自傷行為による防御【氷獄回帰】

 勝敗は決したと油断するジョン山田へ、海のように広がる死の魔力から塔矢の手が伸びる。


 その腕はジョン山田の胸ぐらを掴み、死の魔力に引き込んだ。


 黒い死の魔力に包まれ、周囲を見ることさえままならない中、塔矢の声が響く。

「流石に自分の死の魔力で死ぬなんて、間抜けな決着は起きないか」


「何で生きて……」

 動揺するジョン山田の体に氷の剣、牡丹雪が突き刺さる。


 塔矢は言う。

「最後の最後に油断したな」


 明らかな致命傷、辺りに漂う死の魔力が消えた。


 視界が開け、周囲がよく見えるようにった。

 建物は倒壊し、殺人術式に巻き込まれた人間が大勢、死んでいる。


 死屍累々の地獄絵図だが、犯罪国家ベルムハイデではよくあることだ。


「ゲームセットだな」

 そう言って塔矢は異能で作った氷の剣、牡丹雪を消した。


 ジョン山田は仰向けに倒れ、腹の刺し傷から血を流す。


 塔矢は今にも死にそうな彼を見下ろす。


 ジョン山田が弱々しく口を開いた。


「……最初に増幅術式でお前を殺すモルヴラークの弾幕を放った時、どうやって無傷で乗り切ったんだ?」


「ああ、それは……」

 塔矢はその時のことを話し始めた。



 時間は少しさかのぼる。

 酒場の屋根にいるジョン山田から無数の【お前を殺すモルヴラーク】が放たれた時、塔矢は考えた。


――無数のお前を殺すモルヴラークの中には運動エネルギーが付与されたものもあるだろう、リアリティコントロールだけだとガードしきれない。……だからといって、闘気で耐久力を上げていたら、リアリティコントロールが疎かになり、下手すれば殺人術式の効果で即死。……しょうがない、使うか。


