第23話 雪桜、再び
一体どういうつもりなのだろう。
まるで私たちの代の冬宴を見ているかのようだった。あれ以来、この学園の宴では雪桜と天女の劇をやったことは一度もない。涼が主役だったあの年を超えることなど到底無理だと皆が諦めたからだ。
まさか、彼らは……。
「むかーしムカシ、この四鈴村には紫雲という貧しい若者が住んでいまシタ」
どこか覚束ない日本語で語り始めるウィンディアさん。手にはフリップというか、紙芝居のようなものを持っている。
「紫雲の住む村では、恐ろしい疫病神が村人たちを苦しめていまシタ。彼は毎年幼い女の子どもを生贄として出さなければ疫病を流行らせてしまうぞ、と脅しており、村人はどうするべきか常に頭を悩ませていまシタ。紫雲の両親もまた、自分の娘がいつ生贄にされるかと不安になっていまシタ。そこで考えた末、彼女を男として育てることにしたのデス」
お世辞にもうまいとは言えない絵で描かれた紙芝居。それを一枚一枚捲りながらどんどん話が進んで行く。流れている音楽も、あの時と同じものだ。少しアレンジが咥えられているようだけど、違和感は全くない。
だけど……、心配なことがひとつ。
横にいる涼のお父さんをふと見る。かなり仏頂面で睨みつけている。こんなことを何故やるのか、益々意味が分からなくなってきた。
「そして遂に、疫病神は倒されまシタ……」
あれやこれやという間に、物語の一番核となる部分が紙芝居で終わってしまった。
――どういうこと?
私は訝しみながら観ていると、ようやく舞台が暗転した。
「ここは……」
舞台の中央に、誰かがようやく現れる。
――涼?
桜色の着物、細かいところは違っていたと思うけど、かなり既視感を覚えた。あの姿は間違いなく私たちが若だった頃に見た、氷渡涼の姿だった。
――いや。
「目覚めましたね、紫雲様」
更に現れたのは、白い着物を纏った人物。
あれは……。
「雪?」
隣にいるお父さんがぼそりと呟いた。あれはそう、間違いなく雪くんだ。それじゃあ、あの桜色の着物の人物は……。
「君は……、もしかして……」
ようやくその顔を挙げて、誰かが判別できるようになった。
――水波さんだ。
普段物静かな水波さんが、ここまではきはきと台詞を発するのは初めて見た。一瞬、その姿を涼と間違えてしまうほどだ。
「私は村人によって、無理矢理女性の恰好をさせられて生贄にされました。しかし、あなたと一緒にいるうちに、男としても女としても、あなたと共に生きたいと思うようになったのです。土地神様はそんな私の気持ちを汲んでくれたでしょうね……」
「そうか……。私と共に、ね……。それで、私は死んだのか?」
「ええ……。でも、安心してください。私もあれから力を与えられて、あなたを蘇らせることができるようになりました。あなたはこの土地の疫病神を倒した英雄です。その功績を称え、あなたが望む姿に生まれ変わるようにしましょう」
このシーンもよく覚えている。ずっと観ないようにしてきたあの時の劇を思い浮かべてしまう。全く正反対だと思っていた涼と水波さんのイメージが、くっきりと重なってしまうほどに。
更に演劇がどんどん進んで行く。
「私は女性でありながら男性として育てられた身……。どちらの生き方も得た身だ。だが、ひとつだけ体験したことも見たこともない生き方がある。それが、“桜”だ。この雪がひたすら降る村では桜の花が咲かない。出来ることなら、私が桜の木として生まれ変わりたいものだがな……」
「そうですか……。やはり、あなたは私が思い描いていた人でした。ならばあなたは桜の木の精として、この村をずっと見守っていてください。二度と、あのような疫病神が現れないように……」
水波さんも雪くんも、あまり演技が上手いとは言えない。でも、はっきりと台詞を発しながら必死で役に入ろうとしているのが分かる。
「あぁ。ただ、その前に、君に一言だけ伝えたいことがある」
「なんでしょうか?」
「あ、あ、あ……」
――あれ?
