第21話



 21話


 そこには天使がいた。

 綺麗で、繊細で、それでも豪快で。その人のダンスを見ていると、なぜか曲が見えてくる。そのダンスはブレイキンのパワームーブなのに。俺が曲を聞いていないと蹴散らしたはずのダンスは俺の想像を裏切り、なぜか曲が見えていた。


 豪快でリズムの上にあると思っていたブレイキン。

 ただ今見えているのはそうではない。それは驚きを隠せない。だって俺の知っているブレイキンじゃないんだから。


「阿部先輩。ああ、・・・凄いな。」


 だが、俺と阿部先輩があのブレイキンに持つ感情はあまりにも違った。阿部先輩はあのブレイキンに対して、今尊敬を払っている・・・これがダンサーなのかな。


 自分の知らないダンスをうけいれる。実にスポーツマンシップのある行動だと思う。だけど、俺はこれはブレイキンではないと思ってしまった。

 ・・・だから俺は思った、このダンスは凄いんだと。


「はい。」


 剛毅さんはこの人を魅せたかったのかな。

 なんで、Dを魅せたかったのか分からなかったけど・・・。


 おれはその時その人に勝てる気がしていなかった。そもそも一つ一つのムーブの熟練度が違う上に・・・自分のダンス。と言えばいいんだろうか。自分に合ったダンスを見つけている。


 俺とは舞台が違う。そう感じてしまった。




 ☆


「光ヶ丘。トーナメント表が出たみたいだぞ。」

「ちょっと見て来ますね。」


 先輩にお礼を言いながら、この少し暗い中を歩いて行くとすぐに見つかった。

 そのトーナメント表は・・・正直見ても良く分からなかった。誰が誰なのか、俺に知り合いなんて部活の先輩と同級生しかいないから。。


 でも、1人だけ個人的に見ておきたい人がいた。さっきの天使さん。名前は・・子羽さんとか言ったっけな。・・他の人が言っていたのを聞き耳建てていただけだから、間違っているかも知れないけど。


 ・・・そう思いながらも、あると信じて探すと、俺とは結構離れた場所に「子羽」と書かれていた。俺が全勝したとしても小羽根さんと当たるのは。。。決勝だ。


 勝ってやると意気込んだが、もしかしたらそもそも当たる事は無いかもしれない。・・俺が負けるか。それとも小羽根さんが負けるか。


 あ~でもそうなると、阿部さんとか小羽根さんともやりあうかも知れないのか。・・・ここでやっと理解したのかも知れない。


 俺は友人とバトルをしなければ行けないと。でも、前の阿部さんにやった事と同じような・・・挑発と言うか、印象が悪くなる事はやりたくない。

 前は調子に乗っていたと言えばいいえだろうか、なんか興奮していたから、流れでやってしまったけど。


 後に待っていた、阿部先輩とのあの変な空気。

 あれは本当に嫌だった。せっかく俺のわがままに付き合ってくれたのに。


 俺は色々考えながら、阿部さんの所に戻るとそこには準備をしている小羽根さんがいた。・・・そう言えば小羽根さんは次の次の3回戦だったよな。


「お!もどってきた。・・・お前ら緊張で体がちがちになってるぞwww。」

「さっきは大人数でのダンスだったんでそこまで緊張しなかったんですけが・・・あの場所に二人だけしかいない状態で、それも競い合わせられると・・結構緊張してしまいます。」


 ・・・小羽根さんも緊張しているんだな。さっきの予選は本当に自然体で踊れていたから、慣れていると思っていたけど。


「まあ、俺はストリートは結構経験あるけど、いまだに緊張はするよ。・・・そう言えば光ヶ丘はサッカーとかやっていたんだよな?その時は緊張しなかったのか?」

「あ~初めのころは緊張しっぱなしでしたけど、慣れ?というか、絶対に勝てるって自身があると、観客が応援団に見えてくるんですよね。」

「流石全国!やっぱり自身は必要だよな。自身が無くて筋肉が上手く動かなかったら大変だもんな。」


 ほんと、それ。何かやる時、視線が気になったら、体が上手く動かなくなっちゃうんだよな。でも、自分のが強い。・・・ナルシストの様になればなぜか良いパフォーマンスが出来る。


