熱を帯びた赤

 「ところでお前…多分うちの情力のこと「火を操る力」やと思てるやろ?」


 「…その口振りだとそうではないらしいな、何だ?」


 焔は勝ち誇った笑みを浮かべ言った。「熱や。」


 「熱だと?」


 「そう。うちの情力のタネは「熱を自在に操作する力」や。情力を「勇火いさみび」と名付けてたり、情力発動時にわざわざこの鉄棒から大袈裟に火花散らしてんのは…」


 「敵に貴様が火の使い手だと思わせる為の猿芝居だった、という訳か。」


 「せやせや、まんまと騙されたな…って誰が猿芝居や。んで急に速くなったんは、体温を上げて身体機能を急激に高めただけのこと。お前にも熱でうちの周りの空気が、まるで陽炎みたいに揺らめいてたん見えてたやろ?まぁ、使い過ぎたらちょっと危ない諸刃もろはの剣なんやけどな。」焔は小指に包帯を巻いた右手をひらひらと振って見せる。


 灯火は忌々しそうに舌打ちをした。「くそっ!当方としたことがなんという落ち度だ!こんな訳の分からないやつに遅れをとるなんて…!」


 「…あんた…可愛い顔してる割には結構毒吐くやんな…」地味に傷つき、半目で灯火を見る焔だったが…


 (…こいつ…もし最初っからうちのこと舐めずに本気で来とったら……なんかまだ力隠してるみたいやし、どうなってたか分からんかった…かもしれんな…)


 実際のところ、焔は言う程余裕ではなかった。彼女の言うように「陽炎」は彼女にとって、あくまでピンチの際の奇策なのだ。それを使わされたにも関わらず、灯火は未だ本気を出していない…彼女の内に秘められた脅威を、焔は直感的に感じ取っていた。


 (まぁ、今その何かをやってくる様子はなさそうやし…とりあえずはええか。)


 焔は改めて灯火を見る。「さて、今度はそっちが話す番や。あんたらのこと教えてくれんか?」


 そう言われた灯火はしばし沈黙していたが、やがて話し始める。「…話す程のことではないさ…退屈だった者達が退屈たいくつしのぎに集まって退屈を紛らわし始めた…そして今はその遊戯が「物盗り」なだけ…あぁ、集団の名前は窃盗団ということで盗みの道具にしようと決めた時、皆の近くにあり目にまったものが偶然緑のバールだっただけだが……何だ?何故そんな驚いたような顔をしている?」灯火は焔の顔を見て不思議そうに尋ねた。


 (…まじか。こいつらの窃盗の動機、ほんまに真白の言う通りやん…!?あいつとんでもない情力手に入れよったなぁ…)


 油断からかその瞬間、焔は迂闊うかつにも灯火から注意をらしてしまった。彼女はその隙をつき、瞬時に自らの肉体を火炎に変換させ、瞬く間に空高く舞い上がった。


 「あ、しもた!!おい待て!まだ聞きたいことが…」


 「これ以上貴様に情報を提供する義理はない。最初にも言ったが今回のゲームは当方のミスだ、日を改める…」炎が渦巻く中、灯火の姿が見え隠れする。


 「……それから…貴様の力を紛い物と言ったことに謝罪と訂正、そして一定の敬意を払おう…貴様のそれは偽物ではない、「亜種」だ…貴様が今後その力をどう高めてゆくのか…当方、ひそかに楽しみにしている…ではな。」そう言い残すと、灯火は熱と炎を撒き散らしながら夜の空へと消えていった。


 (まさか「怒り」の具情者であのような存在に出くわすとは…久し振りに激しい創作意欲が湧いてきたぞ…!!)赤い目をぎらつかせながら、空を飛ぶ灯火は込み上げてくる感情に身を震わせていた…




 「…なんや変なやつに会ってしもうたなぁ…まぁ力量は大したもんやったけど…」


 彼女の力を「亜種」と見なした灯火の読みは当たっている。焔の情力は「怒り」の具情者特有の「地水火風」のうち「火」の根本的性質「熱」を操作するもので、その異質性故か「使役」しか実行出来ない。故に灯火みたく、自らの肉体を火炎にすることは出来ないのだ。しかしその分他の分野において、それは応用性が極めて高いものではあった。


 「にしても…やってもうたな……とりあえずギャラリーまで戻るか…」手で頭を押さえつつ、焔はとぼとぼと帰路に着き始めた。

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