いきなり水波さんの台詞がつっかえた。嚙んだだけかな、と思ったけど、どことなく顔が赤い。雪くんも少し戸惑っているような気がする。
「あ、あ……」
――頑張れ!
私は心の中で水波さんを応援した。ここまできたら最後まで貫いてほしい。
「あ、あ、あ……愛してるよ、雪……」
ちょっとだけ声が小さい気がしたけど、なんとか言えた。私はなんだかほっとため息を吐いてしまう。
「紫雲様……。えぇ、私も、です。あなたが桜の木になった後も、私は天からあなたを見守ることにしましょう」
そうして――、
「村には一本の桜の木が聳え、その木は雪の降る季節に咲くようになったそうデス。人々はそれを『雪桜』と呼び、今でも枯れることなくこの地に残っていマス」
相変わらずたどたどしいナレーションと共に、演劇が終わった。
――何故だろう。
私はいつの間にか涙が出ていた。まさか、こんな形で昔の劇を再び見せられるなんて思ってもみなかった。今まで心の奥底に仕舞いこんできた感情が飛び出してきたような気分だ。
姫と若の皆が舞台上に上がる。特に何も言わずに深々とお辞儀だけして、じっとこちらを見つめている。
私は自然と拍手をしていた。思いがけないサプライズに、心の底から感動してしまったからだ。
舞台上の皆もやりきったからなのか、凄くにこやかに笑顔をこちらに向けている。
だけど……、
「一体、どういうつもりだ」
やはりというか、納得していない様子の人物が一人いる。先ほどよりもずっと険しい表情で、雪くんたちのほうを睨みつけている。そりゃそうなるよね、と今までの感動が一気に吹き飛んだ気分だ。
「父さん、これは……」
「こんなものを見せつけて、どういうつもりだと聞いているんだ!」
「僕は、ただ、この学校で上手くやっていけるってことを証明したかっただけで……」
「だったらもう気が済んだな。帰るぞ!」
――ダメだ。
このままでは雪くんはこの学校を退学してしまう。何か言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ、言わな……。
と考えたけど、何も出てこない。喉から言葉を発することさえできない。
「だからさ、僕はまだこの学校で……」
「やかましいッ! こんなので私が納得するとでも思っているのかッ! こんな、涼の真似事をしたところで……」
――あれ?
今の言葉に、私は何か引っ掛かりを感じた。
と同時に、雪くんたちの目が一斉に見開いた。
まさか……。
「父さん……」
雪くんが重々しい声を放った。
「まだ何かあるのか!?」
「今、言ったね。姉さんの真似事、って……」
「だから、それが……」
そこまで言いかけて、豪さんがはっと目を見開いた。そして、私もようやく気が付いた。
「何で知っているの? この劇が、姉さんが演じていたものだったって……」
――そうだ。
「……涼さんがこの学園に入学してからずっと会っていなかったんですよね。なのに、何で……」
「そ、それは……」
豪さんが狼狽えだした。
「この劇のことを知ったのは、母さんから送られてきた荷物に紛れていたDVDなんだよね。多分、姉さんの遺品の中にあったのが偶然混じっていたんだろうけどさ……。問題はこれを撮ったのが誰か――」
豪さんが雪くんから目を逸らす。
「……正直に話して欲しい」
「これ、父さんが撮ったんだよね?」
「うぐっ……」
雪くんが単刀直入に尋ねると、豪さんが更に言葉に詰まった。
「父さん、もしかしてこの劇をやった冬宴の日、こっそりと父さんは観に来ていたんじゃない? そして、動画を撮って記録したDVDを姉さんの部屋に置いておいた。いつかきっと、姉さんが家に帰ってくれることを信じて、ね……」
「まさか……、それを言わせるためだけに、この劇を……」
雪くんがこくり、と頷いた。
「どうなの? 父さん……」
「くっ、それは……」
「答えて……」雪くんが力強く睨みつけた。「答えてッ! 父さんッ!」
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