 本当に集中している時は、周りなんて気にならなくなるしね。


「小奈津さんのダンスは最高だから、自身を持って。」


 俺以外にも小奈津さんも緊張しているのだからこの緊張は普通の事だ。

 やっぱり初めての競技の大会は結構緊張しちゃうな。


 ・・・緊張した時いつもどうしているか。

 いつも緊張した時にしている事が有るのだが、スポーツごとに結構分けている。だけど、基本は同じだ。

 緊張を無くすのではなく、緊張に慣れる。


 緊張はいつどこで出てくるか分からない。

 もしかしたら、いい場面。・・サッカーでシュートを決める時、バスケで3を決める時。

 一瞬だけ緊張が戻ってきたら、・・・外してしまうかも知れない。


 だから、俺がやっているのはこの緊張に慣れていく。この緊張は普通なのだと。

 緊張している状態が普通なのだと。


 そうすると、適度な緊張状態で試合に望める。


「緊張は無くすんじゃなくて、慣れるんです。

 消しても無くならない、それはしょうがない。だったら、他の方法で。

 がんばってきてください。」

「ありがとうございます。」


 そろそろ、小奈津さんのバトルが始まるみたい。俺も見に行こうかな。


「光ヶ丘、いつもと口調が違くないか?」

「あ~、なんか緊張しているとこんな感じになってしまうんですよね。」

「・・・それがお前がさっき言っていた、緊張に慣れた状態か?」

「いえ、これは。。。元々?試合前になるとなるんですよね。」


 ☆


「1回戦3試合!こなつVSお菓子 スタート!」


 始まった。小奈津さん、さっきは凄い緊張していたけど・・今はダンスの事しか考えて居ない。緊張している時と違って、体の力が抜けているし。


「曲は・・・遅いな。それに重い。」


 小奈津さんのジャンルであるソウル。ソウルはソウルミュージックと言う音楽で踊るダンスの事を言っているのだが。・・・ソウルとは言ってきたが、そもそもソウルダンスは多くのダンスの総称。


 つまり、ソウルダンスと言ってもブレイキンやハウスの様な、聞いただけでどんなダンスなのか分かる訳では無く、ソウルと聞いただけではソウルミュージックで踊るダンスと言う事しか分からない。「こんなダンス」と言えるものではない。


 それなら、小奈津さんのソウルはどの様なダンスなのか?


「先行こなつ!スタート!」


 曲がなり始めたがどちらも踊り出さなかったため、ボトルで決まった。ダンスには先行後攻のルールはあるが、その決め方はその踊る人たちが決める。


 だけど、全然踊り始めないときは司会者がボトルを回して、キャップが向いた方の人になる。今回は、小奈津さんもお菓子さんも様子を見ていたみたい。


「始まった。」


 それでやっとわかった。・・・前に小羽根さんのダンスを見た時、その時はウェーブとスネークのグネグネした感じの動きが特徴的だ。・・・だけど、いや、ダンスは変わっていない。


 今も、ウェーブとか、スネークとかを使った、うねりを表現したダンスをしている。


「凄いですね、。」

「・・・凄い。凄いんだが、光ヶ丘。お前にはあれがソウルだと見えるか?」


 ・・・前から、思っていた事が有る。

 ダンスには色々な種類があって、もちろん俺も知らないジャンルやスタイルもある。その中で、ソウルを調べて・・そして他のダンスジャンルを見て思った事。


「・・・」


 正直言って、ソウルとは違う。と言うか。

 小奈津さんのダンスは・・・ウェーブとか、スネークとか、うねりを表現したムーブが特徴的だが、言ってしまえばそれしかない。


 ・・・そもそも、ウェーブは扱いが難しいのだ。これは俺が思っている事なのだが、ウェーブは一度流したら、止めてはいけない。

 例えば指先から反対の指先まで流したとしよう。その時に、途中でウェーブをやめたとしたら・・ダンスとして、違和感が強くなってしまう。


 だから、ウェーブやスネークもそうだけど、一度流したら止める事はいけない。


 だからと言って、他のムーブをしても・・・小奈津さんのウェーブには敵わない。つまり、その人のダンスの中で熟練度の強弱が生まれる。「凄いウェーブだ!」と思っても、他のムーブになった瞬間に。「この程度なのか」と飽きられてしまう。


 つまり、小奈津さんは一つのムーブの鍛えすぎたと言えばいいだろうか。


 今の小奈津さんのダンスはウェーブとスネーク以外出せない。するとどうなるか、ずっと同じダンスをしていると言う事は、飽きてくる。

 盛り上がらない。ソウルダンスとして、・・・そもそもストリートとしてなってはいけない。


 ならこの試合はどうなるか。


 最初は凄いと思っていた、ジャッジは3ラウンドと言う長いダンスバトルで、小奈津のダンスに魅力を感じなくなってしまう。


「3対0 勝者 お菓子!」


 魅力のないダンスは負ける。


 ☆


 ダンスが終わった後、どこか空っぽになってしまった小奈津さんを追いかけようと、そっちに行くが、俺は腕を掴まれてた。

 腕を掴んだのは阿部先輩であった。・・・なんで掴んだのかは分かっている。


「・・・。次バトルだろ。小奈津の事は俺がみとくから、お前は自分の事を考えとけ。」


 俺は胸を叩かれて、その場に取り残されてしまった。

 こんな時そばにいて、慰める事が出来る友達でありたかった。・・・でも、俺はバトルがある。もしバトルをほっぽって小奈津さんの所に行っても、怒られるだけだろう。


 それなら、俺はダンスを踊るしかない。


 俺はその罪悪感がダンスの緊張と重なり、押し潰されそうになっていた。・・・この暗い場所の中、前が見えず。


「今回は・・・良いよな。」


 俺は何となく持ってきた「マスク」を手に取ってバトルに出向いた。



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