第302話 エリアス王の問い掛け、リッドの答え
レナルーテに来てからの二日間はとても忙しくて、僕個人がしたい事は何もできていない。
初日は午前中と午後を丸々使って本丸御殿で行う披露宴と、神社で行う神前式の段取り確認と打ち合わせ。
二日目は初日と同じ内容に加え、夕方にはレナルーテにおける有力華族と親睦会を兼ねた食事会が迎賓館で用意されていたのである。
華族と親睦会は披露宴で兼ねれば良いじゃないかと思ったけど、色んな思惑が混ざった結果そういうわけにも行かなかったらしい。
明日はいよいよ式当日だけど僕は今、迎賓館で行われている食事会に父上やメルと参加している。
だけどね、ファラと同い年ぐらいのダークエルフの女の子とか少し年上の少女達がやたらと僕の周りに集結。
挙句に大人の華族達から、我先にと彼らの娘を紹介される対応にはちょっと困った。
というかファラというレナルーテの王女と婚姻したというのに、こんなことをして問題ないのだろうか。
メルは父上の側にいるけど、二人の周りには僕同様に大人の華族達と彼らの『息子』と思われる美少年のダークエルフ達が集結している。
『メル狙い』と思われるあからさまな対応に、父上は笑顔ながら眉を時折ピクリとさせているから、良くは思っていないのだろう。
メルの側にはダナエやディアナも居てくれている。
父上の側には護衛で騎士団からクロスもいるので万が一なことがあっても問題はないだろう。
ちなみに、僕の側に控えてくれているのはカペラだ。
彼はレナルーテの元暗部ということもあり、次々にやってくる華族達の顔と名前をフォローしてくれるのでとてもありがたい。
やがて挨拶に来る華族とダークエルフ少女達の対応が落ち着いた機会に、僕は水が注がれたグラスを手に取って口にしながらカペラに問い掛けた。
「ふぅ……ようやくひと段落したかな。それにしてもダークエルフの華族や女の子達は、僕にこんなあからさまに来て大丈夫なのかな。まぁ、会場にはエリアス陛下もファラもいないけどさ」
カペラは僕の問い掛けの意図を悩むような素振りを見せた後、ハッとした。
「失礼ですが、リッド様はダークエルフの王族文化には詳しいでしょうか?」
「うーん、そこまでは詳しくないかな。まぁ、王妃は最初に『王』の子供を身ごもった女性になる。それからダークエルフは出生率が低いから、王族は側室ありきということぐらいは聞いているけどね」
彼の問い掛けに、僕は少し思い出すように考えてから答えた。
レナルーテの文化に関しては、以前ファラとの顔合わせをする前にある程度学んでいる。
その時、ダークエルフの出生率から側室についての考え方も教わった。
なお、マグノリア帝国においても皇族や貴族の一夫多妻制は認められている。
ただし特定の貴族に権力が集中しないようにする為、貴族同士の婚姻に関しては皇族からの厳しい審査を経た『認可』が必要となっている。
権力を下手に拡大させないためにも、二人目の『妻』となればなおさら審査が厳しくなるそうだ。
その意味で言えば、帝国貴族も余程のことがない限りは二人目を正式な妻となる側室として迎えることは難しいだろう。
平民と帝国貴族という身分違いである場合でも申請が必要になる為、わざわざ結婚という形はとらず『愛人として囲う』ことがほとんどらしい。
これは昔、平民と貴族が婚姻した後に、平民が実はある貴族の私生児だったことが判明。
結果、貴族同士による婚姻が成立してしまったことがあるらしく、それを問題視した結果だそうだ。
それ以降、貴族と平民の婚姻であっても厳しく審査されるらしい。
貴族と平民の間で子供が生まれかつ婚外子だった場合、『平民』として扱われ貴族との婚姻はまず出来ないそうだ。
カペラは僕の答えに頷くと、話を続けた。
「なるほど。しかし、レナルーテの側室について少し説明不足かもしれませんね」
「え、そうなの?」
思わず問い掛けると、彼は説明を始めた。
帝国同様に審査はあるけれど、ダークエルフは出生率が低いため華族も側室に関して認可がされやすいそうだ。
結果、レナルーテとマグノリアで側室に関する考え方の違いが生まれたらしく、親睦会で皆が僕の元に集まっているらしい。
話を聞いた僕は、呆れ顔でため息を吐く。
「なるどねぇ。歴史、民族、文化が違えば考え方が違うのも当然か……」
そう呟くと同時に、エリアス王を筆頭にした王族の面々が会場にやってきて、場の空気が少し変わる。
エリアス王は僕の姿を見つけると、豪快な笑みを浮かべてすぐにやってきた。
「婿殿、親睦会は楽しんでくれているかな」
「はい。このような場を作って頂き感謝しております」
エリアス王にスッと会釈しながら答えると同時に、僕は彼の側に控えるファラをチラリと一瞥するけど、何故か彼女の表情が少し暗い気がする……どうしたんだろう。
