第300話 式に向けた準備

「リッド様、次は『華燭の典』で身に着ける『正装』の確認があるそうです」


ディアナの凛とした声を聞いた僕は、今の予期せぬ状況に苦笑しながら答えた。


「あはは……いやぁ、思った以上にこれは大変だね」


ディアナとカペラにも手伝ってもらいながら僕は今、ファラと行う『華燭の典』の準備と段取り確認でレナルーテの本丸御殿の中をあちこち移動している。


レナルーテの迎賓館で朝食を済ませると、すぐにエリアス王とエルティア母様の使いがやってきたのだ。


そして『華燭の典』に向けての準備に僕も予定通り参加したわけなんだけど、エリアス王からもらった親書の内容では『関係者のみで行いたい』とあったから、てっきり形式的なものかと思っていた。


しかし、実際に詳細を聞いて内容を確認すると、レナルーテ国内で行う『華燭の典』においてはかなり厳格で大規模なものであることが判明。


まさか、レナルーテ国内の有力華族がほぼ集まるとは思いもしなかった。


「昨日、ファラが言っていた『困りごと』の意味がわかった気がするよ」


「ふふ、それだけリッド様がレナルーテで注目されているということでしょう」


次の場所に移動しながら呟くと、ディアナが嬉しそうに微笑みながら答えてくれる。


「ディアナさんの仰る通りです。リッド様は、前回の来国した際にその実力を御前試合で示しました。そして、レナルーテとバルディアの道も短期間で整備してみせるという手腕を発揮されています。注目されない方がおかしいでしょう」


彼女の答えを補足するようにカペラが反応して言葉を紡ぐ。


僕は彼に振り向きながら答えた。


「道の整備か。でも、あれは……僕じゃなくて『第二騎士団』の皆が凄いんだよ。僕は指示をしただけさ」


レナルーテとバルディアの道の整備がこんなに短期間で終わったのは、土の属性魔法を使える獣人の子達と、作業を行う彼らを護衛する役目を帯びた第二騎士団の面々が頑張ってくれたおかげだ。


それを『僕の手柄』というのは違うと思う。


そう感じて、カペラに答えたんだけど、彼は首を軽く横に振った。


「指示と仰いますが、そもそも第二騎士団を組織した手腕がお見事なのです。勿論、ライナー様のご判断も素晴らしいと存じますが、それ以上にやはり常識に囚われないリッド様のお考えがあってこそでございます。だからこそ、レナルーテの華族達も『華燭の典』を通じてリッド様とファラ様のご縁にあやかりたいと思っているのでしょう」


