第309話 二人きりのリッドとファラ
迎賓館の部屋に訪れて来た、ファラとアスナ。
しかし、ファラを部屋に招き入れた後、アスナが発した言葉に僕は目を丸くしていた。
なんと、彼女が言うにはファラと僕だけで今日は部屋で過ごして欲しいというのだ。
何か意図があるのだろう。
そう思い、部屋の中にいるファラに聞こえないように小声でアスナに問い掛けた。
「ど、どういうこと?」
「ふふ、リッド様。レナルーテにおいて、神前式を行った『夫婦』は同じ屋根の下で過ごすものです。リッド様のお気持ちは皆理解しておりますが、それでも姫様は今日という日を一緒に過ごしたいと思われたようです。そのお気持ちを汲んで頂きたく存じます」
「そ、そういうことなんだね……」
アスナは淡々と僕を訪ねてきた理由を説明し終えると、スッと頭をさげて敬礼する。
その時、彼女の隣にいたカペラが話を続けた。
「神前式を行った男女はレナルーテにおいて、その日から『夫婦』とみなされます故、当日はとても特別で意味のある日となります。それに、この件はエリアス陛下やライナー様も了承済みのことでございます」
「え……そうなの」
エリアス王はわかるが、父上も了承しているとは思わなかった。
きょとんとする僕に、カペラは淡々と話しを続ける。
「はい。お二人共、『子供同士が同じ部屋で寝ることに、何も問題ないだろう』と仰せでございました。それと此処はレナルーテであります故、ここは『郷に入れば郷に従うべき』かと存じます」
カペラは言い終えると同時にその場でスッと頭を下げて一礼する。
「あー……なるほどね」
彼の話を聞いてなんとなく合点がいった。
ファラの事を考えて、出来る限り慣れ親しんだ場所で過ごして欲しいと伝えたその気持ちに嘘はない。
だけど神前式を終えた夫婦が、同じ部屋で過ごすということに意味があり、そこにレナルーテとして政治的な意図もあるのだろう。
挙式を上げた当日から別々に過ごすとなれば、僕がファラを良く思っていないとか邪推される可能性もある。
ここはレナルーテ国内の中枢であり、人の目にはどうしてもついてしまう。
下手すれば、後日になり変な噂が立たないとも言い切れない。
ファラやエルティアに気を遣ったつもりだったけど、エリアス王達の政治的な思惑とは一致しなかったのかもしれないな。
しかし、様々な思惑があるとは思うけどここまでするとはね……。
ちょっと気の遣い方を読み間違ったかもしれないなぁ。
呆れ顔を浮かべた僕は『やれやれ』と首を横に振ると視線を護衛の二人に向ける。
「わかった。今日はファラとこのまま一緒の部屋で寝るよ。だけど、何かあればすぐに呼ぶから、部屋の前には誰か待機するように指示をお願いね」
「承知しました。私とアスナ殿で交互に待機するように致します」
「ありがとう。だけど二人共無理はしないでね」
会釈する二人にお礼を伝えると、アスナが笑みを浮かべた。
「はい、心得ております。それから、リッド様。どうか姫様のことをよろしくお願い致します」
「ふふ、わかっているよ。ファラは僕の『お嫁さん』だからね」
ニコリと微笑み彼女達に答えると、僕達の会話が長引いているのが気になったのか、ファラが恐る恐る尋ねてくる。
「リッド様、何かありましたか」
「あ、ごめん。アスナとカペラが部屋の外で待機するって言うから、無理しないでねって話していただけだよ」
「姫様、リッド様の仰る通りでございます。私達は部屋の外におります故、何かあればお声かけ下さい」
心配そうにこちらを見つめるファラにアスナはそう言うと一礼した後、微笑みながら部屋のドアを閉めるのであった。
ドアの閉まる音が鳴り、部屋の中には僕とファラだけとなる。
そういえば、こうしてファラと二人だけというのは初めかもしれない。
互いに少しはにかみながら、僕は彼女をソファーに座るように促した。
机を挟み向き合うように座ると、彼女がおずおずと口を開く。
「リッド様、すみません。折角の御好意でしたのに結局、このように押しかけてしまいまして……」
「いやいや、そんなことないよ。僕もファラと一緒に居たかったから、訪ねてきてくれて嬉しかったよ」
僕の答えを聞くと、彼女は耳を少し上下させながら嬉しそうに顔がパァっと明るくなった。
その様子に思わず笑みがこぼれる。
つられるようにファラも顔を綻ばせると、二人でクスクスと笑い始めていた。
