第5話 赤
【強さを持たない優しさは偽善でしかない。一度優しくした相手は、以降優しさを求めて来る。それに応え続けられなくなったとき、相手にとってそれまでの行為は全て偽善へと変貌する。続ける覚悟と続ける強さが必要なのだ】
世の中には科学で解明できない不思議が溢れている。空を飛ぶ人影や、雲の上を歩く人、髪が伸びる人形に、宙を舞う発行体などなど、挙げだしたらキリがない。その謎を解明しようと躍起になる。僕もそんな人間の1人だ。
世界中で〝謎に魅せられた者〟が各々にそれらの現象を取り上げ、研究し、科学で現象を結論づけようとするが、そうした結論の中には、しっかりと納得ができるものもあれば、そうでないものもある。納得できない不思議が行きつく先は、幽霊や悪魔といったオカルト性の強い内容へと変わっていく。
世の中では、そうした不思議を題材とした物語が発表され、人々がその内容に惹かれていくのもまた、人のサガだと僕は思う。小説、マンガ、映画といった、人の空想の世界で語られる不思議は、例えば同じ不思議であっても、書き手によってその解釈方法が異なったりもする。実に理論的なモノもあれば、突拍子もない発想のモノもある。そして、僕は突拍子もないことを考えるタチだ。
僕はこれまでに、恋愛感情を背景としたヒューマンドラマ、異能力者たちの戦い、夢と現実を題材にしたSF、自己犠牲でのみ生きられる人間の切なさを物語として世に送り出してきた(ちなみに、彼女を動かした僕の処女作はヒューマンドラマだ)。ジャンルを固定するでもないその作品群は、その全てが僕の空想世界で紡ぎだされる。その中には、映画化されたものとアニメ化されたものがそれぞれ1つずつある。
僕は、次に発表する作品を書き上げた。その全容を知るのは、僕を除けば彼女ただ一人だ。この作品は、世の中に存在する〝科学で解明できない不思議〟の全てを、1つの結論で帰結させた作品だ。
「これ・・・すごいけど、発想がとんでもなさ過ぎてる。けれど、確かにこれなら全て説明つくわね・・・だとしたら・・・すごく怖い」
全てを読み終えた彼女の感想だ。
「そうなんだよね・・・自分で書いておいてナンだけど、コレは引くわ・・・」
「でも、間違いなく面白いけどね」
それは架空の話のハズだった。
僕が(おそらく、彼女も)船の上からあの〝白〟の有り様を見たとき、真っ先に思い描いたのは、その作品だった。世の中に不思議な現象は数々あるが、あの〝白〟はそれらを超越していたように思う。あまりにも唐突に始まった、あまりにも不可解な現象。足りないとは思うが、僕が持っている頭脳と知識をフル動員しても説明できない現象であったがために、僕が作品として創造した1つの結論は、すんなりと〝白〟を受け入れた。
アレはプログラムの消去だ。実際にプログラムが消去されるのはボタン1つでできてしまう。パソコン上で、何らかのデータを削除したときを思い浮かべてほしい。完全に消去されるまでの時間が空白のバーで表現され、消去の状況によってバー内部をグリーンが伸びていく。データが多ければ多いほど、その所要時間は伸びることになる。この時間をもし、プログラムの中で体感することができるとしたら、どんな風に見えるだろう?仮想空間を構築しているプログラムが少しずつ削除され、削除されたモノが順番にただ何もない空白に変わっていく様子は、僕たちが目にした〝白〟が広がっていく様なのではないだろうか。
なぜ創ったのか?なぜ消去したのか?その理由は現時点でさっぱりわからない。だが、この世界、宇宙の果てまでも含めて全てが、何者かによってプログラムされた世界だったとしたら、世界に存在する謎の全てに回答を得ることができる。それこそが僕の作品で描かれた結論だ。
「プログラムだから」
それが全てであり、唯一無二の答えだ。
UFOを扱う映画では、CGでUFOを、あたかもそこにあるかのように作り出す。演者はそこにUFOがあると意識して、演技をする。この完成形を僕たちは映像で見ているのだが、その完成形こそが僕たちの住む世界なのだとしたら、世界で目撃されているUFOの存在を実証できる。それはもちろん、UFOに限った話ではないし、そもそもUFOに見えるだけでソレではない。これが僕たちの住む世界の真実なのだとしたら、人間に超能力を持たせることも、巨大な竜を出現させることも、妖怪や悪魔を実在させることも、できないことは何もない。
