第167話 武術訓練の引き継ぎ
母上の部屋から訓練場に移動すると、そこにはクロスとルーベンスの他にもカペラとディアナも一緒に待機してくれており、僕は皆に向かって声を掛けた。
「皆、お待たせ。あ、そういえばカペラは副団長のクロスと会うのは初めてになるのかな?」
「はい。お名前だけはガルン殿から聞いておりましたが、こうして直接お会いするのは初めてでしたので、自己紹介とご挨拶を先程させて頂いた所でございます」
僕の言葉にカペラは丁寧に頷き返事をした後、視線をクロスに移す。
カペラの視線に気づいたクロスは、ニコリと笑みを浮かべて明るい雰囲気を発して頷いてから呟いた。
「私もカペラさんとこうして顔を合わせるのは初めてです。ただ、以前からリッド様の従者ということや武術に関してはルーベンスに負けず劣らずの実力者、仕事も出来る方だと伺っておりました。実はこうしてお会い出来るのを、私個人としては楽しみにしていたのですよ」
クロスは言い終えると、ニヤッと笑いながら視線をカペラに向ける。
その事に気づいたカペラは無表情だが、少し嬉しそうな雰囲気を出しながら会釈している。
どうやら、僕が来るまでにある程度、打ち解けてくれたようだ。
そのやり取りを横で見ていたルーベンスも、クロスの言葉に同意するように頷いてから呟いた。
「クロス副団長の仰る通りです。何より、あの執事のガルン殿が、仕事が出来ると太鼓判をおしていますからね。事務仕事が苦手な私としては羨ましい限りです」
ルーベンスの言葉を聞いたディアナは何やら険しい顔をしながら眉を顰めて、少し冷めた目で彼を睨みながらため息を吐いた。
「はぁ……ルーベンス、あなたは事務仕事が苦手ではなくて私に投げるから、上手にならないのですよ? 今後の事もありますから、これからは自分でやって下さい」
「え⁉ いやそれは……」
ディアナの言葉を聞いたルーベンスは発言が薮蛇になってしまったことに動揺した様子を見せている。
そのやりとりを見ていたクロスが少し意地の悪い顔してルーベンスを見据えた。
「ルーベンス……いくらディアナがお前の『妻』とはいえ事務仕事までさせるのは感心しないぞ。お前は今後を期待されているのだから、苦手なりにちゃんと出来るようにならんとな」
「は、はい……すみません。でも、あのディアナはまだ私の妻ではなくてですね……」
クロスの言葉に恐縮しながらも、ルーベンスは返事をするが対してクロスは悪戯な笑みを浮かべた。
「……なんだ、お前達はまだ結婚していないのか? 結婚はいいぞ、仕事で疲れて帰って来たところに最愛の妻が迎えて癒してくれる。それに子供が出来ればさらに幸せだぞ。今度、私の家に来い。愛娘を見せてやろう」
……何やら、クロスの自慢話、いや家族自慢みたいなのが始まってしまった。
ルーベンスはタジタジとしながら相槌をうちながら聞いている。
その時、ディアナが咳払いをした。
「ゴホン……クロス副団長、悪ふざけとご家族の自慢話はそれぐらいにして下さい」
「む……これからが良いところなのだが……それに、結婚についてはディアナも興味あるだろう?」
少し残念そうな顔をしながらクロスはディアナに返事をするが、彼女はクロスの言葉を聞くと同時に、目がサーっと冷たくなった。
「……クロス副団長、いい加減にして下さい」
「お、おう、すまん」
ディアナの剣幕にクロスもタジタジといった様子だ。
僕はそんな皆の様子を見ながら乾いた声で「アハハ……」と苦笑していた。
ちなみにこの場にいる四名は、バルディア家の中でも屈指の戦闘力を誇る面々だと思う。
今回、皆が集まった理由はルーベンスとクロスの引き継ぎがあるからだ。
先日、父上との話し合いでルーベンスが副団長に昇格するために、ダイナス騎士団長の下に付いて直接指導を受けることになった。
バルディア騎士団の今後を考えれば当然の人事だし、ルーベンスの将来にとっても良い事だと思う。
要らぬお世話だけど、副団長になれば収入も増えるし、ディアナとの関係も次に進むきっかけにもなるかもしれない。
