第27話 逆襲のクリス
執務室にて父上と二人で「月光草」や「魔力回復薬」の話をあらかた打ち合わせをした。
今後も必要になるだろうが、今はこれで十分だろう。
父上も僕と同様の判断をしたようだ。
二人だけで執務室で話すために退室させた、執事のガルンを呼んだ。
「ライナー様、お呼びでしょうか?」
執務室のドアがノックされ父が返事をすると、ガルンが「失礼します」と入室する。
父上は空になった、紅茶のティーカップを差し出す。
「ああ、すまん。紅茶を再度頼む。紅茶を持ってきたら、そのまま我々の話し合いに参加してもらう、よいな?」
「はい。承知致しました。リッド様はいかがしましょう?」
「僕は大丈夫」
自分のティーカップにはまだ紅茶が残っている。
それに、前世だと熱いのが好きだったのだけど、リッドになってからはぬるいほうが好みだ。
「承知致しました」僕の返事にガルンは軽く一礼をすると、綺麗な所作で紅茶のティーカップを父上から受け取り、そのまま一旦部屋を後にした。
ガルンが部屋を出ると、父上は僕の顔をみると少し遠い目をして話し始めた。
「しかし、ガルンにはリッドの事をいつか伝えねばなるまい。知らなければ情報漏洩は防げるが、連携がうまくいかなくなってしまうこともある。今後のお前の立場を考えれば無暗に話す必要はないが、味方は増やしていくべきだろう」
父上は無表情ながらも心配そうな声色をしていた。
「リッドの事」というのは僕が前世の知識を持っているということだろう。
でも、「今後のお前の立場」とは少し大げさな気がする。
「ガルンに対しては申し訳ないですが、最低でも魔力枯渇症の治療薬が出来るまでは伏せていようと思います。完成後はおりをみて判断するしかないですね」
「ふむ、その辺が妥当なところか」
魔力枯渇症に関わる情報は秘匿度合が高い。
試薬品も出来ていない現時点ではまだガルンに話すべきではないだろう。
「それに、私の秘密を話さずとも、父上からガルンに情報漏洩の観点から話せないと伝えた上で、父上と私で秘匿情報を共有していると伝えておけば良いのではないでしょうか?」
ガルンは信用できる人物であり、察しも良い。
恐らくここまで言えば、伝えたいことはわかるだろう。
「ふむ。それもそうだな。薬の件でガルンに指示が必要な場合は暗号を作れば良いか……わかった、それでいこう」
打ち合わせが終わり、少し時間が過ぎるとガルンが紅茶を持って執務室に戻ってきた。
父上は先ほど、僕と打ち合わせた「秘匿情報」について説明をした。
ガルンは表情を変えないまま父上の話を聞くと最後に「承知しました」と僕と父上に一礼をした。
その時、ガルンが少しだけ僕に対して嬉しそうに微笑んでいた気がする。
湯気で香り立つ紅茶を口に含み、喉を潤すと父上は帝都であったことを話してくれた。
大体は手紙で事前にもらっていたことの再確認であったが、「クリスだけに茶番を行うこと伝えずに劇場を開いた」ことを聞いた時はクリスの手紙にあった「だまし討ちをされました」を思い出して思わず「このことか……」と呟いてしまった。
父上はその様子に少し怪訝な顔をしたがそのまま話を続けた。
クリスを他国の貴族令嬢と知らずに、やたら噛みついたローラン伯爵には皇帝から直々にクリスに対しての賠償金を命じたらしい。
だが、クリスはそれを辞退。
ただ、彼女はそれで終わらせるほど慎ましい女性ではなかった。
クリスはその日、皇帝のアーウィンより、先日のローラン伯爵が彼女に行った非礼の件で謁見の間に呼ばれた。
皇帝から賠償金の話を持ち掛けられたが辞退。
皇帝より、何かほかの望みはないか?と尋ねられた。
彼女は大勢の貴族に囲まれるなか、毅然とし凛と響く声を出した。
「では、この場で申し上げたきことがございます。皇帝陛下よろしいでしょうか?」
「うむ。では、この場でクリスが申したことはマグノリア皇帝の名において不問とする。好きに申せ。」
アーウィンは彼女が何か考えていること察して、あえて「すべて不問とする」と言ったのだ。
これでクリスは、この場においては皇帝と同等の言動が出来る状態になった。
皇帝の隣には皇后のマチルダがいるが、クリスと皇帝のやりとりを見て、これから起きることに期待して目が爛々と輝いていた。
「では、申し上げます。誰にでも間違いはありますので賠償金は不要です。ただ、これからは噂を信じず、裏付けの取れた情報を元にお話をされたほうがよろしいかと。皇帝陛下の臣下で、栄えあるマグノリア帝国の貴族が自ら今回のようなことをしてしまえば外交の場では他国に侮られ、国の汚点となります。マグノリア帝国の貴族の皆様には恐れながらその点を重々ご理解頂き、この機に己を顧みて反省をして頂ければと存じます。」
クリスの言葉は皇帝含めマグノリア帝国の貴族達を呆気にとり絶句させた。
貴族達が絶句する中、皇帝の隣の玉座に座っていた皇后のマチルダだけは扇子を開き、口元を隠して俯きながら、肩と体を細かく震わしていた。
クリスはローラン伯爵が行った行為は、マグノリア貴族全体の問題であると論点を大きくしたのだ。