僕たちの住む世界はプログラムであるという仮説が成立するとして、すでに世界が消去されたのなら、なぜ僕はここに居る?正直なところ理由は判らない。だが、あの浜に漂着した方法なら仮説を立てられる。答えは「流れ着いたのではい」だ。
海に落ちた僕は意識を失った。コレは落ちた衝撃でそうなったのか、それとも、何者かによって強制的に意識を切断されたのかは判らないが、その瞬間、僕は本当に何も無い、ただ白い世界にポツンと横たわっていたのだろう。
そして僕を中心にこの島が、新たなプログラムとして構築されていった。これならば、僕は気絶しただけで、体のどこにも傷を負うことなく、海中で窒息することも、空から落下することもない。僕が横たわる下から砂が現れ、やがてそれが浜を形成し、海を、岩を、土を、草を形成した。
これで、あのときの僕を取り巻く環境ができあがりだ。
これが真実なら、僕の存在もまた、プログラムだ。僕がプログラムという存在ならば、僕を構成するモノを書き換えるだけで、僕は僕の知っている人間ではなくなる。飲食を必要としない体にすることも容易いだろう。例えば、光合成ができるようになっているのかもしれない・・・いや、それはないか。この世界には太陽すら存在していないのだから、光合成そのものが作用しない。もっと簡単でいい。単純に、動作にエネルギー消費がない存在にすればいい。これが、僕がわずかな水を口にしただけで、空腹すら感じず、元気に動き回れる理由だろう。これがゲームなら、さながら無敵状態と言ったところか。
どうせなら、身体能力も飛躍的に向上させてほしかった。そうすれば、あの黒い谷で苦労せずに済んだ。そうそう、あの黒い谷も、実は谷でも何でもない。むしろベンタブラックの方が正解に近いのではなかろうか。あの領域に入ったモノは、それが何であれ、瞬時にプログラムが消去される。そういうプログラムが組み込まれた〝谷〟ではなく〝領域〟。だから音が無かった。
「そうか・・・」
僕が生かされている理由が少し解った気がした。もしかしたら、僕は何かを試されているのかもしれない。人を試すには追い込むことが必要だ。そうなったとき、人は真価を発揮する。
はっきりいって、僕の何を試そうというのか、皆目見当もつかない。人が生命活動を維持するために必要なエネルギーの摂取が不要とはなったようだが、あの谷で解るように、運動神経を試されたのは事実だろう。それだけならば、2度目のジャンプで足場となる箇所を崩す必要は無かった。となれば、機転、瞬時の判断力及び行動力も見られていたと考えられる。何者なのかは知らないが、僕の運動神経を見たところで、僕はプログラムであり実在していないのだから、何にどう活かすことができるのだろうか。プログラム・・・彼らの世界におけるゲーム?その駒?
僕の何かを試していることは間違いないだろうが、その目的にしっくりくるものが思いつかない。もしも彼らの居る〝外の世界〟が、僕の知っている世界にある化学的水準を遥かに超越するのだとすれば、ゲーム1つとってもまるで異なるのかもしれない。
実際、思いつく評価項目はいくつかあるが、そのどれをとっても僕より高い能力をもった人物は居たはずだ。最も身近なところでは、彼女がそうだ。
僕が唯一、自分の全てを預けていいと思えた女性は、その存在を世界ごと消去された。だが、完全に失ったとも思っていない。
そもそも、概念が違えばそれは、僕の理解が及ぶものではないが、僕の知るプログラムとはそもそも、〝物事を動かすための手順〟であり、ここで僕の考える〝物事〟とは、電子の世界に造られた世界そのものを指す。あくまでも、僕の知っている世界での話とはなるが、世界そのものを構築するには、どれほど膨大なデータが必要となるのだろうか?考えただけでも気が遠くなる。
僕たちの生きる世界を創り上げたその労力を考えれば、全てを完全に消去するとは考えにくい。それに、どこかでエラーなりバグなどが発生したときのことを考えれば、例えばバックアップが存在するのではないだろうか?
