5.出発

 当たり前だが、結局後にも先にも我が雑貨店にやって来た魔導士はあのお姉さん(女神エリアス)だけだった。



 一年ほど経ってもおれは彼女のことが忘れられず、いつか再会することを夢見て、日夜魔法の訓練に明け暮れたのであった。



 そこ、虚しいとか言わない。




(あの人が貴族の令嬢なら、この平民の立場で再会するためには、まず魔法で大成でもするしかない)



 なんて幼気な発想なんだ。

 純粋だよね。



 そうしておれは魔法にのめり込んだ。

【基礎級魔法】がどういうものかは何とか調べがついた。

 この一年の間に魔導士は来なかったが、冒険者は来たのだ。


 彼らは見た目が怖いので勇気が要ったが、話しかけると結構詳しく色々教えてくれた。



 ここからは長々とした魔法の解説だ。

 将来魔法職に関わりたい人は我慢して最後まで聞いて欲しい。





 この国で一般的に魔法といえば、属性魔法――光・火・風・水・土を操ること。

 詠唱は特殊な言語でもなんでもなく、特定のフレーズを言えば使える(謎の呪文系ではなく恥ずかしい詩を詠う系だ)。


 この詠唱を用いて魔法を使う者を、一般に魔導士と呼ぶ。

 厳密には魔術士で、魔石や魔法陣が刻印された魔道具を使う者を魔法士と呼ぶ。

 総じて魔導士なのだが、前者が魔法使い、後者は戦士のイメージなので魔導士と言えば大体詠唱魔法を使う魔術士を指す。



 詠唱魔法は才能が無い人は全く使うことができず、才能がある人は詠唱が無くても使える。



 つまり[魔力]×[詠唱]×[才能]=魔法

 または[魔力]×[才能]×[才能]=魔法


 こんな感じだ。


 この[才能]とは現象に対する理解度とも解釈できる。

 女神が言っていたイメージと確信がこれに当たる。



 そんなこと言っても、どうやって手を触れず、道具も使わずに土や風を動かし、水や光や火を生むのか?


 おれには分からなかった。

 


 そこで、女神エリアスが言っていたことを思い出した。



 おれが魔力を溜め込んだ結果、光を放ち始め、続けていれば大惨事になっていたという。

 それはすなわち、魔力そのものが何らかのエネルギーであるということ。


 おれはそれまで身体の中を巡らせていた魔力を外で動かす練習をした。

 魔力は体内をめぐるが、外に放出して使うものだったと気が付いた。




 放出された魔力は自在に動き、なおかつ五感とは違う何かを掴むような感覚をもたらした。

 その掴む感覚を元に、あれこれと試行錯誤を繰り返した。

 


(そうか‥‥‥混ぜるようなこの感覚の後、掴める感じが大きくなっている)


 

 魔力を大気と混ぜるイメージが、風を自在に動かす最初の工程だと気が付いた。



 『送風』が発動した。



 大気を掴み、魔力ごと動かすことで風を生んだ。

 



「ありがとう、神よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ!!!」




 おれは跪いて天を仰ぎ、泣きながら感謝した。

 


 え、大げさ?

 いやいや。



 初めて人生が好転したんだ。



 魔法が発動した。

 つまり魔法を使う才能があったこと。

 詠唱という恥ずかし作業を省略する才能もあったらしい! 



 一度できれば『記憶の神殿』にその手順、感覚、記憶が全て記録される。

 おれはめきめきと魔法を上達させていった。



 最初にできた日以来、この風の基礎級魔法を朝から晩まで維持するようにした。

 魔力を放ち、大気と混ぜる。

 混ぜた大気を素早く掴み動かす。



 その繰り返しだ。



 やがておれは風の心を掴んだ。

 風は語り掛ければ語り返してくる。

 風と対話し仲良くなった。

 いつでも一緒だ。



 まるで付き合いたての恋人のように、風のことを考え、時にはそりが合わずケンカもした。

 季節がめぐり、風の性格も変わっていった。


 優しいそよ風と戯れた春。

 どんよりとした熱風に振り回された夏。

 互いにわかり合えた秋。

 わだかまりができてもうおしまいだと思った冬。



 やりなおそうと一歩踏み込んだ。

 もう振り返らない。


 もう離れない。



 覚悟を決めた春。


 


 毎日が目新しい発見に満ち、楽しかった。




 おれたちは互いが互いを必要としていた。

 


 もう離れない。

 離れられない。



 おれと風の相性はとても良かったらしい。


 

 日常生活で片手をかざしているのは不便なので、手を使わなくても集中できるようにし、風の周囲への影響を考えて風の向きを変えられるようにし、やがて見ていなくても任意の場所に風を自在に発生させられるようになった。



 以心伝心。

 熟年夫婦の掛け合いのようだ。




 でも疑問があった。

 こんな風程度で、何と戦えって?

