綺麗な花に囲まれて

 向かった先は庭園。

 それは割と最近に作られたものであり。作られた理由も、この街の魅力が少ないので、せめて何か良さげなもの作ろうっていう、そんな俗な理由だった気がする。

 でも。その庭園の景観は素敵だし、私も好き。

 花の種類はバラバラだし、庭園といっても広さはあまりないけれど。

 この街らしいというか、なんというか。たまに訪れてしまう。


 それにしても──。


「人いないねー」


 緑の小さい庭園へのゲートをくぐったその先は。ガランとしていた。

 展望台の時もそうだけど、本当に過疎ってると思う。

 明日には、沢山の人が街を出歩くんだろうけどね。

 今日はみんな、明日のお祭りの出店の準備とかで忙しくしているのかな。


「ま、まぁ。ここが庭園ということで! 綺麗なお花いっぱいだから見て回ろー」

「うん」


 頷くリリィの手を引く。

 とりあえず外周を回ろうかなと歩みを進めた。


 庭園の外壁に絡みつくアイビー。

 隅にポツンと咲く可愛らしい朝顔。

 季節外れのガマズミ。

 咲いているのはそんな様々で統一感の無い花々。


「リリィ、どうですかー」


 手は繋いだまま、身体を少し乗り出してリリィの方を見る。


「綺麗なお花、いっぱいだね」


 キョロキョロと、見渡しながら頷いてくれた。

 思ったよりも好感触?

 という捉え方でいいのかな。

 まぁ。そう言うことにしておく!


「なら良かった!」

「うん」


 やがて私たちは庭園を回り終え、真ん中にあるベンチに腰を下ろした。


 とりあえずベンチ置いとけばいいやのこの街の精神、嫌いじゃない。

 気がつけばそこにベンチがある。いやー、いい街だ。

 お年寄りに優しい。つまりこの街は高齢化しつつある。

 いやー。いい街だ。うん。


「きゅうけーい」


 背もたれに背中をペターって貼り付けながら伸びをする。

 リリィも控えめに足を伸ばし、身体をほぐしている様子であった。

 視界を回していたリリィは「あ……」と小さい声で呟くと、


「ねぇミリア、この花。知ってる?」


 言いながら、すぐそこの花壇にある花を指した。

 それは、小さく。しかし、火の様に先端が赤く、力強さを感じさせる花であった。

 赤い先端の形がイチゴみたいで可愛らしさがある。

 初めてみるものだった。小さくて今まで気に留めていなかっただけかもしれない。


「分かんないけど。……なんだかリリィみたいな花だね!」


 心で感じたことを添削もせずに伝えてみると、リリィは目を丸くした。


「どの辺りが?」


 自分でも言っててよく分からなかったので、少しだけ整理をしてそれに回答した。


「可愛い見た目なのに、力強さがあるところ。……ほら。リリィ、美人じゃん。それなのに魔法とか使いこなせてて強い……的な!」

「……そう」


 どこか悲しげに呟いたリリィは、その調子のまま言葉を繋ぐ。


「だけどね。私、弱い。魔法だって、初級の簡単なのしか……」


 失言だったのかもしれない。

 その曇った声を聞いて、私は思った。

 気の利いた言葉が浮かばず、黙る。

 私の様子を見てか、リリィは急に声色を明るいものに変化させた。


「ご、ごめん。暗い話をしたい訳じゃなくて。……。話、戻すね」


 繕ったその声に、笑顔で私は頷く。

 今のことを掘り返しても良いことはなさそうだったから。

 私も、そのリリィの調子に合わせることにした。


「えっと。この花はストロベリーキャンドルっていうの。火のついた蝋燭みたいな形にも、イチゴみたいな形にも見えない?」

「うんうん。見える見える」


「この花が、好きなんだ。……旬なのはもう少しだけ前の時期だけど」

「そっかぁ。素敵な花だね」


「……うん」


 あ。やばい。

 リリィの声のトーンがまたさっきの調子に戻っている。

 思い返してしまったのかもしれない。

 そもそもこの話をすること自体、続けられそうに無かった。

 ので。私は無理くりにでも話題転換をと、声を張り上げようと──。


「ミリア」


 ──したのに、リリィはそれに割り込むように。

 私の名前を呼びながら、顔をこちらに向けてきた。

 不意に顔が合い、心臓がドキッと揺れる。


「私は、この花よりも。あなたが好き」

「きゅ、急になに!」


 準備をし忘れた私の心は、大胆すぎるその愛情に、もっとドキってしてしまった。


「私がこの花のことを好きって言ったのを気にしているのかなって思って」

「気にしてない! だって花だもん!」


 その言葉の意味は、『この花に嫉妬してる?』ってことだと思う。

 リリィの事は好き。だけど嫉妬までは流石にしない。

 言った通りに、これは花だし!

