第165話 【外伝】エルバの野心とアモンの理想

「はぁ……折角の酒と飯を不味くさせる奴だ」


アモンが部屋を出て行った後、エルバは不満に満ちた表情で先程まで座っていたソファーまで戻ると、勢いよく腰を降ろして背もたれに寄りかかった。


一連のやりとりを見ていたマルバスは、サッとグラスをエルバに差し出した。


「お疲れ様です。兄上」


「おぉ、やはりお前は気がきくな、マルバス。アモンもお前のように要領が良ければ可愛がってやるのになぁ」


エルバは差し出されたグラスを手に取ると、勢いよく飲み干す。


その様子にマルバスは、エルバの機嫌が戻ったことを察して安堵した。


だが、それを表に出すような真似はしない。


その後も、エルバにグラスを注ぎながら雑談をしている中で、マルバスは言葉に気を付けながらも堂々と尋ねた。


「兄上、ところで『アモン』が言っていた事に少し重なりますが、今の運営方法では正直三年から四年で、ここフォルネウの生活にも影響が出始めそうです。そろそろ、私にも兄上のお考えを教えて頂きたい」


マルバスは父親であるガレスとエルバから、国の運営をほぼ任されている。


だが、その方針を決めているのはエルバである。


マルバスはエルバに力こそ及ばないが、政治力や運営力などに長けていた。


その能力はエルバも認めており、実質的にマルバスは彼の右腕というべき立場に立っている。


エルバはマルバスの言葉に頷くと、彼を鋭い視線を向けた。


「そうか……だが、四年持てば良いのだ。このまま限界まで軍備に資金は回せ。弱者が死ぬことなど気にしなく良い」


「四年持てばよいということは……やはり、獣王戦が開かれる時に何かお考えなのですか?」


エルバはグラス片手にニヤリと笑った。


「俺が『獣王』になれば、様々な指示を各部族に対して出来るようになるからな。それによって狐人族は更なる発展が出来る。だが、俺の本当の目的はその先だがな」


「……本当の目的ですか?」


マルバスは『本当の目的』という言葉を聞いて、怪訝な顔をした。


「そうだ。本当の目的は『獣王の撤廃』と『獣人国の再編』だ」


「ほう……それはまた実に興味深いお話ですな。是非、内容をご教授頂きたい」


「ふふ……いいだろう。マルバスには今後も働いてもらわなければならんからな」


マルバスに対してエルバは、考えている計画の説明を始めた。


獣人族は人族、エルフ、ドワーフなどと比べても身体能力が高く、どの種族よりも優れているという話をエルバは語った。


では何故、獣人族は『大陸支配』を出来ていないのか? 


それは、『獣王』という馬鹿げた仕組みにより、折角の能力を国外に対して活かせていないせいだと続けた。


獣人国と言っても、内情は各部族がお互いに牽制し合う部分が強い為、各々の部族を含めた全体を見た時の結束力は低いのだ。


「もちろん、親父殿もすべて承知の上だ。俺が『獣王』となった暁には、すべての部族に対して俺に『忠誠』を誓うように通達する。そして、逆らうようならその部族を亡ぼしてまでも従わせるつもりだ」


「ふむ……その場合、我が部族以外がすべて敵となる可能性もあります。その辺はどうされるおつもりですか?」


マルバスの懸念はもっともである。


確かに、獣人のすべての部族が結束出来れば『大陸支配』も出来るかもしれない。


しかし、実際のところ獣人達は縄張り意識が強い為、獣人族が組織的な軍として結束をした歴史はない。


『獣王』に関しても、部族同士での争いが絶えない中で生まれた仕組みである。


その仕組みを撤廃するとなれば、各部族の抵抗はそれなりの物になるはずである。


「お前の疑問はもっともだ。だが、その為に『奴隷売買』を通じて『各部族』そして『バルスト』や『教国』などの他国との繋がりも作ったのだ。俺が獣王となり、獣人国の統一に動きだした暁にはその辺の国や部族の連中と連動する手はずは出来ている……ふふ」


そう、エルバが奴隷売買を始めた理由の一つには他国と他部族との外交を行う目的もあったのだ。


国によっては奴隷を表機向き禁止をしている所もあるが、どんな国にも欲望にまみれた人間はいる。


そういった、他国の欲望にまみれた人間を中心に奴隷をバルスト経由で奴隷を直販することで、関係強化を同時に行った。


その結果、エルバはすでに他国の有力貴族の一部では名前が知られており、一目置かれる存在となっている。


さらに、獣人国の別部族においても規模はそれぞれに違うが、狐人族同様に『救えない子供達』は一定数、必ず存在していた。


エルバはそういった子供達を『資金』に変えることで、結果的に国の予算を多少なりとも増やせる。


運が良ければ子供達も現状よりは救われる可能性も出てくると、外交を通じて各部族の有力者達に『奴隷売買の利』を諭した。


最初は他部族では反対の動きも強かったが、実績を出して『利』を伝えることで最終的には懐柔することにも成功している。


こうして、他部族と他国に対してエルバは繋がりを作り、彼の目的である『獣人国の再編と統一』と『大陸支配』に向けて着実に力を付けていたのだった。


マルバスは聞いた話に驚いた様子もなく、エルバを見ながら頷いた。


「……つまり、兄上が決起すると同時に周辺国が後ろ盾となるわけですな?」


「それだけではない。各部族にも俺と同様に獣王という仕組みに対して不満を持つ者達はいる。この計画に賛同した上で、俺にすでに忠誠を誓っている者もいるからな。そのあたりも含めれば、現時点でも俺の兵力は獣人国では一番だろう」


