第92話 薬草

「心当たりがあるのですか⁉」


「……ちゃんと話してやるから、落ち着け」


僕はニキークの「心当たりがある」という言葉に目を見開いて、彼に近づいて質問をしていた。


そんな僕を横目に調合していた作りかけの薬をニキークは片付け始めた。


片付けが終わると彼は立ち上がり、店の出入口付近にある乾燥した薬草を一つ取って来た。


そして、おもむろに薬草を僕達に見せると言った。


「これがその、心当たりのある薬草だ。わしは魔の森でしか見たことがない。だからこの国ではレナルーテ草って呼んでいるけどな」


「……レナルーテ草」


ニキークが持ってきた薬草を僕は興味深く見つめた。


乾燥しているから、原型はわからない。


でも、これならバルディア領に持って帰って試すことが出来る。


でも、何故これだとニキークは思ったのだろうか? 


僕は感じた疑問を質問した。


「失礼ですが、ニキークさんは何故これだと思ったのでしょうか? 疑っているわけではありません。ただ、心当たりということだったので何かしらの根拠があると思うのです。今後の為にお聞かせ願えないでしょうか? お願い致します」


僕の言葉を聞いたニキークは睨み付けるように僕を見てから言った。


「……嬢ちゃん、おめぇはなんで魔力枯渇症の特効薬に拘るんだ? 隠し事は無だ、お前の正体を含めて全部話せ。そうすれば、わしも知っていることを全部話そう」


ニキークは目を細め、怪訝な表情をしながら返事をしてきた。


僕は深呼吸をしてから、母上の病気のこと、自分の正体など話せることは全部話した。


話を聞き終えたニキークはため息を吐いてから、クリスを見ながら言った。


「はぁ……クリス、おめぇの後ろ盾は大した玉だな。まさか、母ちゃんを救うためにここまでするとは大した奴だぜ」


「……そうですね。でも私もリッド様のお母様が魔力枯渇症とは存じませんでした」


「お恥ずかしながら、私も存じ上げませんでした」


ディアナとクリスは二人とも僕の口から母上の事を聞いて、驚いた様子だった。


皆に僕は「ここだけの話にしてほしい」と伝えた。


ニキークは僕を繁々と見ると呆れたように言った。


「しかし、嬢ちゃんじゃなくて坊ちゃんだったのか。世の中、面白れぇな」


「う……そのこともここだけの秘密にしておいて欲しいです」


彼は僕の言葉に苦笑してから、表情を真顔に変えて僕を見据えた。


「おめぇさんの事情はわかった。わしもこの薬草、いやレナルーテと魔力枯渇症について知っていることを話そう」


ニキークの話はとても興味深いものだった。


彼はダークエルフでも高齢に入る。


長い期間、薬師としてレナルーテにいた彼は他国で時折話を聞く死病。


魔力枯渇症の発症がレナルーテでは、ほとんどないことにある時ふと気が付いた。


その後、興味本位で知り合いからも情報を集め、個人的に調べてみたらしい。


結果、少なからずともレナルーテ国内においては魔力枯渇症の発症がほぼ無いことがわかった。


その時点では「ダークエルフ」が魔力枯渇症にかからないのか、レナルーテに特有の何かがあるのかの判断が付かなかった。


だが、それは思いもよらぬことから判明することになる。


他国に誘拐もしくは、国外に出て行ったダークエルフ達の間でごく一部だが魔力枯渇症を発症して亡くなった者達がいることを知った。


そのことを知った時に、「ダークエルフだから掛からない」という考えは無くなった。


ニキークは「レナルーテにしか存在しない、かつ日常的に人々に影響を与える」物を地道に調べることにした。


時間のかかる調査だったがダークエルフの寿命のおかげもあり候補を絞り上げることができた。


彼が調べた結果の最有力候補として残ったのが「レナルーテ草」だったのだという。


「レナルーテ草」は魔の森で取れる多年草の山菜で、ほぼ毎日に近い感覚でダークエルフ達は食べて接種しているという。


