我儘(わがまま)が許されるのなら

 「やれやれ、危ないところだったわ全く…!」晶の後方から、糸がほっとした様子で彼女達の方へ歩いて来た。「晶ちゃん、ほら、正気に戻って!」糸が晶の頬をペチペチと叩くと、晶はハッと我に帰った。


 正気に戻ったのを認めた糸は情力を解き、晶に絡まった布がほどけてゆく。「………糸さん、ありがとうございます……あのままだと私は、きっと彼女を…」青ざめた顔、震えながら糸に感謝の言葉を述べる晶…そんな彼女の頭を、糸は優しく撫でる。「大丈夫よ、彼女はちゃんと生きてる…大丈夫。」


 「……」そんな彼女達を見つめている仁流舞は…消えた。


 正確には消えたと思う程に速い動きでその場を去った。多勢に無勢だと思ったのか、前情報として分かっていた糸の実力に脅威を感じたのか…はたまた晶の一面に怖れを成したのか、真意は彼女のみ知るところだが…


 「……」糸は肩を抱えてうずくまる晶を心配そうに見つめる。


 (あの動き…いつか晶ちゃんが語ってくれた、彼女の暗殺者としての過去…頭では封印していても、身体が覚えているのね…そして命の危機を感じ、身体が勝手に動いてしまった…)糸は晶の心情をおもんばかる。


 「結局私は、いざとなれば命を奪おうとする救いようのない人間なのですね…やはり私が明るい世界に住むことは許されない…過去がそれを決して許してくれない……」消え入りそうな細い声で悔恨かいこんの思いを吐露する彼女…糸はそれを否定も肯定もせず、ただ寄り添って言葉を掛ける。


 「…確かに、許される時は訪れないかもしれない…でもね、世界が本当にあなたを断罪し拒絶するのなら、多分あなたはもうこの世にはいない。彼らはあなたを徹底的に排除しにかかるわ。それこそきれいさっぱりと、あなたという存在が影も形も消えてなくなるまでね。」糸は自身の過去を思い出し、ほんの少しだけ表情をかげらせる。


 「でもアタシ達はいま日向ひなた側に居る、世界がそれを見逃してくれている、それは事実よ。だからさ…」糸は涙に濡れる晶の頬をそっと撫でる。


 「甘えさせてもらおうよ、アタシ達が見逃されているうちはさ…!」ニッと歯を見せ笑う糸を見て、晶は大きく目を見開く。


 「まぁ、流石に何もせず、ってのも虫が良すぎるからね!さ、助けに行こう……私達が生かさせてもらう為に!!」糸の言葉に、晶は目元をぬぐい、こくりと頷いた。




 「…それを言うなら…アタシなんか絶対許してもらえないよ…」不意にそっと呟く糸だったが、その声は風にかき消されて晶の耳には届かなかった。




 その頃、グリーン・バールの一人である臙脂えんじ灯火とうかは独特な雰囲気の少女との邂逅かいこうを果たしていた。


 「当方、名を臙脂灯火という…貴様の情力は既に知っている、取り敢えず名を教えろ。」一応初対面の相手なのだが、えらく不遜な物言いをする灯火。


 「やだもう可愛くな〜い!あたしあなたとは何か気が合いそうにないな〜!」口を尖らせて文句を言うその子、しかしその容姿と相俟あいまってとても可憐な雰囲気をただよわせている。「まぁいいや、あたしの名前は梅重うめしげもえ、よろしくねっ!」これまた可愛く目元でピースサインをする燃、そんな彼女に、


 「情力発現「烽火ほうか連天れんてん」」武器の火鋏ひばさみをブンと振るい、小さい火の玉を彼女目掛けて飛ばす灯火。


 「うわわっ!!情力発現…」慌てて燃も力を解放する。「…燎原りょうげん之火のひ!!」足をドン、と地に叩きつけると、彼女の周りに火の壁が噴き出し、灯火の攻撃が無効化される。


 「ちょ、いきなり何すんのよ!?気の短い女ねぇ!!」「貴様の発話からは知性、品性、芸術性を微塵も感じない、よって貴様の話は当方にとって時間の浪費でしかない、さあ戦うぞ。」「いや待ってってば!ここ建物多い!」「だから?」「えぇ!?あなた街を守るためにあたし達を止めようとしてるんじゃないの!?」どこまでもマイペースな灯火に、思わず目を白黒させて仰天する燃。


 「炎、危ない、巻き込み防止!!って片言になっちゃったけど、ともかく!場所変えるわよ!もっといい場所あるから!…あなただってどうせ暴れるなら、見晴らしの良い場所の方がいいんじゃないの?」燃の話を聞いていた灯火は、


 「…さっさと案内しろ。」


 ぶっきらぼうにそう答えた。

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