第276話 リッドの予想外

早朝からレナルーテとの会談に向けて、木炭車で屋敷を出発した。


だけど、僕は思いもよらない予想外の難敵と再び出会うことになり、一人苦しんでいる。


見かねたディアナが、僕の背中をさすりながら優しい言葉を掛けてくれた。


「大丈夫ですか。リッド様」


「あはは……ありがとう、ディアナ。うっ、うぇえええ……」


気持ち悪さを必死に堪えながら彼女にお礼を伝えたけど、すぐに波が来て僕は顔色を悪くしながら俯いてしまう。


そんな僕の様子に、父上が運転をしながら心配するように呟いた。


「リッド、道も綺麗になっているのに何故酔うのだ。振動もほぼないだろうに……」


「うっぷ……本当になんで酔うのでしょうね……」


僕は真っ青になりながら、父上の言葉に同意するように頷いた。


そう、父上の言う通り道は整備されているし、木炭車も特段振動が激しいわけでもない。


だけど、ともかく気持ちが悪いのだ。


こうなると、僕は体質で乗り物酔いしやすいかもしれない。


試乗程度の短い時間なら、特に何ともなかったのになぁ……。


しかし、困ったことに道の整備と木炭車の開発により、乗り物酔いにはならないだろうと踏んでいた。


その為、クリスに以前貰った『飴玉』が今回、手元にないのである。


今回クリスとは、途中で合流する予定なので、彼女が持っていることを祈るしかない。


その時、助手席に座っていたアレックスが笑みを浮かべた様子で呟いた。


「しかし、リッド様がこんなに『乗り物酔い』するなんて思いませんでした。何だか『意外な弱点』みたいですね」


「あはは……僕の『意外な弱点』か。確かに、乗り物酔いは僕の弱点かもしれないね……うっぷ」


真っ青な顔で苦笑しながら必死にアレックスに答えたが、同時に頭が『ぐわん』とする。


気持ち悪さの限界が近づいてきた感じだ。


止む無く最終手段を使う事にした僕は、車内にいる皆に向かって呟いた。


「少し……寝るね」


この場にいる皆に寝顔を見られるのは少し恥ずかしいけど、背に腹は代えられない。


朝早くから起きていたせいか、意外にも僕は目を瞑るとすぐに眠りに落ちてしまうのであった。



僕が眠りについてどれぐらい経ったのだろうか。


ふと眠りから覚めて、おもむろに目を開くと綺麗な緑色の瞳と目が合った。


僕はぼんやりしながら、しばらくその瞳を見つめ続ける。


やがて、緑色の瞳をした綺麗な顔が、少し困惑したような表情に変わった。


その時、僕は目の前にいるのがクリスであることを認識したが、まだ頭がボーっとしており自然と欠伸をする。


「ふわぁ……あれ、クリスどうしたの? そんな顔して……」


「えっ⁉ あ、いや、すみません。途中の補給所で合流した時、リッド様が目を覚ましたら飴玉を渡して欲しい。と頼まれて……失礼ながら横に座っていました」


クリスは僕の問い掛けに少しバツの悪い顔を浮かべた。


その時、運転をしている父上が補足するように声を発する。


「補給所に着いた時も、お前は寝こけていたからな。クリスが酔いに効く『飴玉』を持っていると聞いていたから、こっちの木炭車に乗ってもらったというわけだ」


「あ、そういうことですね。クリス、無理を聞いてもらってごめんね」


父上に答えた後、僕は隣に座っているクリスにペコリと会釈した。


クリスはそんな僕の言動に、首を小さく横に振る。


「いえいえ、気にしないで下さい。酔いの辛さは私も良く知っていますから」


「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」


僕はクリスの言葉に微笑みながら答える。


すると、クリスは照れた様子で笑みを浮かべていた。


その後、クリスに酔い止め効果のある『飴玉』をもらい、僕の酔いは大分楽になった。


飴玉は、以前レナルーテに行く時に彼女からもらったものと同じだ。


最初の一口はとても酸っぱいけど、後から甘みがある。


人を選びそうだけど、僕は結構好きな味だ。


なお、僕が乗っている木炭車を運転しているのは父上で、助手席にはアレックス。


そして、僕の両隣にはディアナとクリスが座っている状態だ。


出発する時は、ディアナとカペラが僕の隣にすわっていたんだけどね。


カペラは、燃料補給で合流したクリスに席を譲り、エレンが乗っている木炭車に移ったそうだ。


ちなみに父上は、木炭車の運転が気に入ったようでずっと運転しているみたい。


時折、アレックスに木炭車の仕組みについて質問したりしている。


アレックスも最初は父上と話すことに緊張していたみたいだけど、今は敬語を使いながらも軽い雰囲気で楽しそうに話しているようだ。


僕は、クリスからもらった飴玉を口に入れた後また目を瞑り、酔う前に再度眠りにつくのであった。



「リッド様、起きて下さい。目的地に到着致しましたよ」


凛とした優しい声が聞こえると同時に、体を丁寧に揺さぶられているのを感じた。


寝ている僕を起こすためだろう。


僕は目をゆっくり開けると、欠伸をして体を伸ばした。


「……ふわぁあ、んー……‼ ふぅ……あ、起こしてくれてありがとう、ディアナ」


「とんでもないことでございます。それよりも、木炭車は素晴らしいですね。会談の予定時刻より、かなり早めに着いたようです。リッド様も、会談前に少し外の空気を吸ってはいかがでしょう」


彼女は微笑みながら小さく首を横に振り、現状について簡単に説明してくれた。


一応、道の整備と燃料補給所が出来た時点で、一度どの程度の時間がかかるかは試している。


そこから、逆算して出発時間を決めたはずなんだけどな。


僕は、ボーっとした頭でそんなことを考えながら「父上……結構飛ばしたな……」と呟き、僕は木炭車を降りた。


外に出ると同時に再度体を伸ばしながら辺りを見渡すと、木炭車の姿を驚きながらも興味深そうに見つめている『ダークエルフの兵士達』が目に入る。



ちなみに、今回の会談場所はレナルーテとバルディア領の国境地点にあるレナルーテの関所の中だ。


関所と言っても簡単な砦のようになっていて、ちゃんとした屋敷も砦の敷地内にあるので会談を行うのに支障は特にないらしい。


バルディア第二騎士団で、この関所の手前ギリギリまでの道を整備したというわけだ。


その時、レナルーテの関所からは第二騎士団が行った作業の様子が見えており、ダークエルフ達が驚愕の表情を浮かべていたと、確か報告があった気がする。


ある程度、周りを見渡した後、僕はおもむろに空を見上げ、軽く手を振りながらニコリと微笑んだ。


実は空には、鳥人族のアリアが率いる第一飛行小隊にも待機してもらっている。


彼女達を含め、獣人族の子達の存在は、今回の会談を優位に進める為の手札でもあるのだ。


目が覚めてくると同時に、意識も冴えてきた僕は心の中で呟いた。


(さてと、木炭車、魔法、懐中時計なども含めて人事は尽くした。後は、前世の記憶で言うところの『画竜点睛を欠く』ことがないよう、最後の詰めまで気を抜かず『御父上』と対峙するだけだね)


これから行う会談の事を考えながら、僕は一人でひっそりと不敵な笑みを浮かべるのであった。





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