さらに昔からこの国の言葉で「魔の森の山菜えれば、医者要らず」という諺もあった。


恐らく、先人達は魔力枯渇症がレナルーテ草により予防できる事になんとなく気付いていたのだろう。


そこまで説明をしてからニキークは言った。


「……確証はない。だが、魔力枯渇症がこの国で発生していないことに加えて、食文化や言い伝えなどの様々な情報を総合すれば恐らく間違いはないとわしは思っとる」


「……すごいです。良くここまでお一人で調べられましたね」


僕は彼が見せてくれた資料や説明してくれた知識に驚愕していた。


クリスもここまでニキークが詳しいとは思っていなかったようで驚きの表情をしている。


彼は僕達の表情を見ると釘をさすように言った。


「……だがな、わかっているのはここまでだ。魔力枯渇症に対して本当にレナルーテ草が効くかはわからん。何せ、この国では発症している者がおらんからな。治療に使えるかどうかはおめぇさん達で試してみな」


「……わかりました。大切な情報をありがとうございます」


僕はお礼を言いながら頭を下げた、僕を追うようにディアナとクリスも頭を下げていた。


そんな僕達の様子を見ていたニキークは低い声で言った。


「頭は下げなくて良い。だが、二つおめぇに約束して欲しい」


「僕に出来る事でしたら」


彼は返事を聞くと僕の目を鋭く見据えておもむろに言った。


「一つは、おめぇの母ちゃんが治せたら教えろ。一つは、治療法がわかったらちゃんと誰でも直せるように情報を開示しろ。この二つを約束出来るなら、わしも可能な限り力を貸す」


「……わかりました。お約束致します」


ニキークの目と言葉にはまるで魔力枯渇症を仇とでも思っているような、そんな印象を僕は受けた。


そもそも、彼が国内で発生していないことに気付くことになったきっかけはなんだったのだろうか?


そう思った時、ニキークは「あ⁉」と声を出して、額に手を当てると俯いて言った。


「……しまった。一つ、問題があったのを忘れとった」


「どうしたのですか?」


僕がその様子に怪訝な顔をして尋ねると、彼は困ったように言った。


「この辺を仕切っている、マレインっていうくそ野郎がいるのだがな。わしがそいつに、睨まれていてあまり動けんのだ。さっきは力を貸すと言ったのにすまん……」


ニキークは非常に悔しそうな表情をしていた。


だが、マレインという名前を聞いて僕達はクスクスと失笑してしまった。


彼はその様子に呆気に取られたが、すぐ顔を赤くして怒鳴り声を上げた。


「おめぇら、マレインを甘く見るんじゃねぇ‼ やつは国の中枢にも繋がりがあって、あくどい手を使ってもお縄にならねぇんだ‼ あいつの手にかかって悲惨な目にあったやつぁ多いのだぞ‼」


そうか、マレインはやはりエレン達以外にも酷い事をしていたようだ。


ニキークは必死の形相をしている。


そんな彼に、僕は咳払いをしてから言った。


「ゴホン……その点に関しては問題ありません。マレイン自身とその繋がりがあったであろう者は昨日今日で失脚しています。恐らく今後はその影響もないと思いますよ」


「は……? 坊ちゃん、何を言っているんだ?」


ニキークは僕の言葉に目を丸くして理解が追い付いていないようだ。


それを、補足するようにクリスが彼に説明を始めた。


マレインやノリスが失脚した事実を聞くとニキークは信じられない様子で、何度もクリスや僕に聞き返してきた。


そして、事実なのだと納得すると、大声で笑いだしてから言った。


「ワハハ‼ マレインのやつ、ざまぁねえな。坊ちゃん、あんたは最高だな‼」


「……坊ちゃんはやめてくださいよ」


僕の返事にニキークはさらに笑い出して、それからしばらく彼の笑い声がお店の中に響いていた。

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