第245話 メルディ・バルディアの属性素質

「うわぁ、ここがしゅくしゃなんだね」


「そうだよ。今日はここでメルの属性素質を調べるからね」


メルが目を爛々と輝かせながら宿舎を見上げる隣で、僕は笑みを浮かべて答えている。


メルを宿舎に連れてきた理由は、護身用の魔法を教える為の事前準備として彼女の属性素質を調べる為だ。


勿論、父上にも了承をもらっているし、エレンやサンドラにも立ち会ってもらう。


ちなみに、メルの肩と足元にはクッキーとビスケット。


そして、彼女の隣にはメイドのダナエとディアナもいる。


宿舎を興味津々に見渡しているメルに、僕は少しの間を置いてから優しく話しかけた。


「さて、そろそろ中に入ろうか。今日は僕がいつも事務処理をしている執務室に、属性素質鑑定機を用意してもらっているんだ」


「それじゃあ、にいさまのおしごとべやにいけるんだね」


「うん。まぁ、そんなところだね」


僕は、メルの嬉しそうな言葉に頷きながら宿舎の中を案内していく。


その途中、すれ違う獣人の子供達にメルは目をさらに輝かせていた。


その中、メルに興味を持った様子の子達が僕に話しかけてくる。


「リッド様、失礼ながら、その可愛らしい女の子はどなた様でしょうか?」 


「よく見ると……リッド様に良く似ているな」


「本当だ……はは、リッド様が女の子ならこんな感じだったのかもな」


最初に話しかけて来た子達はシェリル、オヴェリア、ミアの三人だ。


この子達は、訓練の班が同じせいか最近よく一緒にいることが多いみたい。


僕は彼女達にニコリと微笑む。


「ふふ、ありがとう。でも、似ていて当然だよ。僕の妹だからね」


『妹』という言葉を聞いて、三人を含め周りにいる子達が畏まった様子を見せた。


どうやら、礼儀教育が少しずつ浸透しているらしい。


メルは少し照れた様子だが、姿勢を正すとこの場にいる皆を見渡した。


「あにうえ、リッド・バルディアの妹、メルディ・バルディアです。みなさん、よろしくおねがいします」


小さいながらも礼儀正しく凛と声を発したメルに、皆は少し圧倒されたようで目を丸くしている。


僕は、咳払いをすると、シェリル達をメルに紹介した。


彼女達も、メルに対しては畏まった様子で丁寧に挨拶を順番にしてくれる。


彼女達の挨拶が終わると、メルは申し訳なさそうな顔を浮かべて、オヴェリア達に尋ねた。


「あの……ひとつおねがいしてもよろしいでしょうか?」


「はい。私達に出来る事でしたらなんなりと、お申し付けください」


彼女はメルにとても優しい笑みを浮かべて答えてくれている。


だけど、数日前のオヴェリアとは思えない丁寧な口調に、僕は思わず目を丸くした。


彼女の様子にシェリル達も苦笑している。


メルは、そんなオヴェリアに意を決したようにお願いを口にした。

「あの……みみとしっぽをさわってもいいですか⁉」


「え……?」


メルのお願いは彼女達からすれば思いがけないものだったのか、皆は目を丸くしてきょとんとしている。


しかし、オヴェリアは苦笑しながらも「はは、よろしいですよ。でも、優しくお願いします」と言いながらメルが耳を触れるようにその場にしゃがみ込んだ。


彼女は、面倒見の良いお姉さんのように優しく微笑んでいる。


メルは目を輝かせて、オヴェリアの耳や尻尾に触り、「うわぁ⁉ やわらかくて、ふさふさだぁ‼」と言いながら堪能しているようだ。


その後、メルが集まって来た様々な獣人の子供達の、耳やら尻尾をしばらく堪能したのは言うまでもない。


ちなみにこの時、僕はシャドウクーガーであるクッキーから、何とも言えないライバル心のような気配を感じた気がしたのであった。



宿舎に来てから少し経つけど、まだメルと獣人の子供達は僕達の前で遊んでいた。


その微笑ましい光景を、僕やディアナとダナエは暖かく見守っている。


しかし、クッキーだけは相変わらず、ライバル心を燃やしたような気配を醸し出しているようだ。


そんな、クッキーにスライムのビスケットは少し呆れている気がする。


その時、女の子のか弱い声が響く。


「ち、力が抜けちゃいます……」


どうやら、メルに尻尾を掴まれた猿人族の少女のトーナが、何やら気ダルそうに呟き、ヘナヘナとしゃがみ込みながらその場にパタリと寝転んでしまったようだ。


すると、周りの子供達から笑いが起きる。


メルも楽しそうにしているけど、あれはなんの遊びだろうか……? と思っていると、シェリルそっと耳打ちをしてきた。


「あれは、獣人族で尻尾の長い種族が良くやる遊びなんですよ。本来は、追いかけっこしながら相手の尻尾を掴むだけなんですけどね。トーナちゃんが、メル様に楽しんでもらおうとしているんだと思いますよ」


