第39話 新たな武術
「リッド様、もっと私の動きをよく見て下さい‼」
「……‼ クッ‼」
言われた言葉に反応しながらルーベンスの手、足、目線など一挙一動を感じながら必死に彼の木剣による斬撃を躱す。
しかし、木剣を躱すと今度は蹴りが来たり、直接つかもうとしてきたり何でもありだ。
いま、屋敷の訓練場で僕にルーベンスは稽古をつけてくれている。
当然、手加減はしてくれるが彼は僕が集中して躱せるギリギリの所を攻めてくる。
だから、訓練中は集中を切ってしまうと大けがに繋がりかねない。
そんな、激しい動きだった。
しかし、さすがにこれだけの動きをしているとすぐに息が上がってくる。
そんなタイミングを見計らって彼は休憩を入れてくれる。
「リッド様、休憩にしましょう」
「ハァ…ハァハァ……きつーい‼」
「休憩」で動きを止めるとその場で汚れるのもいとわず、仰向けで大の字に寝転んだ。
彼はそんな僕の様子を微笑んで見ている。
「でも、リッド様はやっぱりすごいですよ。その年齢であれだけの動きが出来れば十分です。あとは経験を積めば、どんな相手でもある程度の対処は出来そうですね」
「そう? ハァ…ハァ…ありがと……」
返事をするのも億劫だ。
何せ、ずっと集中して相手の動きを見続けなければならないので、かなり大変だ。
さらに最近だと、痛みに慣れる訓練も追加されている。
ルーベンスに笑顔で「仰向けに寝転んで下さい」と言われた通りにしたあと、初めて腹に重しを落とされた時は「グホッ」と腹を抱えて悶絶してしまった。
子供にすることじゃない、とこの時ばかりは思った。
だけど、「これも立派な訓練ですから」とルーベンスはどこ吹く風だった。
それでも、何度かするうちその訓練にも体が慣れてきた。
でも、ここまでの動きが出来るのもリッドの身体能力が高いおかげだろう。
改めてそのハイスペック、天賦の才とも言うべきか、ともかく感謝しかない。
そんなことを思っていると、ルーベンスがおもむろに興味深いこと呟いた。
「ふむ、リッド様なら魔力による身体強化の訓練をそろそろしても良いかもしれませんね」
「魔力による身体強化……⁉」
僕は仰向けの状態からむくりと起き上がり、先ほどまでの疲れを忘れて目をキラキラ光らせて彼を見つめた。
魔力による「身体強化」なんてものがこの世界にあったとは知らなかった。
前世の記憶にもそんなものはない。
サンドラからも聞いたことも無かった。
実は自分でも試してみたことはあるが、うまくいかなかった。
魔力と体がうまく馴染まず、ただ魔力を垂れ流すだけで終わってしまったので一旦諦めたのだ。
そんな、僕のキラキラした目にルーベンスは少し引いた顔をしていたが咳払いをして説明をしてくれた。
魔力による身体強化が扱えるようになる条件は主に二つ。
①魔力変換が扱えること
②一定以上の武術を扱えること
魔力変換はわかるが「武術」とはどういうことだろうか?
免許皆伝的なものだろうか?
説明を聞いて怪訝な顔している僕にルーベンスは説明を続けた。
「武術という言い方をしましたが、要は体の動かし方をどれだけ熟知しているかですね。魔力だけを体に纏っても、体の動かし方を熟知していない限り魔力による身体強化は発動できません」
僕はルーベンスの話を興味深げな顔で聞いている。
なるほど、だから以前、自分でやった時は身体強化がうまく発動しなかったわけか。
あの時はまだ、ここまで激しく体を動かすことができなかった。
でも、気になることもあるので質問をすることにした。
「うーん。でも、魔法に必要なのは魔力とイメージだよね? なら、強くなる体をイメージすれば身体強化は出来そうだけど? それじゃ駄目なの?」
「はい。強くなるイメージだと漠然すぎるので発動には至りません。それに、身体強化には魔法の発動に必要なイメージを無意識に近い形で継続しないといけないからです」
なんだって‼ 無意識で常に発動しないといけない?
かなりレベルが高そうだけど、そんなこと可能なのだろうか?
