第143話 伐採作業に進む

「皆さん、ご迷惑とご心配をおかけして本当に申し訳ありませんでした」


僕は謝罪の言葉を言い終えると、この場にいる皆に向かってペコリと頭を下げた。


先程、「樹木成長」の魔法で大きくなった木を伐採する時に僕の行った、「悪ふざけ」で思いのほか大騒ぎになってしまった。


僕の魔力で成長させた木だから、伐採すると僕に被害が及ぶのでは? という、迷信じみた話題が出たので僕としては「そんなこと、あるわけない」ということを伝えたかったのだけど、用いた手段の「悪ふざけ」が過ぎた結果、予想以上に皆の心配を煽ってしまった。


皆に謝罪しながら、あの時の事を僕は思い返していた。


一番、可哀想なことをしたのはルーベンスだ。


僕自身のお願いで伐採してもらったのに、僕が痛がる素振りした時に真っ青になってしまった。


ネタ晴らしをした時には怒りと心配が入り混じって、彼からは泣いて怒られた。


「悪ふざけが過ぎます‼ どれだけ皆が心配したかわかりますか⁉ この場にいる皆は魔法を扱えますが、全員がリッド様のように魔法に詳しいわけではありません‼ 私達からすれば、初めてのことばかりで、簡単なことでも何が起こるかわからないのですよ‼」


「うぅ……ルーベンスの言う通りです……本当にごめんなさい……」


僕を叱るルーベンスは凄まじい怒気に包まれていた。


ここまでの怒気を向けられたのは父上以外にいないと思う。


それだけ、心配してくれているという気持ちが伝わってくる。


僕はシュンとして、顔を俯いた。


反省していることが伝わったのか、ルーベンスの怒気は薄くなり、代わりに安堵した様子で彼は僕を抱きしめて、少しだけ涙を流すと言った。


「でも、リッド様がご無事で……ご無事で良かったです……」


「ありがとう……ごめんなさい……」


ルーベンスとのやりとりに僕は罪悪感で一杯になり、魔法に関する事の悪ふざけは二度としないようにしようと思った。


彼とのやりとりはこれで終わったが、ディアナ、カペラ、エレン達からも同様に厳しくお叱りのお言葉を頂き、僕は小さくシュンとなった。


その後、皆に改めて先程の謝罪を行ったというわけだ。


僕がシュンとなりながら、思い返しているとルーベンスから声を掛けられた。


「リッド様、そろそろ、作業を再開して私が再度、斧で伐採をしようと思います」


ルーベンスは落ち込んだ僕を気遣うように、笑顔で優しく話しかけてくれた。


僕は彼の笑顔に、少し明るさを取り戻すと笑みを溢して返事をしていた。


「あ……うん。お願いしてもいい?」


「承知致しました。今度は『悪ふざけ』はしないで下さい……ね?」


彼がニコリと笑みを浮かべ、優しく釘を刺すように言った言葉に、僕は力なく「はい……」と呟いた。


その後、ルーベンスは斧を肩に背負うように振りかぶると、力一杯振り降ろす。


斧と木がぶつかる鈍い音が辺りに響いた。


それと同時に皆の視線が僕に集中するのを感じて、僕は少し気まずそうな表情を浮かべながら言った。


「あ、うん。何ともないから、作業を続けてもらって大丈夫だよ」


「ふぅ……安心しました。では、作業を続けますね」


この場にいる皆が僕の言葉を聞いてホッとした様子を感じて、僕は「アハハ……」と乾いた笑いを浮かべていた。


ルーベンスはその後、黙々と作業を続けた。


作業を見ていた僕は、隣に居たカペラに不思議そうな顔をして尋ねた。


「カペラ、ルーベンスは何をしているの? 真っすぐ切れば良いのじゃないの?」


「リッド様、木を切るにも手順がございますので、よろしければご説明致しましょうか?」


「うん。折角だし、教えて欲しいな」


「では……」


カペラは僕に木の切り方について説明してくれた。


まず、木を切る際には切り倒したい方向に「受け口」を作る。


「受け口」の形のイメージは直角三角形と言えばいいだろうか? 


