第8話 夕星・6 ~嘘をつきましたね?~

1.


 湯殿から上がり、小姓たちによって寝支度を整えられ、夕星のために整えられた部屋に案内される。

 部屋は、趣味や質がよく、見た目からは想像がつかないくらい高価な調度が揃えられている。

 眩しいほどの月明かりが溜まる部屋に入ると、そこが自分がよく知っている場所であることに気付く。

 

 こここそが本来、自分がいるべき場所だ。

 そんな確信が胸の中にしっかり根付き、広がっていく。

 悪意によって運命がねじ曲げられたことで、ここからさらわれてしまい、人の手から人の手へと受け渡され弄ばれるような頼りない身の上になったが、自分はここにいるべき者だったのだ。


 だから、それが当然であるかのように、その夜も夢を見た。




2.


 夕星の心を翻弄するかのように、その体を気ままにまさぐっていたシオは、ふと手を止めた。

 心地よさと体の熱の高まりのために忘我の境地にあった夕星は、自分を快楽にいざなう手が止まったことに気付き、薄く瞳を開ける。

 目の前で、冷たい光を湛えた蒼い瞳が見下ろしていた。


「シオ……どの?」


 不安げに呟く夕星の顔を、シオは瞳を細めて覗きこんだ。


「夕星さま、私に嘘をつきましたね?」


 シオの言葉に、夕星は紫色の瞳を大きく見開き、次いでわずかに瞳を伏せた。

 シオは俯いた夕星の顔を、息がかかるほど近くから覗きこむ。


「夕星さまの肌からは、男の匂いがします。卑しい脂身だらけの生肉みたいな臭いが……」


 夕星の白い胸に顔を寄せて、シオは眉間に皺をよせる。


「この臭い……あの男だ。名前は……何だったっけな? 無理やり領地に居座って、行政官の地位を認めさせた、あの野盗みたいな下品な男……」


 ああ、そうだ、とシオは笑った。

 獲物を前にした肉食獣のような、獰猛な笑いだった。


「あいつだ……。イヴゲニ。気に入った女は、領地から無理やりさらってくるって有名だからな」


 夕星の胸から肩、長い髪や首筋、耳や腹にシオは顔を近付ける。

 そうしながら皮肉げな、悪意のこもった揶揄の言葉を吐く。


「夕星さま、あいつが来たんですか?」


 夕星が俯いたまま何も答えられないのを見て取ると、シオはさらに言葉を重ねた。


「イヴゲニみたいな奴を、受け入れたんですか?」


 シオは、夕星の形のいい耳に唇をつけて囁いた。


「何回くらい? こんなに匂いが染み付いているのだもの。一回限り、ではないですよね? あいつ、何回、ここに来たんですか? 何回、あいつに抱かれたんですか?」


 シオの囁きから逃れようとしながらも、その言葉が耳に忍び込んでくると、否応なしに体に男の手の感触が、弄ばれた時の記憶が甦ってくる。



 老貴族が死んでから一年間、イヴゲニに囲われていた。

 ミハイル伯という名の老貴族は、確かに金で夕星の体を買い、意に染まない肉体関係を結ばせた。

 だが年齢のせいか、元々の性格が穏やかなせいか、さほど夕星の心身に負担をかけなかった。

 まるで年若い妻を得たかのように、愛情のこもった細やかな気遣いで夕星の世話をし、身辺や教育にも気を配り、何不自由なく大切にかしずいてくれた。

 よく気が効くという理由でミトを側につけてくれたのも、ミハイル伯だった。

 そのため、夕星のほうもこの老貴族に対しては、ほのかな愛情と感謝の念を抱いていた。


 夕星のような境遇にいる人間は、誰の物になるかでその先の運命が決まる。僧院にいた同じ境遇の少年たちは、多くは無慈悲な主や娼館に引き取られ、悲惨な運命を辿っている。

 夕星を送り出した時に僧たちが言った通り、夕星はひどく幸運だった。

 そのことをミハイル伯が死に、無理やりイヴゲニの物にされた時に思い知らされた。

 自分の肌も体内も、イヴゲニの手が触れず、その体液が染み込んでいない場所はない。



「シオどの、……すまない」


 夕星の細い体は、雨に打たれた花のようにすぼんでいた。声はわずかに震え、今にも消え入りそうなほど小さい。

 シオはその様子を冷然と見つめたあと、夕星から身を離した。


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