この島でもそうだったが、どれほどの現実を突きつけられたとしても、それは僕にとって、絶望する理由にはならない。〝絶望〟とは〝望みが絶たれる〟ことを意味する。ほんのわずかでも可能性が0にならない限り、それは〝絶望〟とは呼べない。
可能性のほとんどない、かすかな望みにすがることは、決して格好悪いことではない。そのわずかな可能性を放棄してしまうことこそ、本当に格好悪いことだ。
僕は、僕の知っている世界を取り戻すことが、可能性としてはあると考えている。その目的を果たすために、何を成さなければいけないのかを考えたとき、僕は茫然となった。でも、それは〝茫然〟という言葉が適切ではない。あまりにも情報量が多すぎて、思考を巡らせるだけで必死だった。僕自身も世界というプログラムの中に創られた〝個のプログラム〟なのだから、処理が追い付かずにフリーズしていたと考えればいい。
僕だけではなく、世界で息づいていた生命は、全てAIと考えていい。自立思考による世界を構築した目的として、真っ先に思いつくのは、シミュレーションだ。おそらく、無数に存在するAIの中でも、人間のそれは、極めて複雑なものだろう。世界人口は80億に到達しようとしていたのだ。しかも、そのAIが、AIから自然派性、僕たちで言えば生まれてくる。人間という1種族だけでも、考えたくもないほど複雑なプログラミングが必要となれば、これまでに幾度もエラーが起きていると考えるべきだ。
それが、世界で起きる不思議な現象の正体だと思うが、その中に、世界に壊滅的な影響を及ぼすエラーがあっても不思議はない。実際にそうなったとき、はたして1から創りなおすだろうか?そんな途方もない労力を費やすようなバカが、これほどの、いや、〝世界〟を創れるとは思えない。
プログラムを一時停止。エラー原因を特定。除去。影響のない位置からプログラムをリスタート。これがその手順だろう。そのためには必ずバックアップが必要だ。そのバックアップに彼女は存在している。必ず世界は・・・彼女は取り戻せる。
ここで1つ問題。今僕に起こっているコレは、果たしてプログラムエラーが原因のリスタート手順の1つなのか?
船の上で見た光景は、プログラムの一時停止には見えなかった。やはりあの様は〝デリート〟の方がしっくりくる。つまり、エラー原因の特定は済んでいて、次の〝除去〟の段階だったと考えるべきか?そうだとするなら、今の段階はリスタートということになる。そうだとするならば、僕はまるでアダムのようだ。しかも、イヴは居ない(もちろん、彼女以外だったらノーサンキュー)。
今回発覚したエラーが深刻なもので、世界創生の最初期まで時間を戻す必要があったとするならば、この状況も理解できるが、人類の最初のひとりが僕である理由が無い。それに、世界創生を否定できる物証がある。僕は衣服を着用しているうえに、ポケットツールを所持している。そして何より、僕は記憶や知識を所持したままだ。これは、時間軸が僕たちの世界のままであることを意味している。
つまり、これはエラー修復プログラムではない。それが何なのかはまだまだ見えてこないが、この状況こそが、彼らの目的なのではないだろうか。ランダムなのか、意図的なのか、世界からたった1人を孤島に置き去りにする目的とは何か。いや、置き去りとは正確ではないか・・・人類を80億分の1にする目的と言った方が正しい。
80億分の1が僕であったことは、選ばれたのか、偶然なのかと問われれば前者だろう。1つだけ思い当たるフシがある。それについては、彼らに直接訊ねることにしよう。そのためにも、僕の本来の目的の為にも、諦めないために、彼らとの接触方法を見つけ出す必要がある。
その方法、もしくは設備は、この島にある。おそらく、島の内部だろう。正直、彼らの目的次第で、そんなモノは必要ではないのだが、僕を試しているという前提があるのであれば、ソレは存在する。おそらく彼らは、僕がこの事実に気付くかどうかを試し、さらにその上で、僕が彼らの元にたどり着けるかどうかを見ている。もし違ったとしても、僕にとってその違いはどうでもいい。
島に内部が存在する。そう仮定したとして、入口は存在するのか?そもそも出入りする必要が無ければ、出入口を設ける必要はない。そして、彼らがこの島を創り上げたとき、内部に出入りする可能性がある人物は僕だけだ。