 人が花に嫉妬ってそもそもなに!

 やっぱりリリィって少し自意識過剰な節ある。


「そっか」


 リリィは片手で口を覆ってクスリと笑う。

 悪戯が成功した子供みたいな無垢な笑顔。

 冗談だったのかな。流石にね。


「ねぇ」


 そして。リリィは笑いながら、その音量を落としていき。

 声が途絶えた後に、いかにも自然な流れかの様に──。


「キスしたい」


 あっさりと、恥ずかしい台詞を投げてきた。

 顔の距離が近いことも相まってか、声が肌に染み入るように全身に広がり火照っていくのを感じる。


 自然に見せかけた不自然に頭が混乱して、その困惑が声となって飛び出る。


「え、えぇ⁉︎」

「だって今、人いないし。……これは、ほら。『思い出作り』だよ?」


 ぐぬぬ。

 やけに『思い出作り』という点を強調された様な……。


「と、言いましてもね……」


 辺りをキョロキョロと見渡す。

 うん。怖いくらいに人がいない。


 正直に言うとキスはしたい。

 思い出作りとか無しにして、純粋に。

 もちろん思い出も作れるから一石二鳥なのだけど。

 答えの選択肢は一つしか無かったっぽいので、寄り道せずに私は息を吸った。


「……まぁ、いいけど?」


 ガツガツしちゃってもアレなので、『キスくらいどうって事ないですよー感』を出しながら、私は顔を横に向けてリリィの前に固定した。

 ネックレスに反射された太陽が目に飛び込む。眩しくて、綺麗。


 この行動自体がガツガツしてる様なって思ったけど、赤面でそもそも『キスくらいどうって事ないですよー感』を出せていなかったので、もう気にしないことにした。

 私は目を瞑る。


 刹那。

 唇に触れる柔らかい、潤ったその感触。

 自身の唇がカサついていることに気付く。

 濡らせば良かったかなって思った矢先、唇は私から距離を置く。

 目をうっすらと開き、リリィの顔はさして私から離れてないことが分かった。


「ありがと……」


 その感謝は、私の口から飛び出していたものだった。

 リリィはそれより数拍置いて同じように感謝を述べた。

 だけど顔の距離は未だそのまま。

 恥ずかしくて目を泳がせながら私は小声を発す。


「今からどこ行こっか。他にも、この街には観光場所あるから……さ」

「……。もう少しキスしたい」


 言われて、もうその距離のそ言葉には、逆らえなかった。

 逆らう気すらも起こらない。逆らいたいとも思わない。

 受け入れたいとしか、思えない。


「……ん」


 頷く。と、目を瞑る暇も無く、私の唇が襲われた。

 目に映るのは、リリィの目。それだけ。

 少しだけ見ていると、リリィの目尻に小さな何かがあるのを見つけた。


 ──涙?


 そう。涙。

 確かに、リリィの目尻に本当に小さな水滴があった。

 何か、思うところがあったのかもしれない。

 涙が流れる理由を深くは考えず、私は目を閉じた。


 私たちは、人が来るまでずっとキスをしていた。

 唇を重ね合うだけの、たった一通りのキス。

 いつ終わるのかは正直気になっていたけど、これも思い出かなって納得した。


 太陽の色は、いつの間にか夕焼け色だった。

 ベンチを立ち上がって、手を繋ぐ。

 唇の感触は、未だに残っていて、しばらくは忘れられそうに無かった。

 今日の色濃い思い出は、ネックレスと共に、大切に保管しようと強く思う。

 明日は、今日以上に大事にしようと。更に強く、未来の自分に願った。

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