揺れ動く色橋市

 「その髪の色…さっきの影を使う仕様に戻ったのね…」八重が目を細める。「あぁ。影もほら、この通り。」形影けいえい相同そうどうを再び発動し、真白くろは黒い外套に身を包んだ姿になっている。


 「さて、時間もないことだ…一気に畳み掛けるよ!」真白くろは前方に走り出し、左手の人差し指をクイ、と上げる…すると足下の影から黒い刀が顕現し、そしてそれを掴むと八重目掛けて大きく振り抜いた。八重は後ろに跳んでその攻撃を躱し、自身にかかる重力を操作して空高く浮かんでゆく…そしてちゅうから先程と同様、周囲のものを真白くろへとぶつけ始めた。


 真白くろの情力「影芝居」は影を操作する情力で、影を実体化させることも、逆に真白くろ自身が影と同化することも出来る。形影相同により身体の大部分を影で覆っている真白くろには当然、物理攻撃は透過して全く効かない。


 真白達の存在する世界を表とすれば影は裏、表の世界の理である重力は影を纏っている裏の部分には作用しない。だがあくまで真白くろは、今は表世界の住人、を裏でおおえばその力が増す代わりに、表側からの手引きがない限りは影から出られなくなってしまう…かつて黒が真白に言った「で影の中に潜んでいた」とは、この制約を指していたのだ。


 よって影で覆われていない部分が必然的に存在し、その部分は八重の情力「黒鎖地縛」の影響を受けてしまう…その証拠に真白くろの動きは普段よりも幾分鈍かった。


 また八重は真白くろと違い、重力を継続して操作することが可能だ。真白くろが影を纏っている間は遠距離攻撃を、そしてそれがなくなったら重力で抑えつけての反撃、まさに隙がない。しかし真白は真白で喜怒哀楽、憎しみと慈しみの情力を器用に使い分け、多彩な情力を駆使して八重の攻撃を防いでは攻撃に転じていた。だが、その結果状況は膠着こうちゃくの時間が続き、互いに好機をものに出来ずにいた。




 一方その頃。


 「全くもって、何がどうなっとるんじゃ!?」そう叫んだのはブラウエ・トロメルの一人、菜種なたねやわらだ。彼女は今、暴情に関節技を決めて動きを封じている。彼女の情力は「柔靭じゅうじん自在じざい」、身体の柔軟性を強化する情力で、人体構造的には本来ありえない関節の曲げ方が可能になる力だ。


 「ほんっと、信じられない騒音ノイズ共だわ!こんなに気分が悪いのは生まれて初めてかも…」鬼のような形相で暴情達を圧倒しているのはそほ砂羅さら、彼女の情力「地操ちそう磨石ませき」は土や岩石を操作するもので、大きな瓦礫や砂の壁を用いて暴情達を、まるで囲い込み漁のように一箇所に追いやって閉じ込めている。


 「砂羅ー、分かってると思うけどこの人達、必要以上に傷つけたらダメだからねー!」その辺りで一番高い建物の上に立ち、砂羅に声を掛けているのは若草わかくさはなだ。彼女の情力名は「木花もっか草々そうそう」、植物の成長を促進させる力で、砂羅によって集められた暴情達を、睡眠作用のある花粉を撒き散らす植物を即時的に成長させ、彼らを眠らせることで沈静化を図っている。


 「……」異常薬学者であることを除けば、普段は割とほがらかな表情であることが多い花だが、今日は珍しく神妙そうな顔をしていた。「…花さん、大丈夫ですか?」そんな彼女を心配した青は彼女に声を掛ける。


 「…一体誰がこんなことを…いや、それは後。今はとにかく、この人達を元通りにする策を考えなきゃ…こんな時の為に、今まで薬学を学んできたんだから…!」そんな青は目に入っていないらしい花が独り呟く。その様子を見て、青は何も言わずに再度眼下の惨状に視線を戻し、心の中でそっと思った。


 「頼みますよ…真白さん…」

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