そう言えば、プログラムである僕を人物と規定するのも、彼らからすれば不思議な話だろう。それは主観の相違なだけである。コレ自体は、人間社会でも容易に起こる。人類同士の争いのほとんどは、この〝主観の相違〟によるものだろう。
例えば争う2人が居たとして、それを第3者から見れば、互いの主張をぶつけ合い、譲れないだけである。一方の正義が、他方のソレを〝悪〟と断罪しているに過ぎないが、やはり第3者からすれば、片方の正義を〝悪〟と断罪することができない。これを断罪できる人物は、その争いに加わることになり、その瞬間、第3者から外れてしまう。〝主観〟とは言ったが、それを〝主義〟や〝主張〟と置き換えて差し支えない。
僕と彼らにそれが発生するのであれば、少なくとも、僕個人は彼らと争うことになりそうだ。彼らはこの世界を創造した存在、言ってみれば〝神〟だ。果たして勝てるだろうか?・・・いや、もしかしたら、勝つ必要はないのかもしれない・・・。その分かれ目は、彼らの主義・主張だろう。
この〝彼らの主張〟こそが、もっとも重要だ。それは、何のためにこの世界を創ったのかということの根本になるような気がしてならない。〝世界を創造する〟などという途方もない行いをするには、彼らの根幹であるものに関わっていなければ成し得ないのではないか?それこそ、彼らの存在意義に匹敵するほどの重みが無ければ、やり通せるモノではない。少なくとも、僕はそうだ。
もしも、彼らと主観の相違が発生するとすれば、それは〝生命〟だ。カンタンな話だ。僕たちは自分たちを人間と規定し、生きている。だが、彼らからすれば人間はプログラムだ。そして生きていると表現しない可能性は高い。
では、話を出入口に戻そう。僕がたどり着けるかどうかを試しているのであれば、出入口はある。その場所も、なんとなく見当がついている。それはこの緑の大地に立つ直前にあった。もちろん、一見して入口だと判るような存在ではない。むしろ、見た目では別の物だと認識しているはずだ。
緑の大地に達する直前、下の砂浜から登り続けた裂け目ルートの終着点。僕の登坂に終わりを告げた壁がそうだ。あの壁は実在していない。僕はそこが内部への入口だと知らずに飛び上がり、入口の上に立ったのだ。
それを教えてくれたのは、ここに来て感じた違和感だった。ほぼ垂直な壁に飛びつき、勢いを保持したまま手を縁にかけ、上に腰かけた。その時には気付かなかったが、思い返してみれば、そこには違和感があった。僕の身体は、どの部分も壁に接触しなかった。
踏切位置から綺麗に、垂直に飛び上がることが出来ていれば、壁に接触はしない。だが、僕はそれなりの助走を付け、前に進む推進力を得ていた。これを上方へベクトル変更するのだが、僕の移動を線で表したとき、線が折れ曲がりはするが、90度に、直角になることはない。慣性の法則はそこにあったはずだからだ。にもかかわらず、僕は壁に接触しなかった。
それもそのはずだ。そもそもそこに壁など無かった。無いものにはぶつかれない。もし他者からその様子を見れば、僕の身体のどこか一部が壁にめり込んでいる様子が見えただろう。〝高度な〟と言う言葉が当てはまらないほど、本物に見えるホログラム・・・いや、それも所詮プログラムなのだから、ある意味で本物の壁なのだろう。ただ実体がないだけで実在する壁というワケの解らない存在ではあるが。
そもそもこのちっぽけな世界の全ては、彼らの想いのままの世界だ。宇宙規模のプログラミングに比べれば、そこにエラーが発生する可能性も無いだろう。見分けがつかないぐらい本物に見えるなんてレベルではない。あの赤土の壁に見えたモノは、間違いなく赤土なのだ。
ソレを入口だと認識するならば、“赤い入口〟ということになる。素通りできる扉が付いているとでも思えばいい。それにしても、入口が赤いとは、なんともキケンな雰囲気を醸し出しているじゃないか。侵入者・・・僕に対する警告だとでも言いたげだ。
僕はゆっくりと腰を上げた。
そして、SOSの文字の〝O〟の中心から出て、内部への入口へと向かった。
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