「あはは、なるほどね」


獣人族は尻尾の長い種族がほとんどだから、尻尾を追いかける遊びが種族問わずに広まっているのかもしれない。


ちなみに尻尾が短いのは兎人族ぐらいで、鳥人族に至っては尻尾が多分ないと思う。


しかし、メルも楽しそうだけどそろそろ良い時間かな。


その時、僕はわざとらしく咳払いをした。


「メル、そろそろ執務室にいくよ」


「はい、にいさま。みんな、またあそぼうね‼」


メルは、周りにいた獣人の子供達にお礼を伝えると、こちらに駆け寄って来る。


僕は微笑みながら彼女に優しく問いかけた。


「ふふ、メル、楽しかったかい?」


「うん、にいさま。また来てもいい?」


メルは余程楽しかったのか、満面の笑みを僕に見せながら尋ねる。


そんなメルに、僕は笑みを浮かべて頷いた。


「うん、勿論だよ。あ、でもその時は父上の許可ももらわないといけないね」


「はーい‼」


明るい返事をするメルに、僕達は微笑みながらその場を後にして執務室に向かうのであった。



「お待たせ、エレン、サンドラ」


執務室に入室するとエレンとサンドラの二人が、カペラが淹れた紅茶を嗜みながら待っていた。


僕が入室したことに気付くと、エレンがすっと立ち上がり一礼してから言葉を発する。


「いえいえ、僕達は大丈夫ですよ。それより、何かありましたか?」


「いやいや、メルが獣人の子供達に人気でね。そこで少し、話が盛り上がってしまったんだ」


僕はエレンに答えながら、メルに視線を向ける。


視線に気付いた彼女は、少し照れくさそうにはにかんだ。


すると、エレンは察してくれたのか、微笑みを見せる。


その後、少しの間をおいてサンドラが咳払いをした。


「では、早速メルディ様の属性素質をお調べ致しましょう」


「そうだね。メル、あの水晶玉に手をのせてくれるかい?」


「はい、にいさま」


メルはエレンとサンドラの言葉に従いながら、属性素質鑑定機にゆっくりと手を乗せる。


僕もメルの属性素質が気になり、水晶玉の色の変化を確認しようと身を乗り出した。


すると、水晶玉に変化がおとずれる。


すかさず、エレンが紙に記載をしてサンドラが確認する。


「これは、『火』ですね」


「すっごーい‼ にいさま、きれいなあかだね」


「うん、そうだね」


メルは水晶玉の中で起きる変化に目を輝かせている。


そして、水晶玉の色はまた別の色に変化していく。


次は、薄い水色だ。


「これは、『水』だね」


「うわぁ、きれい」


僕の呟きに、メルは嬉しそうに頷いた。


その後も、水晶は次々に変化を見せていく。


風の緑、黄色の雷、深い青の氷、土の茶色まで色が出てくると、周りいる皆の顔色にも変化が起き始める。


なんというか、血の気が引いている感じだ。


その中、エレンがおもむろに呟いた。


「あの……僕何だか以前、似たような光景を見たことがあるんですが……」


「奇遇ですね、エレンさん……私もです」


彼女の言葉に答えたのはディアナだ。


その後、彼女達は何とも言えない視線をそのまま僕に向けている気がしたけど、僕はあえて気付かないふりをした。


メルの属性素質の方が気になったからだ。


水晶玉は皆の顔色を気にする事もなく、深い緑の樹、白い光、黒の闇と変化する。


やがて、水晶玉の中には最初の赤が灯った。


メルは色が赤に戻ったことにきょとんとするが、僕は満面の笑みを浮かべてメルを抱きしめる。


「おめでとう、メル‼ メルは僕と同じで全部の属性素質を持っているみたいだよ。これは、とっても凄いことなんだよ」


「え、そうなの。じゃあ……にいさまと、おなじまほうがつかえるの……?」


「うん、そうさ。頑張れば僕と同じ魔法が全部使えるよ」


