第63話 王女と護衛の活躍

御前試合が思わぬ結果で終わると、エリアス、リーゼル、ライナー、そして当事者の二人は奥の部屋で試合内容の審議に入った。


ファラとアスナは審議が終わるまで別部屋で休むように言われて観覧席から別部屋に移動した。


最初はエルティアも一緒に移動していたが、物腰が柔らかい感じの華族の男性にエルティアだけ呼び止められた。


彼女から先に行くように言われたので、そのまま別部屋に辿り着いて二人はいま休んでいた。


その中、おもむろにファラが心配そうに呟いた。


「兄上とリッド様は大丈夫かしら……」


「怪我などはしていませんでしたから、それは大丈夫と思います。それよりも……」


「……? それよりも?」


アスナはファラの質問に返事をすると少し意地の悪そうな顔して尋ねた。


「姫様はレイシス王子とリッド様のどちらを応援していたのですか? やはり、レイシス王子ですか?」


ファラは彼女の予想外の質問に驚いて、少し顔を赤くして返事をした。


「それは……お二人ともです。お二人とも大切なお方ですから……」


「レイシス様はわかりますが、そうですか。すでにリッド様も姫様にとっては大切なお方なのですね?」


「へ……あっ‼ ち、違います‼ そういう意味ではありません‼」


アスナはファラの赤くなった表情をみて楽しげに笑っていた。


対してファラは赤くなって怒りながら否定している。


だが、ファラの耳が上下に動いているのを見て、アスナは確信した。


ファラはリッドに少なからず好意を抱いている。


ダークエルフの耳は感情によって、動くことがある。


これは個人差があるので誰もが動くわけではない。


だが、ファラはダークエルフの中でも感情が耳に出やすいタイプだった。


もちろん、本人が意識すれば耳の動きを抑制することは出来るが、逆に言えば意識していないと動いてしまうのだ。


そして、上下に耳が動く場合は「喜び、嬉しさ、好意、愛」などのことを意味している。


これが一般人のダークエルフであれば「可愛い」と評判になるだろうが、彼女は王族であり今後、伏魔殿で生きていく存在である。


感情が伝わってしまいやすいことは弱点になってしまう。


だからこそ、エルティアは彼女に異常とも言える厳しい教育をしているのかもしれない。


アスナはファラをからかい、笑いながらそんなことを考えていた。


一方、からかわれたファラは頬を含ませてご機嫌斜めになっていた。


すると、襖がスーッと開けられエルティアが部屋に入って来た。


部屋にいた二人はすぐにエルティアに向かい一礼をした。


その様子を見たエルティアは二人に対していつも通り冷たく言い放った。


「エリアス陛下にいつまで審議をしているのか聞いてきてください。何か言われれば私から指示を受けたと言いなさい。よいですね?」


「はい。承知致しました」


エルティアの言葉を聞くと、ファラとアスナは立ち上がり部屋を後にする。


その時、ファラの背中に向かってエルティアが声をかけた。


「ファラ。もし、あなたからエリアス陛下に物申したいことがあればしっかりと伝えなさい」


「……? 承知致しました」


母上、どうしたのだろう? 


私から意見を言いなさいなんて初めて言われた。


ファラはエルティアの意図が分からず首を傾げたが、「早く行きなさい」と言われたので、一礼をしてその場を去った。


そして二人で、エリアスがいる部屋に向かう途中に話し声が聞こえてきた。


すると、アスナがファラをかばう様に前に出た。どうしたのだろう?


「……ファラ様、真意は不明ですがこちらに殺気が向けられています」


「……わかりました」


アスナはファラを庇いながら、声の聞こえるほうの様子を伺った。


そこには先程、エルティアを呼び止めたダークエルフの男性がこちらを見ていた。


さらに、彼とは別に華族と思われるダークエルフの男性もいて二人は何か話しているようだった。


「どうしたのだ?」


「……いや、気のせいだったようだ」


殺気を送っていたのは、こちらを見ていた男のようだ。


アスナは様子を伺いながら聞き耳を立てることにした。


ファラにもそのことを目配せで伝える。


彼女はその様子に首を縦に振った。





「それで、貴殿はどちらに付くおつもりか? ノリス様か、エリアス陛下か」


どうやら男の二人は今回の婚姻における派閥争いの話をしているようだ。


一人の「男」は少し年齢を感じさせ、もう一人は細目の男だった。


すると、細目の男が興味なさげに言葉を発した。


「ふむ。まだ、何とも言えないな。どちらにしても我が国の姫が帝国に嫁ぐことは変わらないのだ。皇族でも辺境伯でも、正直どちらでもよいと思っている」


「ふむ。浅はかだな」


細目の男は、「浅はか」と言われ苛立ちの表情をした。


「……なんだと?」


「今回の御前試合を見たであろう。辺境伯の息子、リッドといったか。圧倒的な実力差がありながら、我が国の王子を痛めつけ、自分の力をこれみよがしに我らに見せつけたとは思わんか?」


