第三話 亡き父の面影

 時は革命より、二十年経った。あの時の孤児のクレイグ・オーブリーは花屋を営んでいた。クレイグは色とりどりの花を店の前に構えた。フィリーノ公国のミモザの花も入荷したようだ。忘れな草や真っ赤な薔薇も置いていた。レオンはクレイグに丁寧ていねいに挨拶した。


「よう! レオン! 奇遇きぐうだな! 里帰りか?」


 クレイグは嬉しそうに話しだす。


「ああ、クレイグ、今日は父さんの墓参りに来たんだ。お墓に供えるミモザの花を頂きたい」


 レオンはそう言う。

 クレイグは花を片手にレオンにミモザの花を渡す。


「いいぞ、レオン! 好きなだけ持ってけー! 俺も毎年死者の日にアルベルト伯爵さんの墓参りに行くんだ。俺達を庇って亡くなったど偉い伯爵さんになー!」


 クレイグは続ける。


「ところでレオン、アネットお母さんは元気か? アネットお母さんは孤児の俺たちを身内にして育ててくれた。今でも孤児だった俺たちはエルヴァン家のご両親に敬意を払うよ」


「感謝いたします」


 レオンはそう言う。


「クロノワール城の姫君めっちゃ美人らしいな。まぁ、俺にも別嬪のアプリコットと美人ちゃんのインディゴが居るから興味ないけどな」


 クレイグはそう言う。


「おーい! アプリコット! インディゴ! 出てきなさい。アルベルト伯爵さんの息子さんだぞ」


 花屋の向こうから鈴を転がすような声が聞こえた。女性が覗いてきた。


「クレイグ、分かってるわよ! レオンさん、まあ、ありがとうございます! わざわざエウロパ街まで足を運んでいらしてくれたのね。本当に嬉しいわ、ほら、インディゴ。アルベルト伯爵の息子さんよ。ご両親とレオン様がパパを守ってくれたのよ」


 アプリコットはそう言う。


 栗毛の美人な奥様と金髪の幼い女の子が現れた。レオンはインディゴの頭をポンポンとした。インディゴは照れくさそうに笑う。


「貴方がレオンさん? パパのこと助けてくれた命の恩人よね? 凄い人なのね」


 インディゴはレオンに花束を渡した。

 レオンは快く受け取る。レオンは城でも街でも人気者だ。


「ええ、貴女はインディゴお嬢さん? 私はそこまでてはありませんよ。更に凄いのは私の父です」


 レオンは謙遜けんそんをする。


「レオン、今日はお仕事は?」

 クレイグはレオンにそう問うた。


「ああ、今日は城から特別に休みの許可をとったんです」


 レオンはそう言い、場を後にした。


 レオンはオーブリーの花屋で菊の花を購入した。そしてレオンは父のアルベルトの墓参りに来ていた。レオンはアルベルトの墓に菊の花をお供えをした。朝陽を浴びた墓石にアルベルト・エールハルト・フォン・エルヴァンと名前が刻まれていた。当時は六歳だったレオンも大人になり、二十六歳になった。レオンは流れるような黒髪。白い陶器のような肌。切れ長の緑色の綺麗な眼。執事の燕尾えんび服をまとう。彼の薄い唇には赤さを宿す。そしてクロノワールは湖畔の壮大な城。レオンはクロノワール城に長年、主君フランソワ国王に仕え、一年前に執事へと昇格した。


 レオンはアルベルトには頭があがらないと思う。レオンと孤児を守り、アルベルトは銃弾を浴びた。そして息絶いきたえた。レオンはこう思う。綺麗な雲の向こうにはアルベルトがいつものように、にっこり笑っているような気がした。レオンはこう思う。アルベルトは死んだのではない。生きている。旅行でも行ってるんだろう。アルベルトの教えはレオンの中に息づいている。レオンの心の中にはいつもニコニコっと笑うアルベルトの姿が映るからだ。

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