この「受け口」が出来たら、その反対側となる「追い口」から今度は水平に切り込みを入れていく。


「追い口」を入れていく場合は、「受け口」を基準に切込みを入れる高さの位置を調整する。


そして、調整が済んだら「追い口」から平行に切り込みを入れていくが、切込みが深くなると当然、木が傾いていくので神経を使う。


追い口を切り進めて、受け口に近づいてくるとすべてを切らずに一定の幅を残す。


残した部分を「ツル」というそうで、「ツル」の出来具合で倒れる方向の正確さも変わるから、かなり重要らしい。


最終的に「ツル」という部分が支点となって、「受け口」を閉じるように木が倒れるそうだ。


カペラの説明が終わると同時に、辺りに木が軋む音が鳴り始める。


それと同時に、ルーベンスが叫んだ。


「木が倒れるぞ‼ 注意しろ‼」


叫びはしたが、木が倒れる方向には誰もいない。


念のために注意喚起ということだろう。


木はその後すぐに、メキメキとひび割れて軋む音と、木の葉がぶつかり合う葉音を響かせる大きな音を立てながら倒れた。


中々に迫力がある光景だ。


「ふぅ……リッド様、これで良いでしょうか?」


「うん‼ ありがとう‼ じゃあ、この木を炭窯の近くに置いておこう。後で、炭窯の中に入れられるように加工するからね」


「承知致しました。では、伐採と移動を交互に行いましょう」


ルーベンスの言葉に従い、騎士団の皆は伐採した木を炭窯近くに移動させる。


そして、また木を切る作業を繰り返した。


伐採した木の移動に関しては、皆身体強化を使える騎士なだけあって早い。


木を切る作業もとても早くて驚いたけど、それについては理由があるとカペラが教えてくれた。


「リッド様、ここまで作業が早く進むのはエレン様達がお作りになった「斧」がとても素晴らしい切れ味だからです。後で、お二人にもお礼をお伝えしたほうが良いと存じます」


「え? あの斧ってそんなに切れ味凄いの?」


僕はカペラに言われてから、ルーベンスが斧を木に切りつける様子をよく見てみた。


確かに、斧が都度グサリと幹深くに刺さっている。


むしろ刺さり過ぎて、引き抜くのに苦労している感じが見て取れた。


恐らく身体強化と、斧の切れ味が合わさって作業速度が飛躍的に向上している気がする。


僕はふと、エレンとアレックスに目をやると二人共、ご満悦な表情を浮かべながらドヤ顔をしている。


彼女達が用意してくれたシャベルと斧はどちらも業物級の逸品のようで、僕は二人の技術の高さに改めて驚嘆するのだった。


それから程なくして、木の伐採作業と移動させる作業が一通り終わり僕は皆に声を掛けた。


「皆、後は木を炭窯に入れられる大きさに加工するからもう少し協力お願いね」


「畏まりました」


その後、皆で協力して炭窯近くに置いていた伐採した木を小さくする作業を行った。


この作業に関してはこれといった注意点もないので今までの作業の中で一番手早く終わった。


炭窯の屋根を作るのに使う木材も確保出来たので、今日はこれで十分だろう。


「よし‼ 皆、今日はありがとう‼ 木をこのまま放置して少し乾かしたら、次の作業に移る予定だから、またよろしくね」


僕の言葉を聞いた皆は頷きながら各々で返事をしてくれていた。


作業が終わり、片付け作業も落ち着くと僕達は屋敷に戻った。


僕は自室で服を着替えると、作業の進捗状況を伝える為に、父上のいる執務室に向かった。


ノックをして、返事をもらってから室内に入ると父上は書類作業の手を止めた。


そして、僕に視線を移すといつもの厳格な表情で言った。


「ふむ、作業の進捗状況はどうだ? 順調か?」


「はい。騎士団の皆や、エレンとアレックスが用意してくれた道具のおかげでかなり進めることが出来ました。近日中には炭窯の完成と黒炭をお見せできると思います」


「作業が順調なのはいい事だ……だが、それとこれとは別問題だ。これに見覚えがないか?」


父上は僕の言葉を聞いて頷いたあと、ある書類を片手でヒラヒラと僕に見せるように動かしている。


どうしたのだろう? 


僕がきょとんとした顔を見せると、父上は少し怒気のこもった声で書類を読み始めた。


「この書類にはこう書いてある『サンドラ先生と魔法研究を行い実験致します。ご報告まで リッド』とな……リッド、確かに報告しろとは言ったが、わざわざ確認が遅くなることを見越して、書類で提出をするとは随分、小賢しいことをするじゃないか?」


「あ……それは、その、父上はお仕事が忙しいと思いまして……」


父上は僕の言葉に眉をピクリと動かした。


あ、これはダメなやつだ。


父上からのお叱りを直感したその直後、僕は激烈に怒られた。


さらに、今日行った「悪ふざけ」の件もすでに父上の耳に入っていた。


その事についても父上は激烈に怒っているようで、表情はそのままに怒りの言葉を紡いだ。


「書類や悪ふざけの件といい、お前は自分の立場がわかっていないようだな。今から、その性根を叩き叩き直してやろう……⁉ 訓練場に行くぞ‼」


「へ……? 今からですか⁉」


「当たり前だ‼」


その日、僕は父上から胆力訓練を急遽受けることになった。


胆力訓練は父上が真剣で襲ってくるので、僕がひたすら躱し続けるというものだ。


父上の技量により、真剣は僕の周りを紙一重で過ぎ去っていく。


でも、今日の父上は鬼の形相で目が怖く、殺気がいつも以上に凄い。


僕も普段より集中して訓練に挑んだがそれでも、肝が冷える時が何度もあった。


そして、父上の指導は僕が動けなくなるまで行われたのだった……

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