第49話 道中(2)

宿場町を出発してどれぐらいの時間が経過しただろうか? 


僕はひたすら馬車の揺れに耐えながら、クリスに貰った飴玉をちょくちょく口に入れていた。


それでも揺れによる酔いで気分は悪いが昨日に比べれば大分マシだ。


だけど、虫歯にならないか心配だ。


そういえば、この世界において虫歯の治療ってどうなるのだろう? 


医療が発達していなかった時代では虫歯は無理やり抜くしかなかったとか聞いた記憶がある。


背筋がサーっとしたので、僕は怖くなって考えるのはやめた。


だがそういった点もいずれは考えないといけないのだろうと思い、胸に秘めた。


「その飴は、そんなに効くのか?」


「え? はい。僕はこれがあるとないとでは大分違うと思います」


僕がずっと口に入れていたせいか、正面に座っている父上が飴玉に興味をもった様子だ。


僕はちょっと意地悪を思いつき「とても、甘くて美味しいのです」とニコリと笑顔で答えた。


最初だけ酸っぱくて、あとが甘くなるから嘘はいっていない。


父上は「ふむ。ではひとつもらおうか……」と僕が差し出した飴玉を手に取った。


これは父上の面白い顔が見られるかもしれない。


僕は期待でワクワクした顔をしていたと思う。


「……」


父上は口に入れようとして、僕の顔を見ると怪訝な顔をして飴玉を見つめた。


あ、あれどうしたのかな?


