見下ろす者達

 「衣香いこう襟影きんえい!」真白くろの足元から、黒い影が帯のように八重へと延びる。


 「怨鎖えんさ踏潰とうかい!」少し遅れて八重が唱える。真白くろの視界が暗転したかと思えば次の瞬間、立っていられない程の圧力が彼女を襲った。


 「ぐ…くぅ…!」たまらず真白くろは地面に這いつくばり、影も立ち消える。


 「そう…それがこの私、烏丸八重を前にした時の正しい姿勢。」酷薄な笑みを浮かべ、八重が真白くろの方へゆっくりと歩いてゆく。「そうやって地に伏せっている姿は、まるで己が業のかせ、鎖の重さに耐えきれずにうずくまる囚人の様。」その風格はさながら、こうべを垂れる囚人を断罪する審判官だ。


 「…緑、任せたよ。」真白くろが八重に聞こえないくらい小さな声で囁く。



 (なんだ、威勢のいいことを言っていた割にもう交代かい?情けないねぇ!)心の内、黒を小馬鹿にしているのは緑だ。「……」恐ろしく暗い目で緑を睨みつける黒、しかしそんな彼女の視線を受け流した緑は手をひらひらと振りながら軽口を叩く。(ま、いいだろう。ここで茶でもすすって、あたいのいさましい姿でも見物してな…)




 「さて、どんな結末を迎えさせてやろうか…!?」そう言い放った八重、しかし突如として謎の息苦しさを感じ、逆に彼女が膝をついてしまう。


 「ククク…詰めが甘いねぇ。」形勢一転、今度はゆらりと立ち上がった真白りょくが、悪辣な笑みを浮かべて八重を見下ろした。


 「かっ…お…お前、何を…!」息も絶え絶えに真白りょくを見上げる八重の腹に、真白りょくは容赦なく蹴りを入れた。八重は大きく後ろへ飛ばされ、何度か地面を転がった。咳込む彼女を前に、真白りょくは妖しい笑みを浮かべつつも説明し始める。


 「窒素だよ。」「…窒素…ですって…?」口端からつぅと垂れる血にも構わず、八重が聞き返す。「そう。あたいは窒素を操作する情力の使い手。あんたが急に息苦しくなったのは、あたしが空気中の窒素を操作してあんたの顔回りを窒素まみれにし、あんたを酸欠にしたからだ。」真白ましろとしての彼女を知る者なら唖然とするような意地の悪い目つきで、真白りょくがそう言った。


 (液体窒素による凍結…氷を多用してたのは真の情力を隠すためってか、まるでどっかの関西弁女みてぇだな…)心の中でぶつくさ文句を言う赤。(まぁまぁ、彼女の周到さで助けられたことは結構あるんですから…というか関西弁女って…)困ったように笑いながら緑を擁護し、焔を気の毒に思う真白。「隠してた訳じゃないよ、ただ聞かれなかったから答えなかっただけさ。」悪びれもせず軽薄な口調で赤を煽る緑…ピキ、と青筋を立てた赤だったが、そこはなんとか自重じちょうした。


 「それより黒、もう影はまとえるのかい?」首をコキっと鳴らしながら真白りょくが尋ねる。(あぁ、一応礼は言っておくよ…お前のことは心底嫌いだけどね。)黒は相変わらず緑とは反りが合わない。「ふっ…ほんと、口の減らない子だよ…」真白りょくの周囲から冷気がなくなってゆく…

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