第113話 リッドとエルティア(2)

「失礼致します」


「どうぞ、そちらにおかけ下さい」


僕とファラ、二人の護衛を合わせて計四人でエルティアの部屋に来ることになったが、護衛の二人には部屋の外で待ってもらうようにお願いした。


部屋に今いるのはエルティアとは僕達三人だけだ。


僕とファラはエルティアに促されるままにソファーに腰を降ろした。


彼女とは机を挟んで向かい合って座っている。僕達を見てエルティアがおもむろに言った。


「それで、お二人はどのようなご用件でしょうか?」


「はい。まずは先程の場で私達の背中を押して頂きありがとうございました」


僕は言い終えると、エルティア向かって一礼をした。


そして、顔を上げるとニコリと笑って言った。


「なので、これからはエルティア様の事をお義母様と呼ばせて頂ければと存じます」


「……は?」


エルティアは僕の言葉が予想外のものだったようで、呆気に取られた表情をした。


だけど、すぐにいつもの表情に戻すと咳払いをして言った。


「コホン……私はファラと縁を切っております。リッド様にお義母様と呼んで頂く資格はありません。それに、まだ婚姻をしていないのです。その発言は恐れながら軽率と思われます」


「お義母様、それは異なことを仰います。ファラ王女と縁を切ったと仰いますが、それは不可能です。お義母様とファラ王女は王族に連なる一族になります。それが、個々人で勝手に縁を切ることなど出来ません」


彼女は僕の言葉に眉毛をピクリとさせて、怪訝な表情をしている。僕は、話を続けた。


「それに、婚姻はまだということですがエリアス陛下と父上がお認めになった以上、私とファラ王女の婚姻は決定的だと思います」


「ふぅ……さすが、あの場でノリスを言い負かしたことはありますね……いいでしょう、リッド様が私をどう呼ぶかはお任せ致します。ですが、王族に連なる血縁者であっても、私とファラ王女に親子としての感情はないという意味で、縁を切ったと言ったのです」


エルティアは僕に冷たく鋭い目を向けたあとに、ファラにもその視線を送った。


ファラは視線に怯えた様子を見せたが、僕が彼女の手を力強く握ると同時に目配せをした。


目配せに応じたファラは小さく頷くと、深呼吸をしてから彼女を見据えた。


エルティアの部屋を訪れる前に、僕と話して伝えようと決めていた言葉を紡いだ。


「……私は、母上が何を考えてそのような事を仰っているかはわかりません。ですが、リッド様は決して母上が私を嫌っているのではないと言ってくれました。だから、私はリッド様が信じた母上を信じます……‼ いつか……いつか話して頂ける日が来ると信じております……‼ だから、私にとって母上はいつまでも母上です……‼」


ファラの小さくも凛とした声が静寂な部屋の中で響いた。


その言葉を聞いたエルティアの耳が一瞬だけピクリと動いた気がした。


エルティアは言い終えたファラの顔を鋭く冷たい目で見ると、突き放すように言った。


「……馬鹿なことを。リッド様とファラ王女は随分と綺麗ごとがお好きなのですね。愛や優しさなどでは、何も守ることは出来ません。もっと、人を見抜く力を磨くべきですね」


「お義母様、恐れながら申し上げます。愛や優しさがあるから人は人を、家族を守る決意や強さが生まれます。もし、愛も優しさもない人間であれば、何も守らずにその場から逃げ出すだけです」