そう思った時、エリアス王がニヤリと笑みを浮かべて周辺にいる人にしか聞こえないような小声を発する。
「ところで婿殿。この場において気に入った娘はいたかね」
「はい?」
彼の言う意味がすぐに理解出来ずに僕はきょとんとしてしまう。
しかし、エリアス王はそのまま言葉を続けた。
「ふむ、その様子では気になる娘はおらんようだな」
「……⁉ いえいえ、僕はファラ王女と婚姻した身上です。失礼ながら王女以外に現を抜かすようなことは致しません」
ようやく意図を理解した僕は、驚きの表情を浮かべると共に、すぐに首を横に振り否定の言葉を発した。
ファラ以外に妻をもらうつもりはない、という意志表示を強めの口調ではっきりと伝える。
その時、少し暗い表情をしていたファラの顔が少し赤く、そしてパァっと明るくなった気がした。
だけどエリアス王の反応は悪く、なにやら合点のいかない表情を浮かべる。
その時、彼の隣に控えていたエルティア母様がスッと会釈した。
「恐れながら、エリアス陛下とリッド様の思っていることが少しずれていると存じます」
「エルティア、どういうことかな」
エリアス王は興味深そうな表情を浮かべて、彼女に視線を向ける。
エルティア母様は僕に笑みを少しだけ見せた後、言葉を続けた。
「ダークエルフの王族において側室は必須ですが、帝国はそうでないと聞いております。余程のことが無ければ貴族で側室は難しいと聞いております故、ファラ以外の女性を妻とするお考えはないかと存じます」
「なるほどな。しかしダークエルフには出生率の問題はどうしても発生する。その為、婿殿の場合は『側室』の申請が通る可能性は高いのではないか」
二人の会話を聞いたことで、迎賓館で開かれたこの親睦会の意図をようやく理解した。
つまり、レナルーテとバルディアが恒久的な繋がりを維持するために、僕とファラ。
突き詰めれば僕とダークエルフの間で是が非でも将来的には『子供』が欲しいという事だろう。
その為、ファラ以外のダークエルフの女性を『側室候補者』としてあてがったのだ。
するとその時、エリアス王に向けて重く低い声が向けられた。
「その件については、今のところ考えてはおりませんよ。エリアス陛下」
声の主は言わずもがな父上だ。
僕とエリアス王の会話を察したのか、笑みを浮かべているけど何やら怖い雰囲気を醸し出している。
「おお、これはライナー殿、楽しんでいるかね」
「それはもう……我が娘にも沢山の挨拶を頂き、実に感謝しております」
「ははは、そうであろう。貴殿とメルディ殿に挨拶をしたいという者は多かったからな。それで、婿殿の件を考えていないというのは、どういうことかな?」
エリアス王も笑顔を浮かべて話しているけど、目が笑っていない。
「お伝えした通りでございます、エリアス陛下。我が息子のリッドに、実は帝国貴族からも縁談の話はすでに何件かきておりますが、すべて断っております」
「ほう……」
(えぇ‼ 初耳なんだけど⁉)と内心驚くも、何とか表情には出さないようにして僕は二人の会話に耳を傾けた。
「しかし、リッドとファラ王女の婚姻自体が特例なのですから断るのは当然でしょう。まぁ、それでもリッド本人がどうしてもという相手がいるのであれば、検討の余地はあるかもしれませんがね」
そう言うと父上は、ニヤリと笑い僕に視線を向ける。
勿論、そんな相手もいないし考えてもいない僕は「あはは……」と苦笑するしかない。
そんな僕達の様子を見て、エリアス王が頷いた。
「ふむ、あいわかった。しかし、婿殿がどうしても気になる相手であれば可能性がある……か」
「あはは……エリアス陛下。恐れ入りますが、この話はそろそろこの辺で……」と、僕が話を切り上げようとしたその時、何かを思いついたらしいエリアス王はファラの隣に控えるアスナをチラリと見た後、僕に視線を移す。
「ならばそこにいる『アスナ・ランマーク』はどうだ。婿殿を御前試合で負かすほどの実力を持っておる故、武術の才は申し分ない。どうかな、婿殿」
「な……⁉ ゴホゴホ‼」
思わぬ言葉に僕は驚愕の表情浮かべた後、むせて咳込んでしまう。
何を言っているんだこの人は‼ そう思いながら、ファラに視線を向けると彼女は小声で何か呟いているようだ。
「リッド様がどうしてもアスナを求めるのでしたら、私は……」
しかし何を言っているのかまでは聞き取れない。
アスナに視線を移すと、彼女は顔を軍帽で隠しながら首を小さく横に振っているようだ。
エリアス王の発言により、僕達の間に何とも言えない空気が流れ始める。
しかし、彼は気にする様子もなく僕に問い掛けた。
「どうかな、婿殿。それに、今すぐにとは言わん。将来的にその気になれば……でも良いぞ」