 所詮は基礎。

 これだけじゃせいぜい夏、涼しいし、落ち葉をまとめられるし、走るときズルできるし、いや結構便利!!




 でも攻撃力が必要だ。

 そこで生み出せるようになった風を使って試行錯誤を繰り返した。



 風を強くするには?

 風の規模を大きくするには?


 結果、強さは注ぐ魔力の量で決まると分かった。

 魔力そのものが何らかのエネルギーである。魔力を混ぜるのは単に風を動かす条件ではなく、それが加わることで、風に質量が加わると共に、より早く強く動かせると分かった。


 規模を大きくするには基礎級を組みあわせる必要がある。

 

 風の魔法で感覚が違う魔法は三つ。



 最小の風を生み出す『送風』、これが発生の魔法。

 風を循環させ増幅する『気流』、これが操作の魔法。

 風を渦巻かせる『風渦』、これが変化の魔法。



 三つは大体魔力の消費量は同じだが、それぞれ違う感覚の魔法だ。

 そしてそれ以上のことをする場合、この三つを組み合わせるか、魔力を増やすことで可能となる。


 例えば、『風渦』で生まれた螺旋状の風に『気流』によって別の風を流すと、一気に渦の勢いが増して『風圧』が生まれる。

 また、『風渦』に逆回転の『風渦』を合わせることにより、『風切』という、切断効果のある風が発生する。



 何となく要領が掴めた。

 要はコンボを決めて大技を出すイメージだ。




 こうして魔法による攻撃手段を得たおれは毎日近所の林に通い一人で魔法の訓練に明け暮れた。




 それと並行して体力をつけるための柔軟と運動も習慣化した。



(前世じゃ苦手だったけど、ここじゃ体力はやっぱ必須だよなぁ)




 トレーニングの方法は林の中を駆けるだけ。

 効率的な鍛え方など、運動と無縁だったために考え付かなかったのでとりあえず走りまくった。




 そうしてあっという間に時が過ぎ五歳になったころ、とうとう父親がおれの異常について切り出した。



「ロイド! 正直に話しなさい! お前がいつも一人で林に行っているのは他の子たちの親御さんから聞いて知っているんだぞ!」



 紹介する必要がないので、父親については詳しく語らなかった。でも彼の名誉のために言っておくと、子供の心配をする常識のある親だ。



 なんでみんなと一緒に遊ばないって?

 同年代と一緒に遊ぶのは、精神年齢30のおれにはキツイのです。ユーノウ?



 だからって子供同士のコミュニケーションを絶っているわけではない。

 彼らは噂話なんかを持ってきてくれる。

 それに何かの本で読んだが子供が同世代と話さないのは情操教育に良くない。



 店の手伝いはしているし、林で魔法の訓練をしているのは昼から夕方ごろだけだ。



 だが、不気味に思うのも無理はない。

 おれは普通の子供の振りをしているつもりでいたが、教わっていないのに四則演算が完璧で帳簿のミスを指摘する。

 さらに近所の子供たちと少し話をした後、一人で林に向かっている。



 それだけ聞いたら、一体なにを隠しているのか不信がるのは親として当然だ。



(全てバレたな。ごまかすのは無理そうだし、仕方ない)



 不気味に思われるのは嫌だったし、目的は魔法職に就いて家を出ることだ。



 後ろめたくて黙っていたが話すことにした。



「林には魔法の訓練に行っていました。一人で行っていたのは遊びじゃないからなのと、まだ拙い魔法を人に知られたくなかったからです。魔法を習得して、情報を集めていたのは昔店に来た魔導士様に再び出会い、僕の魔法を見ていただくためです! 黙っていたのは知られたら止めさせられると思ったからです」



 嘘はついていない。

 黙っていた理由はもう一つ。

 魔法を使えると知った両親がどう反応するのか予想できなかったからだ。


 自分たちにできないことをできる息子を誇るか、拒絶するか。



「魔法だと……? そうか、お前にはそういう才能があったのか……」

「……本当に魔法が使えるの?」



 母親にそう問われ空中に水を生み出した。

 基礎級魔法の水属性、『成水』。

 この時すでに風だけでなく、水、土の基礎級魔法も習得していた。



 あれだけ風との相性を強調しておいて、男なんてそんなものである。



 水は大気中の水分を集めるイメージ、土は地面から砂を手繰り寄せるイメージ。難易度は土→水→風の順に難しくなる。



 魔法を間近で見せらたら両親はしばらく黙ってしまった。




「魔法、それも無詠唱だなんて……」




 その日両親の魔法に関する質問は長々と続き、正直にすべて答えた。



■ちょこっとメモ

風属性【基礎級魔法】

『送風』特定の方向に吹く風

『気流』循環する風

『風渦』渦巻く風

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