熱い怒り、冷たい怒り

 「ちっ、「陽炎」!!」焔から発せられる火が消え、代わりに彼女の周り、その大気が揺らぎ始める。「陽炎」は彼女の情力「勇火いさみび」の応用で、その力の本質である「熱の操作」を肉体に作用させることで体温を限界まで高め、爆発的に身体能力を向上させるものだ。


 泥濘でいねいはそんな焔を警戒してか大型ゴーレムを円状に配置し、更に小型ゴーレムを生コンクリートのような状態に変形させ、泥濘を囲むような陣形を作り万全の防御体勢を取らせる。


 「けっ、勘のええやつやな…これじゃあなんぼうちが攻撃しても、ゴスロリ娘にうちの攻撃は届かへん………を使わなあかんかもしれんな、火は分が悪すぎるわ……でもまぁ、一先ひとまずは!」


 焔は驚異的なスピードで大型ゴーレムに近づき、そしてその手の鉄棒を力一杯振り抜き叩きつける…鈍い音を立て、ゴーレムの体表が一部崩れた。すかさず焔は連打を繰り出し、がらがらと岩と泥の体が砕けてゆく。


 しかし同時に、別のゴーレムが焔を叩き潰そうとその太い腕を振り下ろす。焔はそれを避け、今度はその攻撃してきたゴーレムに反撃する。だがそのゴーレムが崩れそうになると、再び別のゴーレムが焔に襲い掛かる…そうしている間に、結局壊されたゴーレムは自動で自己修復してしまった。


 そう。焔が苦戦していたのは他でもない、が原因だったのだ。


 「分かったでしょ…私の人形達は、私が願えばずっと側にいてくれるの…すぐに離れていっちゃう人間なんかとは全然違う…だから人間なんて…人間なんていらない!!」まるで癇癪かんしゃくを起こした子どものように喚く泥濘、その声に呼応して、ゴーレムの動きが一層激しくなる。


 「な…くそっ!!」焔は俊敏になった岩の塊から繰り出される重い連撃を回避し、逆に怒りの乱打をお見舞いする…だが多勢に無勢、劣勢を打破することは叶わない。


 「あ、しまっ…うわっ!」ふとした隙を突かれ、焔はゴーレムに捕まってしまう。「うっ…く…ぐぁ…!」ゴーレムのゴツゴツとした手に華奢な身体を締め付けられ、思わず苦悶の声を漏らす焔。


 「いい顔だよ…でも残念、あなたは私の人形じゃない…だから…はやく潰れちゃえ!!」赤い目をギラギラと輝かせながら、熱に浮かされたように叫ぶ泥濘、そして……




 「…感情昇華「憤怒ふんぬ」「三凍さんとう四燃しねん」」




 一弾指いちだんし…指を一度弾くほどに短い時間を表す言葉だが、まさにその刹那的な間で、環境は一変していた。


 辺り一面が凍りついている…道も、岩も、大気すら寒々と……そしてその氷の世界に一人ひとりたたずむ少女…その肌には赤い色の紋様が浮き出ており、顔に刻まれているそれは、まるで「怒」の一文字にも見えた。


 「……」身の毛が弥立よだつような冷たい目線を送る焔、その先には体の芯まで凍りつき、指一本動かせない泥濘が氷のオブジェのように屹立きつりつしていた。焔はその手の鉄棒をビュンと横に振る、するとその鉄棒から小さな火の玉が放出され、氷漬けの泥濘に当たった。ジュウ…と音を立て、その氷がじわじわと溶けてゆく。


 「うちな、この情力は「怒り」の具情者にふさわしいもんやと思ってるねん。」焔の顔、そして身体から、赤い模様が段々と薄れてゆく。


 「怒りって二種類あってな…一方は、それこそ烈火の如く燃え上がる「熱い怒り」、そしてもう一方は氷のように凍てつく「冷たい怒り」…その違いは「我を忘れているか否か」…我を忘れてない分、後者の方がむごたらしいで…なんせそこには、明確なが宿っとるからなぁ…」氷が溶けて水になってゆく様を見ながら、焔は白い息を吐く。


 「…ごめんなおじちゃん、おばちゃん…そしてふうかちゃん…この力使う度にみんなのこと思い出して……みんなとの思い出を…みんなを守れんかった自分への「怒り」を、闘いの原動力なんかにしてもうて…」


 完全に氷が溶け、前に倒れ込む泥濘…そして崩れ去ったゴーレムの残骸を前に、勝者である焔はどうしてか、辛そうな表情を浮かべていた。




 焔の真の力「三凍四燃」それは「燃焼」と「凍結」、二つの状態を司るもの…すなわち、正負の「熱」を完全に操作する力である。燃えたぎる彼女の「怒り」は凍てつく「憤怒」へと昇華し、火と氷、その両方を支配下に置いたのだ。

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