第57話 レナルーテ・リッドの序章

「ファラ様とてもお綺麗でございます」


「ありがとう。アスナ」


ファラは昨日、エルティアから届いた白を基調としたドレスを着ていた。


それは、ダークエルフの特徴ともいえる褐色の肌と対になるようにしたことで、よりファラの存在感を強くする。


そして、デザインも少し大人びていることで、実年齢より大人びた雰囲気を出していた。


「これなら、候補者の方は気に入って下さるかしら?」


「はい。私からも見ても今日は一段と華麗でございますから、きっと気に入って頂けると存じます」


アスナは本心から笑顔で答えた。


それが伝わったようでファラは少し顔を赤くしていた。


するとドアがノックされる。すぐに返事をすると、入室してきたのはファラの母親であるエルティアだった。


エルティアはファラと同じ紺色の髪と朱赤の瞳をしたダークエルフだ。


彼女の姿を見て、すぐに二人は一礼した。


二人の様子を見ていたエルティアはファラに目をやり、その姿をじっと見つめる。


「ふむ。送ったドレスはちゃんと着たようですね」


「はい。母上。このようなドレスを頂きありがとうございます」


エルティアの言葉は冷たく、突き放すような言い方だ。


ファラはその言葉に動じずに返事をする。


これが普段から行われている二人のやりとりだった。


エルティアはファラに対して必ず、冷たく突き放す言い方をする。


そして、ファラはそれに動じず淡々と返す。


そのやりとりは仲の良い親子にはお世辞にも見えない。


エルティアは返事をしたファラを見ると、冷たく言い放った。


「今回の候補者は辺境伯の息子であり、皇族ではありません。ですがレナルーテの恥となってはいけません。まだ決定ではないのです。あなたが、その器量をみせれば皇族との縁談に繋がる可能性もあります。わかりますね?」


「はい。母上」


「あなたが婚姻すべき相手は、マグノリアの皇族です。決して辺境伯の息子に心を許してはなりません。良いですね?」


「……承知しております。母上」


「そう。それでいいのです。では、私は先にエリアス王のもとに参ります」


エルティアは自分が言いたいことを伝えると、すぐに部屋を退室した。


アスナは心配そうに、ファラに声をかけた。


「ファラ様、大丈夫ですか?」


「ええ、母上のあの様子はいつものことですから。でも、心を許すかどうかは私自身で決めたいな……」


悲しそうな目をしながらファラはアスナに返事をしていた。


ファラは自分自身で何かを決めたことはほとんどない。


彼女のすべきこと、着る服、食事などそれはすべてエルティアが独断で決めていた。


決められたことをファラは淡々とこなす。


最初はそれが嫌だった。


でも、どんなに頑張ってもきっと母上は私を認めてくれないと理解した時、それであれば言われたことをすればいい。


そう思って、それ以降は母親の言うことを淡々とこなすようになった。


ファラが悲しそうに吐いた言葉にアスナは勇気づけるように言った。


「今回の候補者がどのような人物かはわかりません。ですが、仮にもファラ様の婚姻候補者です。多少は見込みのありそうな者が来るはずです。その時、心を許すかどうかはファラ様ご自身でお決めになって良いかと存じます」


「……ありがとう。アスナ」


ファラはアスナの言葉を素直には受け取れなかった。


例え、心を許したところで母上がそれを許さない。


新たな火種となるだけだろう。


それならば、最初から答えは決まっている。


母上の言う通りにすればよいだけだ。


でも、バルディア領の辺境伯といえばマグノリアの剣と評されるほどの武勇に秀でた貴族と習った。


どんな人なのだろうか。


アスナは何か聞いているかも知れない。


「アスナは辺境伯の候補者のことは知っているの?」


「え? そうですね。名前だけは伺っております。確かリッド・バルディア様だったと思います」


「リッド・バルディア様か……」


母上が婚姻すべき相手は皇族とはっきり言った以上、恐らく無理やりにでも今回の縁はなくなるだろう。


でも、何故か気になった。


そういえば以前、一度だけ母上に連れられてお忍びでバルディア領に行ったことがある。


婚姻前にマグノリアの雰囲気を少しでも知る為にと言っていた。


確かに、人も町の雰囲気も全然違った。


そして、母上からは帝都はもっとすごいとも言われた。


私がいずれ行く国だからよく見ておくようにと強く言われたのを覚えている。


その時、生まれて初めての世界に舞い上がってしまい、気付いたら従者と離れ離れになり迷子になった。


その時、助けてくれたのが自分と同い年ぐらいの男の子だ。


「国外ではダークエルフは狙われる」と聞いていた。


だから、彼らには申し訳なかったけど、かなり怖がってしまったと思う。


一応、耳に関しては隠していたからダークエルフとはバレなかった。


男の子の周りに大人もいたから、領内の子供だったのかも知れない。


彼らはまだバルディア領にいるのだろうか? 