場の空気が和らなくなったところで、おもむろにファラに問い掛ける。
「それはそうと、僕達は今後『夫婦』となるから折角だしお互いの呼び方を変えないかな」
「あ……そ、そうですね。それでしたら私の事は公の場でも『ファラ』と呼んで頂ければ……幸いです」
ハッとした彼女は、嬉し恥ずかしそうに少し俯いて上目遣いでこちらを見つめている。
耳も少し上下しているその姿はとても可愛らしい。
思わず笑みを溢してしまいながら、僕は頷いた。
「わかった、じゃあ今後は皆の前でも気にせずに『ファラ』と呼ばせてもらうね。僕の事も『リッド』で良いからね」
「は、はい。でも、その、慣れるまでは今まで通り『リッド様』とお呼びしてもよろしいでしょうか……?」
照れ笑いを浮かべている彼女の問い掛けに、僕は笑みを浮かべて答えた。
「うん、勿論だよ。僕の事は、ファラの好きなように呼んでくれていいからね」
「はい、リッド……様。あ、あはは、すみません。やっぱり何だかまだ慣れないです」
「ふふ、少しずつで良いと思うよ。僕達には時間が沢山あるからね」
瞳を見つめ合った後、僕達は互いに笑みを溢す。
そこから話に花が咲いた僕達は、今日行った神前式のことで談笑する。
お互いに初めてのことで、神前式は厳かな雰囲気でとても緊張したけど、凄く嬉しくて楽しかった。
「ふふ、だけど、僕が一番感動したのはやっぱりファラの白無垢姿だね。準備の時とは違って少しお化粧もしていて、本当に素敵だったからさ」
「あ、ありがとうございます。その、お化粧はあまり慣れていなかったんですが、今日は少しでも綺麗に見えるようにとダリアにお願いしたんです」
彼女はそう答えると、少し顔を赤らめながら『白無垢』を身に纏った時の話を嬉し恥ずかしそうに話してくれる。
神前式での話で盛り上がると、話題は披露宴の話少しずつ移っていく。
その中で、ファラがふと思い出したようにこちらに問い掛けた。
「そういえば、兄上や母上達とも楽しそうにされていましたけど……何をお話されたんですか」
「あー……そうだね。皆からファラをよろしくって言われていたんだ」
レイシスとの会話は主に彼が以前行ったこと反省と、ファラが披露宴で身に着けていた『黒引き振袖』の件だ。
それに、エリアス王やエルティアとした会話は『黒引き振袖』の意図についてである。
さすがに、この場で僕が彼女の決意を知っていたと口にするのは、少々無粋だろう。
そう思った僕は、誤魔化すように答えた。
しかしこの時、僕は余程決まりの悪い表情を浮かべていたらしい。
ファラは、こちらの瞳をじっと見つめると、頬を少し膨らませて訝しそうに話を続けた。
「むぅ……正直に言ってください。リッド様の嘘って、案外すぐにわかるんですからね」
「あはは、そんな……嘘なんてついてないよ」
苦笑しながら答えたのが、なお良くなかったらしい。
彼女は「そう言われると、余計に気になります」と言って引かなくなってしまう。
根負けした僕は、止む無く照れ笑いを浮かべて答えた。
「わかった、正直に話すよ……だけど、怒ったりしないでね」
「ふふ、良いですよ。だけど、私が怒るかもしれないなんて……本当に何をお話されたんですか」
先程とは違い、少し冷たい笑みと目を浮かべている彼女に僕は恐る恐る答えた。
「ええっとね。レイシス王子とエルティア義理母様と話したのはね……ファラが披露宴で着ていた『黒引き振袖』の意図や意味だね」
「え……えぇえええええ⁉」
予想外の答えだったのだろう。
彼女は一瞬きょとんとするが、すぐに驚愕の表情に変わる。
同時に、耳まで顔が真っ赤になるのであった。
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近況ノート
タイトル:一巻と二巻の表紙
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タイトル:ネタバレ注意!! 247話時点キャラクター相関図
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飛ばし読みされている方は下記の相関図を先に見るとネタバレの恐れがあります。
閲覧には注意してください。
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