詮索
リリィは、例によって玄関の前。
少しの間を空けて玄関前にやってきたミリアに警戒を持たれないように軽く自己紹介をした。
そしていつも通りに、
「あなたのことが、好きです」
伝えると、ミリアはみるみる内に顔を赤くした。
リリィにとって見慣れた光景ではあったが、やはり心は温かくなった。
慌てたミリアの顔を見るだけで、繰り返す価値を十分にあるとリリィは思えた。
しかし、今回の目的は好きになって貰うことではない。
デーヴィドの秘密を探ることである。
「……好きってさ。どういうこと?」
恥じらいに顔を伏せながら、ミリアはそう問うた。
同じだ。いつもと同じ。
いつもと調子を変えずに、リリィはそれに返答をした。
「……あなたが好きっていうこと」
「答えになってない……。どこかで知り合いだったっけ?」
「私はね。幼少時代にこの街に住んでいて、ある日引っ越してしまったの。……けど、その時からあなた──ミリアのことが好きで、今となって会いにきたの」
「え、えぇ?」
困惑したミリアは、意味もなく辺りをキョロキョロを見回す。
その焦った表情と行動が可愛くて、リリィの頬は思わず緩んだ。
それからはいつも通りに。仲良くなる順序で進める。
けれど毎回毎回、ズレは生じる。
喋り方とかが少しでも変わると、ミリアの行動が変わる場合だってある。
まぁ、今回に関して言えば、それを気にする必要は特に無い。
なぞる順序は、大体でいい。
リリィとミリアは、いつも通りに距離を縮め。
夕方六時頃には、部屋に上げて貰えることになった。
少し遅くなったが、問題ない時間だった。
※
午後七時。
お手洗いに行ってくるねと席を外したリリィ。
予定通りに、デーヴィドの部屋の付近で待機をした。
間も無く部屋のドアがガチャリと開かれ、デーヴィドがそこから現れた。
暗い廊下を歩き、やがて玄関の方へ向かい、玄関のドアを開け、閉め。
家を出ていくのを、私は暗闇から確認をした。
いつも帰ってくるのは、それから一時間後。時間はある。
そこから念の為に五分程だけ時間を置き、帰ってこないことを再確認をして。
リリィはデーヴィドの部屋のドアを、恐る恐る開いた。
その瞬間──。
「うっ……」
鼻を刺す、吐き気が込み上げてくるかの様な強烈な腐臭。
耐えながらも、リリィはその中に足を、ゆっくりと踏み入れる。
開けていたドアを閉め、用意していたランプに自身の魔法で火を灯し、
陰鬱とした雰囲気の漂う、その部屋の中を照らす。
その光の眩しさに一瞬だけ目を閉じ。そして開き、部屋を目視した。
「──っ」
そこには、息も飲めない程に。
恐ろしく、悍ましく、不快であり不愉快な。そんな光景があり。
光景という言葉に似つかわしく無い程の邪悪が漂っていたのだ。
──これは。酷い。酷すぎる。
汚かった。汚すぎた。どこを見ても、汚い。
汚いという言葉で済ますことが出来ないくらい。
害虫は姿を隠す気すらなく、天井や壁にウヨウヨと這い回り。
床には書物や、そのページの切れ端などが散漫している。
隅に目をやると、ゴミの山。蝿が舞っているのを見るに、残飯か糞尿か。
ここは最早、害虫の巣窟だ。人の住居とは、とても思えない。
部屋の害虫が部屋の外に出ていないのが、意外だった。
それ程までに、この部屋は害虫にとって居心地の良い場所ということだろうか。
普通の人だったら、目も背けたくなる程の光景だが、リリィは大丈夫だった。
何せ今まで様々な修羅場をくぐってきてはいる。それに比べたら、ずっとマシだ。
しかし、ミリアからは部屋がこんなに汚くなっているとは聞いていない。
いや、一切の掃除もせずにこの部屋で生活をしているのなら当然か。
これは。普通の人間だったら、生活どころか、部屋にいること自体無理だろう。
リリィは、右手でランプを持ち、左手で鼻をつまんでから。
デーヴィドの事を探るため、怖気ながらも一歩を踏み出す。
幸いスリッパなので、床に関してはそこまで警戒する必要は無い。
しかし歩く度にくしゃくしゃと、床に放り出された紙が悲鳴をあげる。
リリィはなんとなく罪悪感を覚えながらも、作業スペースであろう机の上に向かった。
全てが汚い部屋の中で、机上は相対的に整っている様に見えた。
だからと言って、その上には特に大したものはない。
難しそうな、面白くなさそうな本が雑に積まれているだけだった。
──こんな部屋で、どうやって生活を。
そもそも、生活をするスペースなんて、この部屋のどこにも……。
リリィがそう思考した通り。本当に、ここにはどこにも生活のできる空間は無かった。
それはかなりの違和感でもあった。
何か、もっと重要な何かが隠されていそうであった。
リリィは辺りを
次いで、床のゴミや紙切れが不自然に退けられているところを発見した。
部屋の一角。そこへ近付き、ランプを近付ける。
そこにいた虫が光に怯え、離れ、くっきりとリリィの目に映った。
「あぁ……そういう感じ」
地下への扉が、そこにはあったのである。
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