夕立

 (なんだ…今何が起きた…私の身体が、奴に引き寄せられた…!?)風音から距離を取った場所へ着地した水面は、髪の毛から滴る水を気にも留めず、風音の方を見て考えを巡らせていた。


 (奴の情力は風を操作するもの…激情態になったことで力が増大し、その風を操って私を近づけさせた、ということか…?)水面の鋭い目がすぅと細められ、そして両手を広げられるのと同時に水が集まり始めた。風は吹き荒れ、大気はいてつき、そして摩擦による雷がバチバチと音を立てる。


 「風雷ふうらい氷水ひょうすい!!」自然の脅威が一斉に風音へと襲い掛かる。「……!」対する彼女は一言も発することなく、少し離れたところに落ちていた旗を風で引き寄せて掴み、それをブンと振るう。すると平常時の三倍は巨大な竜巻が発生し、水面の放った攻撃と激しくぶつかり合った。二人を中心に小さな嵐が巻き起こる。


 水面は再び風音から離れようと後ろに跳躍したが、目論見通りにはいかなかった。水面の身体はまたもや、風音のいる場所へ不自然に引き寄せられてしまう。


 (これは…まさか!?)大きく目を見開いた水面は、彼女と自分との間に何層もの水の膜を張った。「春雨はるさめ百穀ひゃっこく!!」しかしその水の膜は二人の間のある一点へと吸い込まれ、小さな水の球へと形を変えてゆく。


 (間違いない。あの小娘…を生み出しているんだ!!)その光景を目にして、水面の疑念は革新へと変わった。果たして彼女の読み通り、激情者となった風音はそのあまりに強大かつ緻密ちみつな風の操作により、人為的に真空空間を作り出していた。水面が風音に引き寄せられたのは、その空間へと周囲の空気が流れ込むことを応用した現象、という仕組みだったのだ。


 「ちぃっ!」水面は慌てて片手を近くの木に向けて伸ばした、すると彼女の手から水の縄が噴出し、刈り取られずに生え残っていた木に絡みつく。その水を使って水面はなんとか真空に引きり込まれることを回避した。この間に風音は一歩たりとも元の位置から移動していない。


 「どうやら私はミスを犯したようだ。先に始末すべきは…貴様だったな!」木の上から下の風音に、怒りで顔を歪めながら水面が吐き捨てる。



 (……まずいぞ……これ以上長引けば…!)離れた所で待機している赤の額から一筋の冷や汗が流れる。(風音の情念が…どんどん弱まってる…!)激情者として急覚醒を果たした反動か、風音の身体に刻まれている激情紋様は段々と薄まっていた。本来激情態は発現者の心が焼き切れるまで止まらない代物だが、今回は力の発現元である「怒り」があまりにも強大であった為、幸か不幸か、「怒り」の減少と共に激情も弱まる仕様らしい。



 「……褒めておこうか。この私がここまで追い詰められたのは初めてかもしれない。それにもう少し早く貴様と出会っていれば、に引き込めたかもしれない…貴様の目に宿る憤怒はどうやら、私だけに向けられているものではない様だからな、まったく惜しい逸材だよ。」意味深な笑みを浮かべ、水面は再び空高く上がってゆく。「しかし敵として私の前に現れた以上、貴様があぶくの如く私の前から消え失せることは必然、さぁ…時間だ。」


 突如風音が崩れ落ちた。そしてその激情紋様は…完全に消えている。


 「く…そ…」激情態の反動、更には脚の怪我で、最早武器を持ち上げることすら叶わない風音。そんな彼女に向けて水面は両手を掲げ、空気中の水分を一所ひとところに集めてゆく。


 「せめてもの敬意だ。貴様達の生には、我が最強の技で終止符を打ってやる。」集まった水分はやがて黒雲となり、内部でゴロゴロと雷が鳴り始める。(くそっ!水面の技を食い止めるために随分感情を消費しちまった!!あの黒雲の質量、そしてこの情念…今のおれ独りじゃどうにも出来ねえ…!にしてもあの規模…ここら一帯を消し飛ばすつもりか!?どこにそんな力が残ってやがるんだ…!)赤は空を見て、これから起こる災厄を予感し畏怖した。


 (…ごめん…雷……ごめん………黄。)今度こそ己の最期を悟った風音。心中、大切な者達へ謝罪の言葉を並べる…救えなかった仲間、そして…最愛の恩人…




 「…夕立ゆうだち。」




 水面の声と共に、湖畔へと雄大な自然が降り注いだ。

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