「……」


エルティアは反論せず、ただじっと冷たく、突き放すような目で僕を見据えていた。


「私とファラ王女がお伝えしたかったことは、お義母様が何を言っても私達にとってエルティア様はお義母様ということです」


「……私は母上を信じて待ちます。何を言われようと縁を切るようなこと決して致しません」


僕とファラは、力強い目でエルティアを見据えた。


彼女は僕達の様子を見るとため息を吐いて、呆れた様子で言った。


「はぁ……それなら勝手にしなさい。お二人が決めたことであれば、私から言うことはありません。信じたければ、勝手に信じなさい……」


「……‼ はい、母上。ありがとうございます……‼」


ファラは今のやりとりの中で、彼女なりに何か得るものがあったのだろう。


相談されていた時のような暗さはそこにはもう無かった。


ファラの言葉を聞いたエルティアは冷たく言い放った。


「……要件が終わったなら、もう良いかしら?」


「わかりました。本日はこれでお暇させて頂きます」


僕とファラはエルティアの言葉通りに部屋を退室することにした。


僕達の目的もすでに果たしたからだ。


僕達の目的は「お義母様を信じている」ということを言葉にして伝えることだった。


ファラの話を全部聞いた時に、僕はエルティアがファラを嫌っているわけではないと感じていた。


彼女もエルティアに対してどう向き合えば良いかわからないと言っていた。


それなら、「お義母様を信じよう」と僕は伝えた。


エルティアがしている行動はよくわからない点も多い。


でも、彼女は決してファラが不幸になるようなことはしていない。


だから、信じようと伝えた。


ファラも「そうですね……はい、私も母上を信じます‼」と言ってくれた。


だから僕達は、エルティアが何を言ってもいつか話してくれるまで待つと決めた。


僕とファラが部屋を出ようとしたその時、エルティアが僕を呼び止めた。


「……リッド様、良ければ二人だけ少しお話できませんか?」


僕はエルティアの言葉聞いた後、確認するようにファラを見た。


彼女は僕を見ると静かに頷いた。


ファラの頷きを確認してから、僕はニコリと笑ってエルティアに言った。


「はい。大丈夫です」



エルティアに呼び止められて、僕は先程まで座っていた場所に再度腰を落としていた。


僕だけなのはどうしてだろう? 


そう思っていると、エルティアがおもむろに言った。


「リッド様、一つだけ聞かせて下さい。何故、そこまで私とファラの事を気にかけるのですか? 失礼ですが、リッド様には関係のないお話だと存じます」


彼女はとても不思議そうな表情をしていた。


僕は何故かエルティアには話しても良いかもかもしれない。


そう思って、おもむろに話を始めた。


「……お義母様だけの胸に秘めて欲しいのですが、私の実の母であるナナリー・バルディアは『魔力枯渇症』という死病を患っております」


「魔力枯渇症……」


僕はエルティアに魔力枯渇症について説明した。


ニキークから、レナルーテでは発症例が少ないと聞いていたからだ。


重要な部分は話さずに、いつ命を落としてもおかしくない状況であること。


様々な方法で何とか延命出来ていると伝えた。


エルティアはただ、黙って僕の話を聞いていた。


最後にエルティアとファラに思っていることを僕は伝えた。


「……エルティア様とファラ王女の間にどのような思いがあるのか、僕にはわかりません。ですが、お二人のことをどうしても他人事と思えなかったのです。差し出がましい事を致しまして、申し訳ありませんでした」


僕は最後に、先程の事を謝罪して頭を下げた。


ファラとエルティアの親子関係に僕が入るのは無粋だとわかっていた。


でも、放っておけなかった。


そう思いながら頭を下げていると、スッとエルティアの腕と胸の中に抱かれた。


僕は呆気に取られて、抱擁されたと気付くのに少しだけ時間がかかった。


「エ、エルティア様? どうしたのですか?」


僕は咄嗟の事で、お義母様ではなくエルティアと呼んでいた。


エルティアは優しく僕に語り掛けてくれた。


「……あなたの母上、ナナリー様はきっとリッド様の事を誇りに思っていると存じます。どうか、自信を持ってください」


「そ、そうでしょうか……?」


「はい。リッド様のような子供を産んで、誇りに思わぬ母はおりません。どうか、心を強くお持ち下さい」


「……ありがとうございます」


僕は今までに感じたことの無い、暖かさに包まれた気がした。


そして、自然と涙が溢れた。


エルティアは僕が泣き止むまで優しく抱きしめてくれていた。


それは以前、母上が僕にしてくれたようなとても慈愛に満ちたものだった。



「リッド様、申し訳ありません。ナナリー様の心中を考えていたところ、感情移入し過ぎてしまいました……」


「い、いえ、大丈夫です。その、エルティア様のおかげで僕も心が少し軽くなった気がします」


エルティアは僕の言葉に少し照れた様子だったが、咳払いをして表情を凛とさせると言った。


「コホン……リッド様のお気持ちは理解致しました。ですが、私には私なりの覚悟と考えがあります。その点をご理解頂ければと存じます」


「はい。私もファラ王女もエルティア様がいつかお話して頂けると思っております。その時が来るのをお待ちしております」


僕の言葉を聞いたエルティアは今までにない優しい笑顔になると言った。


「……リッド様、ファラをよろしくお願い致します」


「はい。必ず、幸せに致します……‼」



僕はエルティアとの話が終わった後、ファラの部屋に戻った。


エルティアとの話をファラにも詳しく言うつもりはないけど、ただ一言だけ伝えた。


「詳しくは言えないけどお義母様に、ファラを必ず幸せにするって言ってきたよ」


「え? ど、どういうことですか……⁉」


僕の言葉に、ファラは顔を赤くしながら耳を上下にさせていた。


彼女のこの可愛さは、僕の中でちょっと癖になっている気がした。

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