第275話 会談に出発
日が昇り始め、周りが明るくなり始める時刻……。
早朝にも関わらず、本屋敷の前は慌ただしい雰囲気に包まれていた。
その中、ドワーフであるエレンの勢いあること声が辺りに響く。
「木炭車で荷台を牽引できるように連結。それから、木炭の火入れを迅速にね。それから、予備燃料の確認も怠らないように‼」
「はい‼」
気持ちよく彼女の言葉に答えたのは一緒に作業をしている主に狐人族や猿人族の皆だ。
レナルーテと会談を行う国境地点まで木炭車で移動する為の準備に、ドワーフのエレン、アレックス。
狐人族のトナージを始めとした技術開発の皆が動き回っていた。
今回の会談に向けてバルディア領から出発する『木炭車』は二台で、共に荷台を牽引できるようになっている。
荷台は今までの馬車と比べて結構大きい感じだ。
なお、レナルーテとの会談場所となる国境地点までの道路整備は、バルディア第二騎士団の活躍により予想以上に早く完了した。
木炭車使用における問題点の燃料補給場所も、クリスティ商会の協力により短期間で完成。
今後、道の整備、燃料補給場所が揃った場所に関しての木炭車は、馬車に変わる新しい輸送手段となると思う。
そして、レナルーテとの会談の目的は『木炭車の可能性』を示すことで、国境地点からレナルーテまでの道路整備の受注をすること。
だけど、一番重要なのは、母上の病を治す薬の原料となる『ルーテ草』の件になるだろう。
もうすぐ出発するのだと思い、僕は少し緊張で胸がドキドキしている。
その時、近くで一緒にエレン達の作業を眺めていた父上が、視線を僕に移して呟いた。
「珍しく緊張しているようだな」
「あはは、そうですね。以前と違い、エリアス陛下と『外交』を行う……という目的で、今から会いに行くと思うとやはり緊張はしますね」
僕は父上に苦笑しながら答える。
前回は、『ファラとの顔合わせ』と『ルーテ草』を探す目的でレナルーテに行く事になった。
しかし、今回はレナルーテの王である『エリアス・レナルーテ』に『木炭車』や『懐中時計』を売り込みに行くのである。
前回とは、まるで違う緊張感が僕の中にはあるようで、それが胸のドキドキなのだと思う。
すると、僕の言葉を聞いた父上が『やれやれ』と呆れた表情を浮かべた。
「そう緊張していては、先が思いやられるな。私も同席するのだ。そこまでお前が気負わなくてもよかろう。それに、帝国の書類上では、すでにエリアス陛下はお前の義理の父親になるのだぞ。いっそ、『御父様』とでも言って出鼻挫けばよいではないか」
エリアス陛下を『御父様』と呼ぶ。
父上の言葉を聞き、その光景が頭の中に思い浮かんだ僕は思わず吹き出してしまった。
「ぶっ……あはは‼ 良いですね。父上、それ使わせていただきます」
笑ながら答えると、父上にニコリと微笑み頷いた。
「うむ。相手の立場や肩書などに押されていては良い結果にはならん。失礼の無い程度に、相手の虚を突くのも交渉事では重要だからな。それぐらいの気構えでいるのが良いだろう」
「承知しました」
僕と父上の会話がひと段落したその時、丁度エレンが僕達の側に駆け寄って来た。
彼女は、僕達の前で会釈をしてから元気よく声を響かせる。
「ライナー様、リッド様。木炭車は稼働問題ありません。荷台を牽引できるように連結も完了したので、いつでも行けます」
「報告ありがとう、エレン。では父上、出発しましょうか」
エレンに答えると、父上に視線を移して僕はニコリと微笑んだ。
「ふむ。ならば、運転は私がやろう」
「え……?」
ちなみに父上は、会談場所となる国境地点まで運転すると言って聞かなかった。
理由を尋ねると「会談の時に『私の運転でもここまで来られた』という事実は、良い話のタネになるだろう」と言っていたけど……多分、父上は長距離運転をしたかっただけだと思う。
その後、父上が運転することを了承した僕は、いそいそと助手席に座った。
しかし、ふと何を思ったのか、父上が怪訝な表情を浮かべて僕に視線を向ける。
「ちなみに、万が一の事故が起きた時は前と後ろはどちらが安全なのだ?」
「え? それは……多分、後ろだと思います」
父上の問い掛けに僕は思わず首を傾げながら答える。
すると、父上は少し考えてから頷いた。
「ふむ、やはりそうか。ならば、リッド。お前は後ろに乗れ。助手席には運転の補助として、そうだな……アレックスに乗ってもらおう」
「えぇー……」
その後、父上に隣に座りたいと僕は抗議したけど受け入れてもらえず、止む無く後部座席にディアナ達と座ることになる。
こうして、バルディアとレナルーテにおける国境地点での会談に向けて僕達は出発した。
なお、早朝だった為、メルはまだ部屋で寝ている。
母上も寝ているとは思うけど、ひょっとしたら部屋で見送ってくれているかもしれない。
バルディア領から会談に向けて一緒に行くのは、ディアナ、カペラ、エレン、アレックス、他多数の獣人族だ。
あと、クリスも途中の燃料補給場所で合流予定になっている。
会談は僕と父上で行うけど、補足説明や実技実演は、当事者となる獣人族の子やクリスにしてもらうのが一番説得力もあるだろうからね。
(さぁ、会談に向けて気合を入れて行こう‼)と後部座席に座りながら心の中で呟く僕であった。
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