ふと、そんな考えに耽っていたファラに怪訝な顔をしてアスナは尋ねた。


「ファラ様、どうかなさいましたか?」


「え? いえ、以前バルディア領に行ったことを思い出していたの」


バルディア領に行ったこと、そう聞いてアスナは怪訝に表情が微笑みに変わった。


「ああ、あの時は本当に心配致しました。あのようなことは二度とされないでくださいね?」


「……わかっています」


男の子達のおかげで助かったがその時、アスナにこっぴどく叱られた。


そういえば、アスナが怒った姿を見たのはあの時だけだった気がする。


アスナの怖い顔それは、表情が変わるとかではなく眼光がどんどん鋭くなっていく。


「アスナって怒ると怖いです……」


「ファラ様、そろそろ私達も行きましょう」


「はい」


アスナの言葉に返事をしたファラは自室を出て謁見の間に向かった。





「リッド様。そろそろ時間です」


「うん。おかしいところないかな」


ディアナに急かされながら自分の服装がちゃんとしているか気になる。


何せ、婚姻相手に初めて会うのに加えて外交の場でもある。


しかも、敵対勢力も多い状況だからほんの少しのミスでもきっと揚げ足取りをしてくるだろう。


準備に念入りにして悪いことはない。


だが、ディアナは軽いため息を吐いて言った。


「朝から何回、同じことをしているのですか? まるで王子様に見初められるために会いに行く、令嬢のようですよ?」


「れ、令嬢……」


そうか、令嬢はこんな気持ちなのか。


それにしても最近、ディアナの口撃が強くなっている気がする。


以前は清楚なイメージだったのに。


いや、これが彼女の素なのかもしれない。


心を許してくれていると思うことにした。


ディアナは僕の顔をじっと見てから諭すように言った。


「リッド様は可愛らしい顔をしておりますが、男子です。男子であれば、誰に見られて、何を言われても胸をはり、姿勢を正せば良いのです。逆に胸を張らず、おどおどした態度をすれば、それこそ侮られましょう。意志の上に着る服なんて、ただの飾りです、偉い人にはそれがわからないのです」


確かに、服装は重要だが最後は人の意志、心次第というのはその通りだと思う。


でも、可愛らしい顔と言われるのは男としてなんだかなと思った。


「わかった。ありがとうディアナ。でも、可愛らしい顔はないじゃない?」


「いえいえ。リッド様が女の子であったら、今でも縁談が来るぐらいの可愛らしさがありますよ」


僕の言った言葉にディアナは満面の笑みで答えた。


でも可愛くないと言われるよりはいいかもしれない。


そう考えてから僕はため息を吐いて、返事をした。


「はぁ……嬉しくないけど、褒められたと思っておくよ」


「はい。その意気でございます」


僕は彼女の言葉に少し、からかわれているようでムッとしていた。


だけど、それがディアナは可愛いらしく、笑みを浮かべて微笑んでいた。


すると、ドアがノックされる。


ディアナは表情をスッと真顔に戻して姿勢を正す。


僕が返事をすると、入って来たのはザックだった。


「リッド様、そろそろ時間です。ライナー様が先にお待ちでございます」


「うん。わかった。すぐに行くね」


僕はザックに促され、迎賓館の玄関に向かった。


玄関に向かう途中でザックが声をかけてきて少し足を止めた。


「リッド様、これは私の友人達のお話ですが、華族の中で反対派のトップはノリスという高齢のダークエルフだそうです。レイシス王子も彼の影響を受けているそうなので、お気を付けください」


僕は、ザックの言葉に目を丸くした。


昨日のファラ王女に一目ぼれしたら応援してくれるとは言っていたが、こんなに早く情報をくれるなんて思わなかった。


僕は驚きの表情から一転、微笑んでからお礼と新たな質問を投げかけた。


「貴重な情報をありがとう、ザック。ちなみに、エルティア様はどう思っているのかな?」


ザックは質問されると思っていなかったみたいで少し思慮深い顔をしてから言った。


「エルティア様もファラ様が皇族と婚姻することを望んでおられるようです。ただ……」


「ただ……?」


「その目的は恐らくノリス殿とは違うと思われます。真意はわかりかねますが……」


なるほど。


エルティア様も敵ではない。


中立ということだろう。


僕の事を知らない以上、皇族と娘である王女を婚姻させたいというのは当然だと思う。


それよりも問題はレイシスだ。


敵対しているノリスと言う人の影響を受けているとは思っていなかった。


これが一番、難儀かもしれない。


僕はそこで少し悩んでいると、ディアナから声がかかる。


「リッド様、ライナー様がお待ちです」


「あ、ごめん。そうだね。だけど、もう一つだけザックに質問いいかな?」


「はい。なんでしょうか?」


僕は急いで、ザックに質問する。


いや丸投げと言ったほうがいいかもしれない。


「レイシス王子がノリスさんの影響受けていると言ったよね? どうすれば、ファラ王女とのこと応援してくれるかな? せっかく兄弟になるかもしれないから、出来れば応援してほしいと思って」