 塔矢は氷のナイフ冬茜を逆手に持ち、左腕に刺した。


「氷獄回帰」

 塔矢がそう唱えると、塔矢の肉体の情報が凍結された。


 冬茜で自分を刺すことで発動する氷獄回帰。

 この奥の手の発動中、塔矢は外部からのあらゆる干渉を防ぐことができる。

 しかしその間、塔矢は身動きができず、周りの様子を把握することもできない。


 それだけでも大きなデメリットだが、何よりこの自身を守るための奥の手は、自分だけが無事だった幼少期を思い起こさせ、塔矢に悪夢を観せる。



 その悪夢は炎にまみれた地獄だった。


 激しく燃え上がる展望台に小学生時代の塔矢と黒い短髪の女の子はいた。

 その女の子は小学校の社会の授業で、世界地図を書き換えると言っていた神宮寺雪音だった。


 周囲が燃える中、塔矢は雪音を強く抱きしめる。

 自分を犠牲にしてでも彼女を守ろうとしたのだ。


 しかし塔矢の体は火傷一つ負わず、雪音だけに炎が燃え移った。


 痛みに苦しむ雪音が悲鳴を上げる。

 塔矢はそれを呆然と眺めるしかなかった。


 場面が少し進む。


 ガレキだらけの黒こげた展望台の中で、幼い塔矢は雪音の上に馬乗りとなり、冬茜を握りしめていた。


 そして、幼い彼は震える手で冬茜を振り下ろし彼女の胸に突き刺した。


 また場面が進む。


 憤怒で震える幼い塔矢は、赤い髪の男の子と向かい合っている。


 何かを叫んだ塔矢は冬茜を握りしめ、男の子に襲い掛かった。


 そこで塔矢の悪夢は終わった。



 現実の時間にして約一秒か二秒、しかし氷獄回帰を発動する度に塔矢はこの悪夢を観ていた。


 とにかく塔矢は、氷獄回帰でお前を殺すモルヴラークの弾幕をやり過ごした。


 周囲はお前を殺すモルヴラークの弾幕によって、砂煙が上がっている。


 今ならジョン山田から塔矢の様子は見えないだろう。


 塔矢は左腕から氷のナイフ、冬茜を抜きジョン山田がいた方向へ投げた。


 塔矢に自分の血がついた武器で戦う趣味はない。


 そして、闘気で左腕の治療をする。


 塔矢の闘気は持久力よりだがバランス型だ。特化型ほど融通が効かないわけではない。


 回復特化型の闘気のように致命傷や大きな欠損を治すことはできないが、自己治癒力を強化して刺し傷を治すことはできる。


 これで、無傷な塔矢が完成する。

 砂煙が晴れたのはこの後だ。


 だからジョン山田が見た時、塔矢は無傷だったのだ。



……。

 腹から血を流すジョン山田は、乾いた笑い声を上がる。

「外部からのあらゆる干渉を防ぐ技? ハハハ、そんな技があるなら私が負けるのも仕方がないか。……最後、死の魔力に飲み込まれた時も、その技を使ったのかい?」


「いいや、広範囲に広げられたお前を殺すモルヴラークを斬った時の感触から、海のように広がる死の魔力にエネルギー変換補助術式が使われていないと予想できたからな。リアリティコントロールを強化しで死の呪いを防いだ」


「そんな馬鹿な……いくらリアリティコントロールを強化したといっても、あれだけの死の魔力に触れて無事なわけがない」


「それが無事なんだよ、俺の異能の強度は人類最高クラス、そしてリアリティコントロールの強さは異能や魔術、闘気の強さで決まる。……あの程度の死の魔力、防ぐなんて簡単だ」


「……その割には威力が低い異能でしたが……まあ君の強さを見誤った私の負けか……」


 ジョン山田は、ゆっくりと目を閉じ、静かに話し始めた。

「本当にこのベルムハイデに冒険者ギルドの支部を建てるつもりか?」


「ああ」


「……やめた方が……いいと思うけどな」


「何故だ?」


「この国が貧しく争いが絶えないのは……ベルムハイデの国民が愚かなだけが理由じゃない。……そう望んだ人間が大勢いたからだ。……麻薬カルテルの市場や……兵器会社の実験場の役割、周辺諸国では禁止されるような……倫理に反する人体実験も……この国でなら可能です。……そして……そういう思惑を持つのは……企業だけでなく……国家も同じ、そこには当然……リベルタス大州最大の国、リベルタス機械共和国も例外ではない」

 息も絶え絶えの様子で話すジョン山田は見ていて痛ましい。


 それでも塔矢は会話を続ける。

「それと冒険者ギルドの支部を設立することに、何か関係があるのか?」


「大アリさ……人々を冒険者として所属させ……仕事を与える。……それはこの国のならず者や……貧しい者に……秩序と富を与える行為だ。……しかし……彼らにも役割がある……ならず者には武器や違法薬物を……買ってもらいたい、……貧しい者には奴隷という……資源になってもらいたい、……搾取する側の人間には……そう考える者も多く……そのためにも……ベルムハイデは……無法国家であることを望まれている。……」


「無法国家であることを望む者たちの邪魔することは、彼らと敵対することでもある。だからやめておけ、ということか?」


「そういう……ことです」


「……死ぬ間近の人間にしてはよく喋る」


「……ハハハ、そうですね、でももう終わりのようです。……だけど最後にこれだけは……、偉人や英雄と言われる一見善人な者に限って、この国の不幸を望んでいます…………例えばあの…………」


 最期にジョン山田は、誰かの名前を呼んだ気がしたが、塔矢には聞こえなかった。


 塔矢は動かなくなったジョン山田を確認する。


 完全に死んでいるようだ。

 塔矢は遺体のまぶたを軽くなでて閉じる。


 今日ここに、殺戮の魔術師、ジョン山田の人生が終わった。


 そして、塔矢立ち上がり【ハーピーの羽休め亭】へ向けて帰り始めた。

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