青と哀

 「おや、ここにいたのかい。」血染が二人の元に歩いてきた。「真白、青からあんたに伝言。もしまだ自分をあんたに戻すつもりがあるのなら、明日の夜までにの石橋に来い、だとさ。」血染は腰に手を当てながら真白に情報を伝える。


 「彼の石橋って、この街の名所…あの石橋か?」レーゲンスブルクにはドナウ川に架けられている“Steinerne Brücke“(シュタイネルネブリュッケ)と呼ばれる橋があり、その橋を由来とする様々な伝説が語り継がれている由緒正しい建築物だ。青はその場所で真白を待つと言っている。


 「どうする真白?」血染の問いに対し、真白は毅然きぜんとして答えた。「皆さん、行きましょう!」




 「真白…大丈夫かなぁ?」真白を追いかけなかった韋駄天と瞳、そして晶と糸は例の石橋の上、絶え間なく流れゆくドナウ川の水音を聞きながら遠くの景色を見やっていた。


 「どうでしょうね…「哀しみ」は感情の中でも特に厄介なもの。這い出ようとすればくる程、より深みへと沈んでゆく…真白さんのあの様子、彼女の「哀しみ」は相当なものでしょう…受け入れるのはそう簡単なことではないと思いますが…」瞳の声が夜の闇にけてゆく。


 晶と糸はそれぞれ神妙な顔をして彼女の話を聞いていた。「でも彼女、さっきあんなことがあったのに、ちゃんとここで待ってるってことは…」韋駄天が向けた視線の先には青、そして彼女の仲間達がいる。「…彼女自身、真白に還ることを諦めてないってことじゃないの?」


 瞳はふっと笑う。「そうかもしれない…いえ、そうであってほしいですね……どうやら、結末はすぐに分かりそうですよ。」瞳が指差す方を見ると、真白達がそこにはいた。


 「真白!!」韋駄天が真白へ駆け寄る。


 「皆さん、ご心配をお掛けしてすみません…そして…」こちらへ歩いてくる青に向かって真白は言う。「…わたしの「哀しみ」…」


 「…今度は…信じていいんですね…?」真白は頷く。「ただ、一つだけお願いがあります。今までわたしに戻って来てくれた感情、彼女達は全て、その一部のみをわたしに還元させています。だからあなたも彼女達のように、一部だけをわたしに戻してくれませんか?」青はその申し出に少し目を開く。


 「正直、今のわたしにあなたの全てを受け入れることは出来そうにない…わたしの弱さのせいであなたをに残すことになる…本当にすみません…でも…」まるで血を吐くかのように自分の思いを吐露してゆく真白に、青は自分の手を差し出した。


 「夜は暗ければ暗い程、月や星がまばゆく見えるもの。今のわたくしにとっては、あなたの云う仄明ほのあかりですら大いなる救済なの…さぁ…わたくしを助けてください…」真白は青の目を見る、その青さの下には一体どれ程の悲哀が隠されているのだろう。自分はそれを全て彼女に押し付けてしまった…目の前の分情に様々な思いを抱きながら、真白は青の手を再び取り…




 –––「■■■…あなたには…辛い思いをさせたかもしれない…ごめんなさい…私がもっと…しっかりしていれば…でも、忘れないで…私達は…いつも……あなたの…そば…に………」–––




 真白の脳裏に浮かんだ追憶の情景、冷たい曇天、聴こえる雨音、そして…女性のかすかな囁き声…


 二人の少女が石造りの橋の上、同じ姿の相手を互いに見つめる…


 青い髪、青い瞳の少女は、自分の中の闇が薄れるのを感じた。暗く寒い夜の中、彼女は懐かしい暖かさにその心を浸していた…彼女の口から、思わず言葉がこぼれる…


 白い髪、青い瞳の少女は、久しく感じていなかった「寒気」を感じ身震いした。同時にその凍てつくような「哀しみ」を、今まで耐えてきてくれた目の前の少女に対し、彼女の口からは思わず言葉が零れる…



 「「…ごめんね…そして……ありがとう…」」

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