「あはは、褒めてくれるのは嬉しいけど、レナルーテの華族達がこの機に応じて『あやかりたい』っていうのは、カペラの立場上だとちょっと言い過ぎじゃない」


カペラは僕の従者ではあるけど、元はレナルーテの暗部に所属していたダークエルフだ。


そんな彼が、レナルーテの華族達を揶揄するような表現をしたことで僕は思わず吹き出してしまった。


しかし彼はニコリと微笑む。


「いえいえ、私は今や愛する妻がバルディア領に居ります故、骨をうずめる覚悟でございます」


骨をうずめる覚悟か、カペラって意外とエレンにベタ惚れしているのかな? まぁ、エレンが幸せになってくれるならそれでいいけどね。


カペラに答えようとした時、ディアナの凛とした声が響く。


「お二人共、次の場所に着きましたよ。リッド様、こちらの部屋になるそうです」


「あ、うん。えっと、もう入っても大丈夫なのかな?」


彼女の言葉に答えると、部屋の前で待機していたダークエルフの兵士が反応して頷いた。


「はい。中にはすでにファラ様がお待ちでございます故、どうぞお入りください」


兵士のダークエルフはそう言うと、「リッド・バルディア様をご案内致します」と声を張り上げる。


それから間もなく、襖が静かに開かれた。


部屋の中にはダークエルフの兵士が言う通りファラとアスナの二人に加え、数人のダークエルフ達が慌ただしく動き回っている。


式に向けた事前の確認作業をしているのだろう。


その時、ファラが僕達に気付いてこちらに視線を向ける。


「あ、リッド様。お待ちしておりました」


「……」


彼女に声を掛けられるも、僕はファラの姿に見とれてその場でボーっとしてしまう。


というのもファラが『白無垢』を身に纏い、品のある可憐な姿をしていたからだ。


やがて、彼女が首を傾げて「リッド様、どうかされましたか?」と呟き、僕はハッとした。


「あ、いやごめん。その……凄く似合っていたから、つい見惚れちゃって……」


「え……⁉」


僕の反応がファラにとって予想外だったのか、彼女は顔を赤く染めた。


「あ、いやごめん。で、でも、似合っているのも、見惚れちゃったのも本当で……その、なんて言ったらいいのか。えっと、ともかく素敵です、ファラ王女」


ファラの顔が赤くなってしまい、何か言わなければと思った僕は慌てて言葉を紡いだ。


だけど僕自身、よくわからないままに勢いで言ってしまう。


やがてその勢いが尻すぼみとなり、紡いだ言葉を思い返して僕も顔が火照ってしまった。


きっと、今の僕の顔は真っ赤だろう。


「は、はい。えと、その……ありがとう……ございます」


ファラも、ますます顔を赤らめて俯いてしまった。


どうしよう、と気恥ずかしさで全身が火照っているのを感じる。


その時、ファラの隣に控えていた着物を着たダークエルフの女性が、手を「パン」と叩いた。


「ふふ、ファラ王女様とリッド様のやりとりはとても素敵でございますが、準備が押しておりますので作業を先に進めてもよろしいでしょうか」


「あ、はい。すみませんでした。えーっと……」


彼女が叩いた手の音に反応した僕は、答えようとするが名前がわからずに言いよどんでしまう。


すると、ダークエルフの女性がニコリと微笑み、スッと頭を下げて一礼する。


「申し遅れました。私は、リッド様とファラ王女様の着つけを担当致します『ダリア』と申します。以後、お見知りおきを」


「承知しました。ダリアさんですね。こちらこそ、よろしくお願いします」


僕は答えながら、改めてダリアの姿に目を向ける。


彼女の姿勢はとても綺麗であり、着物を着こなして気品漂う感じのダークエルフだ。


だけど、目元にはある種の鋭さも感じるので、只者ではなさそうな雰囲気も感じる。


僕の視線に気付いたのか、ダリアは僕に向かって笑みを浮かべた。


「さて、それではリッド様にも式に向けた衣装を着て頂きたく存じます。もし手直しがあれば、すぐに致します故、お手数ですがご協力をお願い致します」


「承知しました。早速ですが、どの衣装を身に纏えば良いのでしょうか」


「ありがとうございます。それでは、あちらの衣装になります」


そう言うと、彼女は部屋の中に掛けてあった『衣装』に振り向いた。


ダリアが視線を送る場所に掛けてあった衣装は……『黒い袴』だ。


うん、ファラが『白無垢』だった時点で何となくそうかなとは思ったけどね。


その後、『黒い袴』に身を包んだ僕と、『白無垢』を着たファラが部屋の中で二人並ぶことになる。


ダリアは僕達が式で並んだ時に、何かおかしい部分がないか事前確認する為だと言っていた。


だけどその結果、僕とファラの二人は互いをより意識することになり、部屋の中にはしばらく甘酸っぱい空気が漂い、室温が一時的に上がった気がする。


そんな僕達の様子に、周りにいた皆がニヤニヤと微笑んでいたのは言うまでもない。





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【お知らせ】

2022年7月8日、第10回ネット小説大賞にて小説賞を受賞致しました。

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※コミカライズに関しては現在進行中。


近況ノートにて、書籍の表紙と情報を公開しております。

とても魅力的なイラストなので是非ご覧いただければ幸いです!!

※表紙のイラストを見て頂ければ物語がより楽しめますので、是非一度はご覧頂ければ幸いです。


近況ノート

タイトル:一巻と二巻の表紙

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888703378


タイトル:一巻の口絵

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888805926


タイトル:2023年1月10日に『二巻』が発売致します!

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330648888123404


タイトル:ネタバレ注意!! 247話時点キャラクター相関図

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817330647516571740

※普通に247話まで読んで頂いている方は問題ないありません。

飛ばし読みされている方は下記の相関図を先に見るとネタバレの恐れがあります。

閲覧には注意してください。

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