三日間の黒幕

 ミリアが死ぬ理由。

 それは、とても残酷なもので。

 同時に、抗う事が到底できそうにない。そういうものだった。

 どうしようもない。本当にどうしようもない。

 日記の最後のページを開け放しにしたリリィは、何も分からない状態のままだ。


 ──蘇生術……か。


 逆五芒星の上の、鉄の箱。

 それをリリィは、刺すように見る。

 中にあるのは、冷凍にされたミリアの母──サリーの死体。

 デーヴィドは蘇生術と呼んでいたが違う。これは人体錬成だ。

 悪魔の力を借り、降霊術を駆使し、死者の魂を呼び寄せるその行為。

 けれど。そんなこと、人を生き返らせる事など。やってはならない。

 第一、その魂が生まれ変わっていたら、どうしようもないのだ。


 しかし、デーヴィドは確信していたのだろう。

 病気で死んだサリーの魂は、未だ現世を彷徨い続けている、と。

 実際その通りではあったのだ。


 ──だから、どうしてもミリアは死ぬ。


 リリィは、箱の前に歩み寄る。

 それを開く事は、可能であろう。

 しかし、開く気など無かった。

 箱の中に広がる光景が、とても残酷な物だと分かっているからだ。

 わざわざそれを見て、不快な想いになる必要も無い。


 ──これから。どうすればいいのだろうか。


 今回はもう、特に進展も無く終わるだろう。

 だが、次から。何を、どうすれば。


 ──とりあえず、ここを出よう。


 今、考えることではないか、と。

 外へ出ようと踵を返したその瞬間。


「え……?」


 リリィの身体が麻痺した様に動きを止めた。


「あれ?」


 一切も。

 動かしたくても、動いてくれない。

 すぐに察した。これは魔法で縛られている、と。


 ──部屋に仕掛けられた罠?


 こんなことをしている部屋だ。そんなものがあってもおかしくはない。

 そう考えたが。その考えはすぐに否定された。

 目の先にある、梯子。

 その先にある扉が、ゆっくりと開かれたのだ。

 次いで、


「あぁ。私の魔力に何かが触れていると思ったが」


 野太い男声──デーヴィドの声。

 それが、扉の先から飛んできた。飛んできてしまったのだ。

 姿を現した彼は、梯子を力ない様子で降りてくる。


 ──早い。どうして。


 まだ一時間も経ってはいなかった。

 帰ってくるには、早すぎる。

 部屋に漂うデーヴィドの魔力に、リリィが触れすぎた。

 それにデーヴィドは気付いてしまったのだ。


「まさか。不法侵入者がいたとは、迂闊だった」


 身体は未だに動かない。

 しかし顔は動く。だが、震えた口からは何の言葉も出やしない。

 身体も震えそうなくらいに怖いのに、全く震えないことに違和感すら覚えていた。

 けれど、同時に。リリィはデーヴィドに怒りを抱いた。

 なぜなら。こいつがミリアが死んでしまう原因だからだ。


「残念だ。ミリアだったら、殺しはしなかったのに」


 デーヴィドは冷酷に告げる。

 言った意味をそのまま取ると、リリィは今から殺されるということだ。

 もちろん恐怖は覚えたが。しかしそれ以上に、怒りが勝った。

 震えていた口元は、落ち着きを取り戻す。


「誰かは存じ上げんが、君の綺麗な髪と爪を頂こうか」


 ──あぁ。私は今から、こんな奴に殺されるのか。


「だからここは、ありがとう、とでも言うべきかな?」


 ──くそ。くそ。こんな奴に。


 乾いて引っ付いた唇を離す。

 憎しみのこもった声を、デーヴィドにつ。


「許さない。お前を」


 それを聞いたデーヴィドは驚いたように目を丸くし、苦笑した。


「何の事かは知らんが、勝手にしてくれ」

「とぼけるな。ミリアの魂を奪って、別の命を作り出そうとしているでしょ」


「私の選んだ道だ。誰に許されなかろうが、響かんよ」

「お前のせいで。ミリアは……」


 リリィは唇を噛み、絞るような声を出しながらデーヴィドを睨む。

 デーヴィドは納得したように一つ頷いた。


「あぁ、なるほど。君はあの子の友達なのか」


 その言葉にリリィは、首を横に振りながらこう答えた。


「違う。ミリアは……私の、恋人」


 その声は、少し自慢げで、嬉しそうだった。

 ミリアに好きになって貰ったことなんて無いのに。

 自分の想いの大きさをデーヴィドに伝えたかったのかもしれない。


 けれど別にいいと、リリィは思う。

 どうせ、もう死んでしまうのだから。

 みんな忘れる。リリィだけしか覚えられないことなのだから。


 ──こんな見栄くらい、張ってもいいでしょ。


 咄嗟の発言に、デーヴィドは特に驚きもしなかった。


「そうか。君は愛するあの子のために。……だが、私には、愛するサリーがいる。私はサリーのために、あの子の魂を奪う」


 デーヴィドは妻であるサリーのことしか眼中に無い。

 それはつまり。ミリアのことなんて、少しも大切になど思っていないということで。

 リリィは苛立たしさに、目の前のデーヴィドに悪感情を剥き出しに、唾を飛ばす。


「くそ野郎。お前がミリアを大事に思わないなら。どうでもいいって言うんなら。……私が。ミリアを……大事に……」


 リリィは言いながら己の無力さを覚え、ボロボロと涙がこぼれ出した。

 強気だった声の力は、次第に弱まって、最後に跡形もなく消えて。

 残ったのは、リリィの苦しい泣き声だけだった。


「心外だな。蘇生術に必要なあの子を、私が大事にしていないわけないだろう」


 溜息混じりに残酷な言葉を残したデーヴィドは、どこからか鋭利に尖ったナイフを取り出し。

 リリィの胸元に近づけ、的確に心臓部分を刺した。

 その間、彼は躊躇う様子一つも見せなかった。


「がっ──」


 心臓部分を侵食するように、何か毒の様な何かが広がり始める。

 全身にじわじわと染み込み、リリィはもがく事すら出来ずに、ただ苦しむ。

 リリィが一周目の死に際に感じた物と、全くと言っていいほど同じ感覚だった。


 ──意識が、遠い。


 リリィは仮にも女神。

 そんな彼女の心臓が刺されても、死ぬまでには時間を要する。

 だが。こんなにもすぐに意識が飛ぶのは。魔法の力が込められた刃物だからだ。

 呪いの魔法。相手を苦しめるためだけに存在している、呪いの魔法。

 魔法は人を傷つけるためにあるものではない。そういう認識が世間にはある。

 だがデーヴィドは平然と何でもない事のように、リリィに使用してみせた。

 そして──ミリアにも。

 最低で最悪で下劣で卑劣な人間。

 それが、ミリアの父。デーヴィド・フローレス。

 リリィは漸く、それを認識して。理解して。飲み込んだ。


 ──絶対に。絶対に、ミリアを救う。こんな奴から。


 リリィは間も無く絶命という時に、強く、深く。そう想った。


 やはりリリィはどうしようもないくらいに、ミリアのことが大好きらしい。

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