すると、父上は馬車の窓からルーベンスを呼んだ。


「ライナー様、どうされました?」


「なに、リッドからの差し入れだ。とても甘い飴玉らしいぞ」


父上はニヤリと悪い笑みが浮かんでいた。


「とても甘くて、うまいのだろう?」


ばれた‼ 


僕は「はいとても甘いです……後味が」後味の部分は小さく、かすれるような声で言った。


恐らくルーベンスには聞こえていない。


「そうですか、では遠慮なく頂きますね」


ルーベンスはにこやかな笑顔で飴玉をポイっと口の中に入れた。


そして、みるみる表情が変化……しなかった。


だが、その顔には少しずつどす黒い影が出ている気がする。


「なるほど、確かに甘いですね……後味が、ですけど」


父上はその様子に「ククク」と笑いを堪えている。


対してルーベンスは僕と父上を激しく睨むと僕に言った。


「そういえば最近、リッド様も実力が上がってきていますから今度、本気でお相手しようと思いますがよろしいですよね? ライナー様」


「ククク、いいぞ。性根を叩きなおすつもりでするが良い」


「……すいませんでした」


二人はとても楽しそうに息の合ったやりとりをしていた。


ルーベンスが本気を出したら、僕はコテンパンにされるだろう。


屋敷に帰ってからの訓練が少し憂鬱になった。


そんなやりとりをしていると、馬車の揺れが大分減ってきた。


「父上、馬車の揺れが大分減ってきましたね」


「ああ、レナルーテとマグノリアの国境近くだからな。もうすぐ、レナルーテの関所だ」


ようやく、レナルーテに着く。


ということは馬車ともおさらばできるわけだ。


そう思うと、大分気分が楽になった。


すると、外からディアナの声が聞こえてきた。


「レナルーテの関所が見えてきました」


僕はその声に反応して、窓から関所を見ると少し驚いた。


関所というより砦という感じだ。


思ったよりも大きい。


出入口の門は木で作られていて、城門という感じだ。


その城門前には、ダークエルフの兵士が二人ほど、槍を持って立っている。


僕たちにはすでに気付いている様子で少し警戒しているのが離れていても少しわかった。


その時、ルーベンスが僕たちに言った。


「先に行って、我らの事を伝えて参ります」


父上がコクンと頷くと、ルーベンスは乗っていた馬の腹を足で叩いて駈歩で関所に先に向かっていった。


そして、僕たちの馬車が近づくと同時に門が開かれて砦の中に入った。


そこで一旦馬車は止められた。


すると、ダークエルフの兵士が馬車に近づくと「身元確認の為、書類と合わせてご本人にお目通り願いたい」と言った。


その声に父上はサッと立ち上がり、馬車のドアを開けた。


「マグノリア帝国、バルディア領当主。ライナー・バルディアだ。これで良いか?」


「ハッ、大変失礼致しました。お目通りさせて頂き、光栄です」


ダークエルフの兵士は父上の姿を見ると一礼してからサッと引いた。


父上は言い終えると、すぐに馬車の椅子に腰かけた。


しかし、僕は馬車の窓から見た兵士の姿にテンションが上がっていた。


それはまさに「ときレラ!」で本編とは関係ないところでプレイヤー達が盛り上がっていた要素そのままだったからだ。


その要素とはダークエルフの兵士の姿が明治維新後の日本を彷彿させる軍服を着ているのだ。


少し四角い形の印象がある制帽。


黒を基調とした長袖、長ズボンの軍服。


膝元まである軍靴。


そして、やっぱり目につく腰にある軍刀。


うん、どう見ても、前世の記憶にある昔の日本で見たことある感じですね。


そんなに本編をやっていない僕でもこれは覚えていた。


というのも、今思い出すと懐かしい職場の後輩がお勧めしてくる中で、この要素があったのだ。


僕は後輩の言葉をしみじみと思い出す。


「ダークエルフと和ですよ、和‼ しかも和洋折衷時代です‼ そのルートの雰囲気は最高ですから一回見てください‼」


ごめん。


かなり、お勧めされたから覚えていたけどゲームは未読スキップしてしまったよ。


でも、直接見たのだから後輩も許してくれるはずだ。


僕はそう思うことにした。


だが、そもそも何故レナルーテが和洋折衷になっているのか? 


実はこれには理由もある。


それは、数年前に起きた「バルスト事変」に起因している。


当時、マグノリアが表向き同盟国となり問題を解決した時、レナルーテの国民が友好的かつ積極的にマグノリアの文化を生活に取り入れたのだ。


元々、和に近い文化を持っていたレナルーテが西洋に近いマグノリアの文化を取り入れた結果、明治維新後の和洋折衷が溢れる感じになったわけだ。


でも、何故そこまでレナルーテの国民がマグノリアに友好的になったのか? 


それは彼らの出生率が関係している。


ダークエルフは寿命が非常に長い。


そのせいか、他の種族よりも子供が出来にくい体質らしい。


その為、種族として国として大きな問題になっている。


なので、ダークエルフは種族的にとても子供を大切する。


国民全員が自分自身の我が子のように子供を見守る、そんな風潮があった。


そして、当時バルストの奴隷狩りが狙ったのがダークエルフでも価値高い子供達だった。


だからこそ、バルストとレナルーテはより拗れて関係は悪化した。


そこに付け込んで、塩の供給までちらつかせてレナルーテを属国にしたマグノリアも中々だとは思うけど。


今回、婚姻するにあたって、現状のレナルーテについて学んだ時に後輩の言っていたことも思い出した。


だけど正直、和洋折衷よりも目的は別にある。


僕が少し考え込んでいる間に馬車が気付けば、関所を抜けてレナルーテ国内に入っている。


そして、新たに目に入る光景。


それは「田園風景」だ。


そう「米」がある。


僕はたまらずに声に出した。


「父上、田んぼですよ‼ 田んぼ‼」


「うん? 確かにマグノリアでは見ないが、レナルーテでは珍しくないぞ」


父上には僕の感動が伝わらなかった。


でも、僕はとても感動していた。


マグノリアの食事はパン、肉、スープ、サラダなどが基本だ。


米なんてまず出てこない。


いつか何とか出来ればと思っていたけど、こんなに早く改善出来る機会が来るとは思っていなかった。


でも、だからこそ今回はクリスに来てもらったのだ。


絶対に商流を作る、そして米をバルディア領に輸入できるようにしてみせる。


と田園風景を見ながら決意を新たにするのだった。


その時、父上から声をかけられた。


「恐らく今日中には、レナルーテの王城に入るだろう。だが、レナルーテの王とは恐らく明日、会うことになるだろう。今日はゆっくり休むようにしておけ」


「わかりました。万全で臨めるように致します」


僕は力強く父上に言葉を返した。


父上は僕の言葉に安堵したようだが、一転怪訝な顔をすると僕に言った。


「……吐くなよ?」


「レナルーテの王の前で吐くわけ、ないじゃないですか……」


僕は父上の言葉で力が抜けてしまった。

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