を揃えて「タカハシ」と言ってくれた。

 イキな演出だ。

 ちょっとウルッときた。


 ここで牽制死などしようものなら、すぐに2軍へ送還されてしまう。

 僕は一塁の塁上で、武者震いを感じた。

 


 

 

 

 

 

 


 

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