弱肉強食の考えが基本の獣人国において、エルバの名前を知らぬ者はいない。


何故なら、確実に次の獣王として目されているからだ。


他を寄せ付けない圧倒的な力を持つ存在。


それが『エルバ』という存在であった。


それだけ圧倒的な力だからこそ、父親であるガレス、長女のラファ、そして、次男のマルバスはエルバに絶対の信頼を寄せている。


実際のところ、マルバスはエルバの計画についてはある程度の予想は付いていた。


だが、あくまでしていたのは予想である為、この機に確認をする意味でエルバに尋ねたのだ。


そして、エルバの目的を実際に聞いたことでマルバスは内心、歓喜に震えていた。


『狐人族が大陸を支配する』通常であれば、そんなこと出来るはずがない。


しかし、エルバにはそれが出来るだけの『力』があるとマルバスは感じていた。


マルバスの内心を読み取ったのか、エルバが彼を楽しそうな目で見据えた。


「俺が『獣王』となり、獣人国を本当の意味で統一した後は『大陸支配』に乗り出す。ふふ……獣人族の力を世界に示すのだ。想像するだけでも、血がたぎらんか?」


「はい、その時は是非お供させて頂きたく存じます」


マルバス言い終えた後、エルバに向かって一礼する。


その言動にエルバは満足そうな表情をした後、不敵な笑みを浮かべながら楽しそうに笑うのだった。



「うぅ……ここは……」


「にーさま、だいじょうぶ?」


アモンがベッドの上で目を覚ますと、彼を心配そうに覗き見る少女の顔が目に入った。


アモンはその少女の顔を見ると安堵したような表情を浮かべた。


「ああ……シトリー、心配かけたね。もう大丈夫だよ」


「そうなの? よかった。でも、かいだんでころんだりしちゃだめだよ?」


『階段で転んだ』と聞いて一瞬、意味がわからなかったがすぐにハッとして、意識を失う前にリックに大事にしないようにと伝えたことを思い出した。


「そ、そうだね。次からは転んだりしないように気を付けるよ」


「やくそく、だからね?」


シトリーは寝ているアモンに対して、小指を立てながら手を差し出した。


約束をしたいということだろう。


アモンは体が少し痛んだが、彼も小指を立てながら手を差し出すとシトリーの小指と絡めた。


「うん……約束だね」


「へへ……やくそくやぶっちゃだめだよ。にーさま」


シトリーはアモンと指切りを出来たことが嬉しかったのか、とても可愛い笑顔をアモンに見せてくれた。


その笑顔につられて、アモンも笑みを浮かべた時、部屋のドアがノックされる。


アモンが返事をすると、返ってきたのはラファの声だった。


「アモン、起きているのなら少し話したいのだけど、良いかしら?」


「………わかりました。どうぞ」


アモンが入室を許可すると、ドアが開かれてラファが部屋に入って来た。


シトリーが部屋に居る事に気付いたラファは、まず彼女に話しかけた。


「あら、シトリーも来ていたのね」


「はい……」


シトリーはラファを見て返事をするも怯えた表情を見せた後、萎縮して後ずさりをした。


彼女の言動にラファは、楽しそうに笑みを浮かべている。


「ふふ……そんなに怖がらなくても、何もしないわ。でも、アモンと二人で話したいから部屋から出て行ってもらえるかしら?」


「……わかりました」


ラファの言葉にシトリーは残念そうに俯きながら答えると、そのまま部屋から出て行こうとする。


その背中に、アモンは慌てて声を掛けた。


「シトリー、来てくれてありがとう。また、来てね」


「……‼ はい、にーさま‼」


シトリーはアモンの呼びかけに嬉しそうな表情で返事をすると、そのまま部屋を出ていった。


彼女を見送った後、少し間を置いてラファがアモンに話しかけた。


「……それにしても、アモンは馬鹿ね。兄上の怒りを買い続けると早死にするわよ?」


「そうかもしれませんね……」


アモンはラファの言葉を受け止め、なんとも言えない自虐的な笑みを浮かべている。


ラファはアモンの顔を見ながら、不思議そうに尋ねた。


「前から気になっていたのだけど、兄上を止めて何がしたいのかしら? あなたが理想とする世界はどんなものなの?」


「……どういうおつもりですか?」


ラファの言葉を聞いたアモンは、思いがけない言葉に驚きながら怪訝な表情を浮かべた。


今まで、アモンの理想は家族の誰に言っても伝わらず、聞いても貰えなかった。


もちろん、その中にラファも含まれている。


何故、今になって聞こうというのだろうか? 怪訝な表情をしているアモンを見たラファは、楽しそうな笑みを浮かべた。


「ふふ……そう警戒しなくて良いわ。ただのきまぐれよ。兄上に殺されるかもしれないのに、それでも兄上の怒りを買い続けるあなたに興味が沸いただけ。あなたが言いたくないなら、それでもいいのよ」