だけど、そうなると僕の武術指導をしてくれる人が居なくなってしまうので、ルーベンスの代わりに副団長のクロスにその白羽の矢が立ったというわけだ。
クロスは騎士団長のダイナスに付き従い、領内をあちこち巡回していたこともあり地理に詳しくて、実践的な知識も多い。
今回、クリスが奴隷購入の件でバルストに行くにあたり、購入後の奴隷の搬送と彼女の護衛を兼ねて団長のダイナスが同行する事になっている。
その際、バルディア領内における騎士団の活動を副団長のクロスが指揮する予定だ。
後、クロスからも、父上に一時的だけでも領内での業務に着きたいという申請があったらしい。
申請理由は奥さんに二人目の子供が生まれるので傍に寄り添いたいということだ。
騎士団の中でもクロスは愛妻家で有名らしく、騎士団の中では今回の申請理由も副団長らしいと話題になっていると聞いた。
ちなみに、副団長が家族の為の行動を率先してとることは、騎士団の中の騎士達が休暇の相談がしやすくなるなど良い影響に繋がっているらしい。
なお、騎士団は事前に申請をすれば休暇はちゃんと取れる体制と仕組みはちゃんと出来ている。
有事の時などの場合は流石に無理だけどね。
その後、クロスに今行っている僕の武術訓練について説明を始めた。
僕が今やっている武術訓練は大きく分けて五種類に分けられる。
一つ目は、ルーベンスとの訓練だ。
基礎体力作りからバルディア騎士団の剣術や体術を習い、ルーベンスとの模擬戦も行う。
二つ目は、カペラから学ぶレナルーテ式の武術訓練だ。
レナルーテの武術は急所を優先的に狙い、一撃必殺で相手を制圧する感じの武術だ。
その為、身のこなしが軽い必要がありバルディア騎士団の武術より動きが変則的になっている。
当然、カペラとの模擬戦もある。
三つ目は、ディアナから習う暗器術だ。
これは、剣術や体術に加えてどんなもので相手を殺傷、自衛できる道具として使えるようする訓練になる。
ディアナが嬉々……ではなく、教材として持って来る暗器についての使い方や、逆に対処方法など様々な事を学んでディアナと模擬戦をすると言った内容だ。
四つ目は、一~三の総合訓練と多対一訓練ということで僕一人で、ルーベンス、カペラ、ディアナの三人を相手にするというものだ。
順番に相手をすることもあれば、一斉に相手をすることもある。
皆、一応は手加減してはくれるけど、日増しに激しさが増している気がする。
五つ目は、父上が直接指導してくれる『真剣』での立ち合いだ。
最近の父上は忙しいので出来る時だけとなっているけど、それでも時間を見つけては指導してくれる。
だけど、これも日増しに激しさと鋭さが増している気がしてならない。
僕が行っている現状の武術訓練は大体こんな感じだ。
武術訓練を行う頻度も増えてきているから、以前よりも強くなれている気はする。
だけど、相手がいつも決まっているからその辺が正直よくわからない。
クロスは僕の説明を聞いていくに従い、何やら顔色がどんどん悪くなっていく。
そして、とうとう青ざめてしまった。
どうしたのだろうか? クロスは顔が真っ青なまま、信じられないというような雰囲気を出しながらルーベンス達に、何とも言えない視線を送る。
その事に気づいた皆は何やら苦笑したり、素知らぬふりをしたりなど微妙な雰囲気になっている。
視線を送った皆の様子を見たクロスは、額に手を当てながら俯いてしまった。
僕はクロスの意図がよくわからず、怪訝な顔をして訊ねた。
「クロス……何か、気になる事でもあった?」
クロスは僕の言葉を聞くと、顔を上げた。
そして、なんとも言えない目で僕を見ると呟いた。
「リッド様は……『帝国史上最強』でも目指しておいでなのですか……?」
「……へ?」
この時、僕はクロスの思いがけない言葉にキョトンとした顔を浮かべるのだった。
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