僕が難しい顔しているのを見て彼はさらに説明を進めた。
「無意識と言っていますが、ようは感覚的なものですね。全身に魔力を流しながら体の動きと魔力が連動していくイメージと感覚を掴むのです。ただこれを会得する為には、自分の体の動きが把握出来ることが大前提ですね。自分の体がどう動くのか把握も出来ていなければ、魔力がついてきませんから」
「うーん。つまり、体の連続する動きの把握と予測。そして、連続する動きの判断が無意識レベルに出来ないと、魔力が体に付いて来ない感じなのかな?」
「恐らく、難しく言うとそんな感じかもしれませんね。でも私たち騎士は、魔力を考えるより感じろ、と言われますね」
なるほど、確かにその通りかもしれない。
魔法だと型を作って、イメージを完成させれば無詠唱魔法が使えるようになる。
身体強化は無詠唱で使うのが前提だから、この場合は型となる体の動きがある程度完成してないと魔力があっても発動が出来ないということだろう。
身体能力についてもある程度の完成が求められるならサンドラは使えないのはしょうがないかも知れない。
彼女は研究ばかりしていたと言っていたから、恐らく身体能力はそんなに高くない気がする。
多分。
思慮深い顔で考えていると「パン」と手を叩く音が聞こえた。
「ささ、考えるのはここまでにして、身体強化の特訓をしてみましょう。使えるようになれば、恐らくリッド様に敵う同年代はそうそういないはずですよ」
ルーベンスが楽しそうに微笑んでいる。
同年代で僕に敵う相手がいないか。
ちょっと、心が擽られる。
よし、とりあえず頑張ってみよう。
「わかった。どうすればいいの?」
「まずは魔力を体全体に巡らせてひたすら、訓練場を周回します。魔力と体の動きが同期してくると通常の動きでは、ほとんど息があがることはありません。まず、その感覚を掴みましょう‼」
「訓練場をひたすら走る……ね」
ルーベンスは身体強化を会得する方法を最後はどや顔で教えてくれた。
だが、色々聞いたことをまとめると、僕が身体強化を覚える方法の第一印象は「スポ根」だった。
しかし、彼の一言に、ちょっと気になったことがあるので質問する。
「ルーベンスの説明に体の動きと同期すると息があがることがないって言っていたけど、それって普段から僕の訓練でも使っていたの?」
「あ、気付きました?」
彼は悪戯な笑みを浮かべていた。
通りでいつも長時間の訓練しても彼は息があがらないわけだ。
かたやスタミナが半無尽蔵。
対してこちらはスタミナが有限。
そんな状態で訓練してもルーベンスには勝てるはずもない。
そう思うと、今まで必死に彼に勝とうとしていたことが、実はアンフェアで理不尽な稽古だったような気がしてきて、悔しさが押し寄せてきた。
この時、僕の中にある反骨心と負けん気に火が付いた。
「ふ、ふふふふ……」
「り、リッド様?」
僕は不敵な笑みを浮かべ、母親譲りの黒いオーラを「オォォ……」と出し始める。
「……身体強化を使えるようになったらルーベンスを必ず倒すからね?」
彼は僕の言葉が意外だったのか、さも楽しそうに挑発的な「どや顔」をして僕に言った。
「出来るのであれば、是非してください……」
その言葉を吐いたことを絶対に後悔させてやると心に誓った。
訓練を開始すると早速、魔力を全身に纏うイメージで訓練場を走った。
最初は今まで通りと変わらなかったが、しばらく走り込むと魔力が全身に行き渡っているそんな感覚が巡りはじめた。
すると、それからは息が楽になりいくら走っても息も切れず、疲れにくくなった。
ルーベンスにそのことを話すと目を丸くして驚いていた。
「感覚を掴むのが、早過ぎます……」
「そうなの? でも僕はサンドラと魔法の練習はかなりしているから、それも関係あるのじゃない?」
正直、武術よりも魔法を優先して訓練はしていた。
その話をすると彼は「なるほど」と納得していた様子だった。
「確かに、リッド様は魔法もちゃんとした講師の指導のもと受けていますから、身体強化の上達は早いかもしれませんね。魔武両道とは羨ましいです」
「ちゃんとした講師」という言葉にサンドラが当てはまるのだろうか?
と疑問に思ってしまうが、指導は適切だと思うからそういうことにしておこう。
でも、魔法が使えて武術が使えるのは普通ではないのかな?
気になったのでこれも質問してみた。
「いま、魔武両道って言ったけど騎士団の人たちは違うの?」
「いえ、騎士団に所属しているものは全員、魔法と身体強化を使えます。ただ、魔武両道というのは、どちらも一定以上の実力も持った者に使う言葉です。」
僕はそんな言葉があるのだと「へー」と返事をした。魔武両道か、魔法と武術があるこの世界ならではの言葉だと感心した。
「リッド様は幼いながらもすでに魔法と武術をその一定以上を超えています。今も同年代どころか10歳前後では相手にならないでしょう」
「そこまではないでしょ? まぁ、相手がルーベンスしかいないからわかんないけど……」
「今まで身体強化無しで、私の訓練に対応出来ている時点で凄いのですよ。まぁ、いずれお判りになると思います」
僕が不思議そうな顔をしているのを見て、ルーベンスはずっと楽しそうに微笑んでいた。
「では、次の訓練に行きましょう。次はその状態で全力疾走してください」
「うん。わかった」
こうして、この日は身体強化の基礎訓練ということで魔力を体に張り巡らしながら走り込み、全力疾走、腕立て、腹筋など基礎訓練を続けた。
身体強化が発動出来ていると全然疲れない。
訓練はあっという間に終わってしまった。
次からは身体強化をしながら、ルーベンスと打ち合うことになった。
僕はこの日から打倒ルーベンスを掲げて、身体強化の練習と基礎魔力量増加のために毎日、早朝に走り込みをするようになったのであった。
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