「男」から言われた言葉にどこか説得力を感じた細目の男は、思案すると呟いた。


「……見方を変えれば、そうかもしれんな」


「それだけではない。辺境伯の息子は恣意的で残酷。極悪非道の気質があるということだ」


細目の男はさらに思慮深い表情になった。


確かに辺境伯の息子が行った行為はある意味、圧倒的な実力差をみせつける残酷なものでもあった。


「……言い過ぎではないか?」


細目の男の言葉を聞くと「男」は力強く自信の溢れる声で説明をした。


「そんなことはない。論より証拠が先ほどの試合ではないか。もし、彼が、ファラ王女と結婚、我らの国境と隣接する辺境伯の後を継いだらどうなる? 姫が人質となり我らは彼のいいなりになる可能性も否定できん。得体のしれない気質をもった辺境伯の息子よりも皇族のほうがましではないか?」


細目の男は彼の言っていることにも賛同できる部分があると考えて言った。


「ふむ。……一理あるかもしれんな」


「そうであろう? ノリス様が皇族との婚姻を進めようとしているのは、将来のことを危惧しているからだ。決して権力欲などではない。是非、力を貸していただきたい」


「わかった。一度、ノリス様の話を伺おう」


「それは、ノリス様も喜びます。では、こちらに……」


そうして、二人はその場を去っていった。





「……もう、行ったようですね。姫様、申し訳ありませんでした」


「いえ、私は大丈夫です……それよりも、リッド様があのように言われていたのは、とても残念でした……」


ファラは体を震わせながら耳を下げ、悲しげに返事をした。


彼女は自分の立場を理解している。


だが、偶然とは言え、いきなり自分の婚姻について第三者に「どちらでもよい」と言われたのは少し悲しくて胸が痛くなった。


彼女は痛みを抑えるように胸に手を当て、ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


そして、気持ちが落ち着いてくると、彼らの会話が鮮明に思い出された。


「……ノリス様は、兄上とリッド様を利用して私を皇族と婚姻させようとしているの?」


ファラは意図せず無意識に思ったことを口に出してしまった。


心配そうな表情でファラを見ていたアスナも、ハッとすると先程の男達の会話を思い返して返事をした。


「そのようですね。ノリス様は以前より姫様は皇族と婚姻すべきと申しておりました。会話の内容から察するに、「リッド様がレイシス王子を痛めつけた」ということを吹聴しているようですね……」


アスナは剣士としてノリスのしていることに嫌悪感を抱いた。


確かにレイシス王子はすぐに負けを認めなかった。


だが、自分より格上の相手に挑み続ける行為にどれだけの勇気がいると思っているのか。


彼らのしていることはリッドだけではない、レイシスも間接的に貶めている。


ノリスが行っている行為は利己的な悪意の塊でしかない。


アスナが険しい顔をしていると、ファラが小さく呟いた。


「兄上とリッド様の名誉の為にも何か出来ないかしら……」


「そうですね……」


二人は男達の会話を思い出しながら状況を整理していった。


「まず、リッド様がレイシス王子を痛めつけた。というのがノリス達の主張です。これを崩す必要がありますね」


アスナは整理しながらファラに説明した。


彼女はアスナの言葉に頷くと質問をした。


「それは、兄上がきちんと説明をすればどうかしら? そうすれば、問題解決のような気もするの? どうかしら?」


ファラの言葉にアスナは思案すると、首を横に振ってから答えた。


「恐らく、それだけでは弱いと思います。吹聴される前ならそれでも良いと思いますが、すでに話が広まってしまった以上、リッド様の武術には悪印象が残ります。それに、レイシス王子が言わされているだけで、他国に気を使っているだけとノリスに言われる可能性もあります」


「つまり、兄上の証言に加えて、リッド様の悪印象を取り除く必要があるのね……」


ファラの呟いた言葉に、アスナは頷いた。


その時、ファラにひとつの閃きが生まれる。


「……アスナ、あなたリッド様と本気で御前試合が出来るかしら?」


「へ……?」


ファラの言葉に呆気に取られたアスナだったが、その理由をファラから聞くと思わず笑ってしまった。


彼女の考えた作戦は驚きのものだった。


兄上であるレイシスから御前試合の勝敗について説明を華族全員にまず説明してもらう。


そのうえで、リッドの真の実力が確認する為にアスナと本気で御前試合をしてもらうということだった。


アスナとリッドが本気でぶつかりあえば、恐らくレイシスを痛めつけたわけではない。


圧倒的な実力差によって起きた試合内容だったことが証明される。


そして、リッドもアスナと全力で試合をすれば真の実力が認知されて評判も上がるというものだ。


内心ではアスナもリッドと本気で試合をしたいと思っていたので、これには願ったり叶ったりだった。


「フフフ、いいですね。それで行きましょう」


「決まりね。後は父上と兄上。そしてリッド様を説得するだけだわ‼」


彼女たちはノリスの計画を破る作戦をまとめるとエリアスのいる部屋に向かった。


その時、ふとアスナは先ほどの男の一人の殺気について思い出した。


(あの殺気の出し方はまるで、そこで黙って聞いていろという感じだった…… まさかね?)

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