ザックにとっては思いもよらない質問だったのだろう。


また思慮深い顔をして悩んでいる。


そして、リッドがした質問した相手は偶然にも適切だった。


リッドは知らないが彼は諜報機関の長である。


ザックはリッドの天性ともいうべき言動に驚愕するが内心、ほくそ笑んでいた。


(この子は本当に楽しませてくれる)


そして、おもむろにリッドに答えた。


「それであれば一度。レイシス王子の心を壊してしまうのが良いかと存じます」


「こ、心を壊す?」


聞いておいてなんだが、ザックから出た言葉は恐ろしいものだった。


子供に対して相手の心を壊せとは、なんてことを言うのだ。


さすがに僕はその言葉に嫌悪感を抱き、険しい顔をザックに向けた。


するとザックは一礼してから説明を続けた。


「言葉が足りずに申し訳ありません。心を壊すというのは廃人にするという意味ではありません。レイシス王子はいまノリス殿に心酔していると言っても良いでしょう」


心酔か、そこまでノリスにレイシスは影響を受けているのか。


でも、それほどまでに心酔したのは何故だろう。


疑問はあるが僕は黙ってザックの説明を聞いた。


「本来、国を大切に思い、聡明な王子でしたが、ふとしたきっかけで彼に心酔してその言動には王子として矛盾が見られるようになりました。その心酔した心を破壊して頂きたいと存じます。これはレナルーテを思う華族としての依頼と思っていただいても構いません。そのあとは私にお任せ下さい」


……なんてことだ。


問題を丸投げしたつもりが、レナルーテの華族から依頼として問題が大きくなって帰って来た。


でも、これが解決できればレナルーテで僕の存在を大きくできる機会かもしれない。


それに、一番大変そうな後始末はザック側でしてくれるらしい。


僕は考えてから再度、質問をした。


「わかった。要は改心させてほしいってことだね? でも約束は出来ないよ? 今回はファラ王女のことが主題だし、レイシス王子とそんなに話し込む時間もないだろうからね」


僕の言葉を聞いたザックは微笑みながら「ありがとうございます」と言った。


でも、目が笑っていなかったことに加えて、ちょっと意地がわるそうな微笑みだった気がする。


気のせいだと思うけど。


さすがに立ち話が長引いてしまい、足早に父上のところに向かった。


歩きながらもう一点、ザックに質問をした。


「レイシス王子がノリスに心酔した原因ってなんなの?」


だが、この件に関してザックは「申し訳ありません。それは私がお伝え出来る立場ではありません」と言ってそれ以上は口を閉ざした。


王子の心を壊して欲しいといっておきながら、原因は言えないとはどの口で言っているのか?


だが、僕もそれ以上は聞かなかった。


本当にもう時間がなかったからだ。


迎賓館の玄関につくと父上から「遅い‼」と怒られてしまった。


僕が怒られる様子を見て「はぁ」とディアナは近くで呆れてため息を吐いていた。


ザックは残念ながら謁見には立ち会わないらしい。


僕たちが迎賓館を出る時にザックから言われた一言、「本日のご活躍を楽しみにしております」とはどういう意味だったのだろうか? 


その後すぐに城に向かって移動を開始した。


城内とはいえ広いので馬車に乗っての移動だ。


さすがに城内は道が整備されていたし、短時間だから酔うことはない。


馬車の中で一応、ザックとのやりとりを父上に簡単に説明をした。


すると、父上の厳格な顔がさらに険しくなり吐き捨てるように言った。


「……ザックめ。リッド、お前もその爪を隠すことを覚えろ‼」


「は、はい。でも、僕は爪なんて持っていません……よ?」


父上は僕の返事を聞いて呆気に取られた様子で首を力なく横に振った。


それから、一言「はぁ……もういい。好きにしろ」と力なく呟いていた。


僕は父上の様子に首をかしげるばかりだった。


二人のやりとりとは関係なく、馬車は様々な思惑が渦巻く城に向かって移動していた。

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