皇帝の臣下で伯爵ともあろうものが、安易な噂を信じて他国の貴族令嬢に許されないほどの暴言を吐き、侮辱した。
彼女はそれを、ローラン伯爵に対して教育不行き届きだった、帝国貴族全体の問題であるとした。
通常なら国際問題にもなりかねない、帝国貴族全体に対する侮辱である。
だが、ローラン伯爵からの賠償金を彼女が辞退したこと。
皇帝が宣言した「すべてを不問とする」という言葉。
これにより、帝国貴族全体が商会を運営している程度の男爵令嬢に対して何も反論できない、手玉に取られた状態となった。
帝国貴族の面々は男爵から公爵、辺境伯に至るまでのすべてが、「ローラン伯爵と同様に、仕事が出来ない貴族連中」の括りにされてしまったのだ。
クリスの言葉に、呆気にとられ絶句した貴族達は我に返ると様々な反応をした。
怒りに震える者。
笑いをこらえる者。
感心する者。
ローラン伯爵を睨む者。
帝国貴族の彼らからすればクリスは本来「吹けば飛ぶ程度の小娘」だ。
その小娘に手玉に取られる原因を作ったローラン伯爵は、賠償金の時は怒りで顔を真っ赤にしていたが、いまはサーっと血の気が引いて真っ青になっている。
ちなみに帝国貴族達の反応は「笑いをこらえる者」が大半だった。
「ゴホン‼」大きな皇帝の咳払いが聞こえ、謁見の間にいる者、全員が皇帝に注目した。
「クリス、ありがたい諫言心入る。我が臣下達の教育が足りず、大変辛い思いをさせ申し訳ない。この場を代表して私より謝罪させて頂こう。申し訳なかった」
アーウィンは玉座から立ち上がり、ゆっくり歩きながらクリスに近づくと、
頭を軽く……ではなく、90度ぐらいまで思いっきり下げた。
思いきりが良過ぎである。
謁見の間にいた貴族達には電撃と動揺が走る。
一貴族のミスにより皇帝に頭を下げさせるなど前代未聞だ。
クリスはアーウィンのした謝罪の態度に驚き、内心動揺するがすぐ皇帝の異変に気付く。
肩と体を細かく震わして「プッ、クックククク……」と顔まで赤くして何かに耐えている。
見方によっては、屈辱に耐えているように見えているかもしれない。
現に離れたところにいる貴族からはそう見えただろう。
皇帝のその様子に、何かを察したクリスはその場で跪き。
頭を90度ほど下げている、皇帝より低くなるように頭を垂れる。
「皇帝陛下、悪ふざけが過ぎます」
クリスが皇帝にしか聞こえない、小さな声で皇帝に囁く。
「す、すまん。だがクリスの言動が面白過ぎて笑いが我慢できなかったのだ。許せ」
二人だけのやりとりが終わると、皇帝は頭を上げ姿勢を正し、威厳のある声で叫んだ。
「この場のやりとりはすべて、最初に皇帝である私が不問とすると伝えておる。もし、私がした行動に、疑問や苦言を呈するのであれば己の過ちと認識して悔い改めよ。よいな‼」
謁見の間に介していた貴族達は皇帝の言葉に全員で跪き、「ハハッ‼」と返事をした。
そして、皇帝は周りを見渡し、ローラン伯爵を見つけると自ら彼に近づき声をかけた。
「ローラン伯爵、面を上げよ」
「は、はは‼」
先程の皇帝の下知により跪き、頭を垂れていた彼は急いで立ち上がった。
アーウィンはそんな彼ににっこりと黒い笑みをみせる。
ローラン伯爵は異様な圧を皇帝の笑顔に感じ後ずさりしたいと思うが、不敬になりかねないので必死に耐えた。
「ローラン伯爵、貴殿のおかげで私は皇帝の人生において、初めて人に頭を下げたぞ。頭を大勢の前で下げるとはこういう気分なのであるな。いや、私もまだまだ未熟だ。頭を下げられることはあっても、私自身が下げたことがなかったと気付くことができた。貴殿のおかげだ。礼を言うぞ?」
「い、いえ、滅相もありません」
ローラン伯爵は全身から血の気が引いていくのを感じた。
「それで、貴殿は何をしておる?」
「は?」
「皇帝が頭を下げたのに、原因となった貴殿はクリス令嬢に頭を下げんのか?」
「い、いえ‼ 今すぐに‼」
ローラン伯爵は急ぎ、皇帝とのやりとりで、跪いたままのクリスに謝罪をしようとする。
だが、クリスは容赦しない。
右手の手のひらをローラン伯爵に向けて「止まれ」の仕草をする。
「いえ、皇帝陛下から身に余る心からの謝罪をお受け致しました。誠に申し訳ありませんが、ローラン伯爵様からの謝罪はご遠慮させて頂きたく存じます」
「フフフ、皇帝に頭を下げさせておきながら、自らは謝罪することもできぬとは、身から出た錆だの。ローラン伯爵」
「そ、そんなぁ……」
クリスと皇帝の言葉を聞いたローラン伯爵は真っ白な砂となりその場でサラサラと崩れさった。
(実際はその場で膝から崩れ落ちて、がっくりしただけだが)
クリスは皇帝陛下ににっこり笑顔をみせてから再度、跪いたまま凛とした声を発した。
「皇帝陛下、この度は他国の男爵家程度の小娘が、栄えあるマグノリア帝国貴族の皆様に対して差し出がましいことを申しました。お許し頂ければと存じます」
「良い。許す‼」
皇帝のアーウィンはうっぷんが晴れたように喜色満面となっていた。
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