第106話 リーゼル・タムースカ
「リーゼル・タムースカ」彼女の父親はタムースカ家の中での立場は弱い。
暮らしは平民よりちょっと良いぐらいだった。
そんな状況が一変する出来事が起きた。
「タムースカ」の一族で力を有する祖父のノリスから手紙が届き「エリアス陛下の王妃候補者となるように」と命令が下ったのだ。
一族の中で「一番若い」のが選ばれた理由だと聞いた時は、なんて酷い話だとリーゼルは憤慨した。
だが、彼女の両親は喜んだ。
候補者とは言え、王の側室になるのである。
娘の幸せを願う親としては、平民に近い暮らしを娘にさせていたのは非常に心苦しいものがあったらしい。
リーゼル自身は、華族同士のしがらみ嫌いだったので、今の暮らしに不満はなかった。
少なからず好意を抱いていた幼馴染もいたので、お断りの返事をしようとした。
だが、全力で両親に止められた。
命令を下したノリスという人物は非情なところがあり、下手に断ると大変なことになる。
それに側室に行けば、リーゼルだけでも幸せになれると説得された。
やむを得ず王妃候補者としてノリスの所で王妃教育を受けた後、王の元に行くことになった。
リーゼルは幼馴染に別れの挨拶だけでもしたかったが結局、彼には何も言えずに家を出ることになってしまった。
詳細は省くが、彼女がノリスの所で受けた王妃教育はリーゼルの人生で一番、最悪な日々として記憶に残ることになった。
リーゼルが登城してから数日後、彼女はエリアスと対面した。
第一印象は特に何もなかった。
強いて言うなら「この人が王か」ぐらいだ。
リーゼル自身が王妃に興味がないのもあったが、登城してすぐに「エリアス陛下の思い人はエルティア様。あとは眼中にない」という話を聞いたからだ。
その話を聞いた時、リーゼルは「王妃候補者として、一族の中から選ばれた本当の理由はそれだな?」と直感した。
人を何だと思っているだ⁉ と憤慨していた。
彼女は初対面したエリアスに対して、ノリスの所で受けた最悪の王妃教育と人生をめちゃくちゃにされた腹いせをしようと思い立った。
彼が今後一切の興味を持たないようにするつもりで不満を全部ぶつけた。
「エリアス陛下、無礼を承知で申したきことがございますが、よろしいでしょうか?」
「うむ? 申してみよ」
リーゼルは深呼吸をしてから言った。
「では、物申させて頂きます。今回、私はエリアス陛下の王妃候補者として登城致しました。ですが、私はエリアス陛下に興味がありません。むしろ、タムースカからの候補者として無理やり選ばれました。挙句に最悪な王妃教育を受け、誠に持って甚だ遺憾であります」
エリアスを含めて、その場にいた者が全員唖然とした。
リーゼルはさらに言葉を続けた。
「また、登城をして最初に私が耳にした話は、エリアス陛下とエルティア様が両想いであるということでございました。私は王妃候補者としてここにおりますが、無理に陛下の寵愛を受けようとは思いません。表向きだけの候補者、側室で構いません。私の事は今後、気にされずに結構でございます」
リーゼルが言い終えると、その場には静寂が訪れた。
王妃候補者から落とされても良い。
処刑になってもしょうがない。
そうなれば「あいつら」に一泡吹かせられるかもしれないと思い、不満を爆発させ半ばやけを起こしていた。
無言の時間が少し流れ、最初に声を出したのはエリアスだった。
だが、彼が発したのは大きな笑い声だった。
リーゼルは予想外の反応で呆気に取られた。
周りに控えている者達も同様だ。
ひとしきり笑ったエリアスはリーゼルに興味津々と言った様子で言った。
「ふふふ、リーゼルだったか。貴殿ほど面白い事を言う者は中々におらん。是非とも我が傍に置きたくなった。誰が何と言おうとも、王妃候補者として迎え入れよう」
リーゼルは小さく「えぇ……」と呟いてから、言った。
「……不束者ですが、よろしくお願い致します」
彼女、リーゼルは知らなかった。
「逃げる女性を捕まえたくなるのが、権力を持った男の性である」
リーゼルは図らずもエリアスをある意味「魅了」したのだった……
登城してから月日が経つと、エルティアとリーゼルの二人はとても仲良くなっていた。
登城してから間もないリーゼルは、付け焼刃の王妃教育で城の中では四苦八苦することが多かった。
また、良くも悪くもエリアスの興味を引いてしまったので、候補者達の中で孤立してしまっていた。
そんな状況を見かねて助けてくれたのが、なんとエルティアだった。
エルティアもエリアスの寵愛を受けていると見られて、孤立していたのだ。
その結果、二人の交流が深まるのは必然だった。
エリアスの出入りも気付けばエルティアとリーゼルに偏り始めた。
華族の中ではどちらかが王妃なるだろうと言われ始めた。
その、矢先にリーゼルの懐妊が発覚するのだった。
リーゼルの懐妊にエリアスとエルティアは喜んでくれた。
彼女は二人に子供を諦めないように伝えた。
その上でリーゼルは、自分は王妃の器ではない。
エルティアがなるべきだと訴えた。
そんな彼女をエルティアは諭すように優しく叱った。
「リーゼル様、王妃の器があるから、王妃になれる、のではありません。『王妃になる者が、王妃の器となる』のです。大丈夫、私達があなたを支えます」
「エルティア様……」
エルティアの言葉に支えられ、リーゼルは王妃となった。
名前も「リーゼル・レナルーテ」と改められた。
約一年後、リーゼルは男の子を無事に出産した。
その子の名前は「レイシス・レナルーテ」と名付けられた。
レイシスが生まれると、王妃候補者から側室になった女性達の一部は城を去り始めた。
レナルーテの側室は、誰かしら王の世継ぎを産めば、側室を続けるかどうかの意思表示が出来る。
意志が尊重され承認されれば側室を辞め、城を去ることが出来る。
ただし、一度辞めると王からの要望が無い限り側室に復帰することは出来ない。
通常、側室を継続する者が多い。
だが、エリアスの場合はリーゼルとエルティアの二人を大切にしており、機会に恵まれにくい状況があった。
そして、側室を辞める意思表示をした者達にエリアスは出来る限りの支援を約束していた。
元から側室を辞めた者に対しての支援は国として行われているが、エリアスはこれをさらに手厚くした。
これは、リーゼルがエリアスに王妃候補者となった経緯や不満を伝えたことが大きい。
エリアスなりに候補者、側室となってくれた女性達に少しでも報いたい気持ちから行ったものだった。
エリアス、リーゼル、エルティアの三人はお互いに支え合い、レイシスも元気に育っていった。
順風満帆と思っていた。
だが、少しずつレナルーテの運命を大きく変える出来事が起きようとしていた。
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