最初は僕の言葉の意図がわからなかった様子のメルだったけど、すぐに理解したようで彼女は満面の笑みを浮かべて僕に抱きついた。


「やったぁあああ‼ じゃあ、わたしもにいさまみたいな、まほうをつかえるようにがんばるね」


「うん。僕も手伝うから一緒に頑張ろうね、メル」


さすがの僕も、まさかメルが全属性素質を持っているとは思わなかった。


だけど、これは本当に凄いことだし、素晴らしいことだと思う。


しかしその時、ふいに父上の顔が僕の中に浮かびあがる。


そして、僕の中に浮かび上がった父上は眉間に皺を寄せ、額に手を添えて俯き、深いため息までしている。


ハッとした僕は、メルに微笑みながら話を続けた。


「め、メル。全属性素質はとっても素晴らしいことなんだけど、凄く珍しいものでもあるんだ。だから、このことはこの場にいる皆の秘密にしようか」


「えぇええ⁉」


思わぬ展開だったのか、メルは驚愕の声を発した。


でも、僕自身も全属性素質を持っている事は実は内緒にしていることをメルに丁寧に説明する。


その説明には、この場にいる皆も協力してくれて、メルは頬を膨らませながらも最後は頷いた。


「わかった。にいさまもひみつにしているなら、わたしもひみつにする……でも、まほうはちゃんとおしえてね」


「うん、それは勿論だよ」


こうして、メルの属性素質が僕と同じで全部の属性素質を持っていることが判明したのである。


僕はすぐにこのことを父上に報告する為、メル達と急いで屋敷に戻ることにした。


その為、執務室の後片づけに関しては、申し訳ないけどサンドラ、エレン、カペラの三人にお願いするのであった。



執務室に残ったサンドラ、カペラ、エレンの三人は、属性素質鑑定機の片付けを早速始める。


作業を進めて行く中、エレンがポツリと呟いた。


「それにしても、全属性素質の子供に恵まれたライナー様とナナリー様が凄いのか。はたまた、全属性素質を持って生まれたリッド様とメルディ様が凄いのか……どっちなんでしょうね」


「それは、比べられるものではありませんよ。まぁでも、強いて言うなら恐らくどちらも凄いのでしょうねぇ」


エレンの言葉に、サンドラがやれやれと言った様子で答える。


すると、サンドラは少し意地悪そうな笑みを浮かべエレンに問い掛けた。


「ちなみに、エレンさんは将来どんな子供が欲しいとかあるんです?」


「ええぇ、ぼ、僕ですか。あ、あまり考えたことはないですけど……で、でも、どんな子供でもきっと可愛いと思いますよ」


彼女は照れた様子で話しながらカペラにチラッと視線を送るが、肝心の彼は後片付けの作業中で、エレンの視線に気付いていない。


だが、彼女の視線に目聡く気づいたサンドラは、ニヤリと笑うと今度はカペラに尋ねた。


「なるほど……ちなみに、カペラさんはどうなんですか?」


「私ですか……? あまり考えた事はありませんが……ですが、私もどんな子供でもきっと可愛いと思いますよ」


カペラは言い終えると同時に、エレンに視線を向けながらニヤァっと不器用な笑みを浮かべる。


それに気づいたエレンは顔を赤く染め、執務室に場違いな甘い雰囲気が漂い始める。


しかし、カペラの不器用な笑みを見たサンドラは顔を引きつらせんがら、思いがけない甘い雰囲気に当てられ居心地が悪くなるのであった。





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近況ノート

タイトル:書籍化のお知らせ&表紙と情報の公開!!

https://kakuyomu.jp/users/MIZUNA0432/news/16817139559135926430


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