アモンは姉であるラファの言葉を聞きながら、彼女の表情を伺い真意を探ろうとするがよくわからない。


そもそも、『ラファ』自体が何を考えているのかよくわからない女性である。


アモンの父親であるガレスや次男のマルバスは、長男のエルバを信頼していると言っていいだろう。


ラファもエルバを信頼はしているのは間違いないのだが、彼女はどこかエルバと距離を置いているような感じがする。


しかし、何故かはよくわからない。


ひょっとすると、そう思わせること自体が彼女、ラファの目的かもしれない。


それから間もなく、口を開いたのはアモンだった。


「そうですね……折角の機会ですから、姉上に聞いて頂きたいと思います」


「面白くない話なら、途中で退室するわよ?」


ラファの言葉にアモンは思わず苦笑しながら、彼女に考えていることの説明を始めた。


アモンは狐人族の高い製作技術に着目しており、その技術力を他部族や他国に売り込むことで狐人族を発展させることを考えていた。


狐人族の技術力はドワーフに勝るとも、劣らないとまで言われるものである。


その技術力を活かして他国や他部族が『必要とする商品』を受注、製作、販売することで永続的に収入を得ていくことを理想として考えていた。


「狐人族がまとまり、技術を集結すれば必ず他部族や他国が欲しがる品質の物を量産することができます。そして、部族としての資産も築くことができます。それこそ、『奴隷売買』なんてしなくてもです」


アモンの話を聞き終えたラファは、つまらなそうに欠伸をしたあと残念そうな表情をした。


「やっぱり、あなたの話はつまらなかったわね。一つ質問して良いかしら?」


「……なんでしょうか?」


ラファにつまらないとハッキリ言われたことで、アモンはムッとして不満そうな表情を浮かべている。


だが、その顔を見た彼女は楽しそうに笑みを浮かべた。


「ふふ、仮にだけど、狐人族の技術力を世に知らしめた時に他国と他部族は……私達、狐人族を放っておくのかしら?」


「それは……」


アモンは言葉に詰まってしまった。


高い生産技術を持っているということは、それだけ品質の良い武具を作れることにも直結する。


身体能力が高いと評される獣人が、品質の良い武具を揃えるということは狐人族の周辺国にとっては脅威に写るだろう。


その時、何が起こりえるのか? 


考えなかったわけではない。


だが、考えたくないことではあった。


アモンは少し考えてからおもむろに言った。


「……他国が攻めて来ると言うなら兄上達に協力をお願いして、戦うしかありません」


ラファはアモンの言葉を聞いて、眉をひそめた。


「アモン……あなたのそういう所が甘いのよ。兄上のやり方を否定しているあなたが、いざとなったら兄上を頼ると言うの? 兄上と違う道を進むというなら、兄上と決別する覚悟を持ちなさい。そして、兄上に頼るなんてことを考えないこと。そうすれば、あなたの理想も少しは面白くなるかもしれないわ」


「……」


アモンは、ラファの指摘に何も言い返せなかった。


確かに、エルバの考えを否定しておきながら、いざとなったら彼に頼るという考えは甘いと言われてもしょうがないだろう。


アモンはラファに言われた言葉で己の甘さに気付かされ、俯きながら悔しそうな表情を浮かべていた。


ラファは俯いているアモンの顎を掴んで、無理やり顔を上げさせるとその表情を見て満足そうに微笑んだ。


「あはっ、話は全体的につまらなかったけど、今のあなたの表情は面白いわ……じゃあね、アモン」


ラファは言い終えると、踵を返しそのまま部屋を出て行った。


アモンは彼女に何も言い返せずに、背中を悔しそうに見つめるのみだった。



アモンの部屋を出たラファは、出てきた部屋のドアに気怠そうに背中を預けた。


そして、正面に見える窓の外を眺めながらつまらなそうに呟いた。


「ふぅ……才能と素質はありそうだけど、アモンは駄目ね。どこかに兄上を超えるような、私を楽しませてくれる人はいないかしら?」


……この約一カ月後、エルバが主導して行った『奴隷売買』がバルストで実施された。


そして、その結果が狐人族の将来を大きく左右するものになるとは誰も予想だにしなかった。

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