エリアス王の言葉を聞いて、僕の中で何かが切れそうな音が聞こえ始める。
深呼吸をした後、ニコリと微笑みながらゆっくりと答えていく。
「……御父様、いい加減にして下さい。僕はファラを迎えに来たのです。最初にお伝えした通り、彼女以外に現を抜かすつもりはありません。僕の愛する人はファラ、一人だけです。これ以上この話を続けるのであれば、たとえ御父上であろうと本気で怒りますよ……あの時のようにです」
言い終えると同時、僕は魔力を全身に込め始める。
その瞬間、無風のはずの迎賓館の中でそよ風が起きてあたりがざわつく。
僕の雰囲気が変わり、異変に気付いたエリアス王はハッとして咳払いをする。
「すまんな、婿殿。少し悪ふざけが過ぎたようだ」
「いえ……私も失礼を致しまして申し訳ありません。しかし、私はファラ以外の妻を持つ考えはありません。ご承知頂ければ幸いです」
「う、うむ。あいわかった。しかしこれほど婿殿に思われるとは……我が娘は幸せ者だな」
そう言うとエリアス王は、視線をファラに向けた。
「は、はい。私は……果報者です」
彼女は顔真っ赤にして答えると、耳を両手で隠して俯いてしまった。
どうやら、耳の制御が難しいらしい。
その時、手をパンと叩く音が辺りに響く。
音の聞こえた場所に振り返ると、その場に居たリーゼル王妃がニコリと微笑んだ。
「ふふ、リッド様やライナー様のお考えもわかりました。難しいお話はこの辺にして、後はこの場を楽しみましょう」
彼女の言葉にエリアス王は頷き、笑みを浮かべると僕達に視線を移す。
「そうだな、そうしよう。婿殿、ライナー殿、時間を取って申し訳なかったな。この後もどうか楽しんでくれ」
「とんでもないことでございます。ご配慮頂き、感謝致します」
彼の言葉に、父上が答えスッと頭を下げたので、僕も追うように一礼する。
その後、エリアス王はリーゼル王妃やエルティア母様と共に、会場の奥に進んで行く。
ちなみにこの時、メルはレイシスと楽し気に会場内の中を見て回っていたのである。
レイシスがメルの側に居てくれれば、この場では確実に安全なんだろうけどさ。
僕とエリアス王が問答している間に、メルのところにしれっと移動していたレイシスに少し呆れてしまう。
その時、父上が僕の耳元で呟いた。
「リッド、エリアス陛下に中々良い啖呵であったぞ。私はメルの側に戻る」
「承知しました」
父上は言い終えると、ファラにスッと会釈を行いメルがいる場所に真っすぐ進んで行った。
気付けば、この場に残されたのは僕とファラ。
そして、僕達の護衛であるカペラとアスナだけだ。
少しの間を置いてから咳払いをすると、僕は顔を赤らめて俯いているファラに微笑んだ。
「じゃあ、一緒に見て回ろうか」
「は、はい」
こうして、迎賓館で開かれた華族との親睦会は無事(?)に終えるのであった。
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【お知らせ】
2022年7月8日、第10回ネット小説大賞にて小説賞を受賞致しました。
本作品の書籍化とコミカライズ化がTOブックス様より決定!!
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※コミカライズに関しては現在進行中。
近況ノートにて、書籍の表紙と情報を公開しております。
とても魅力的なイラストなので是非ご覧いただければ幸いです!!
※表紙のイラストを見て頂ければ物語がより楽しめますので、是非一度はご覧頂ければ幸いです。
近況ノート
タイトル:一巻と二巻の表紙
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888703378
タイトル:一巻の口絵
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888805926
タイトル:2023年1月10日に『二巻』が発売致します!
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888123404
タイトル:ネタバレ注意!! 247話時点キャラクター相関図
https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330647516571740
※普通に247話まで読んで頂いている方は問題ないありません。
飛ばし読みされている方は下記の相関図を先に見るとネタバレの恐れがあります。
閲覧には注意してください。
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