第15話 月光草と魔力回復薬(2)

 今日はサンドラと魔法の修練の日だ。


基本的に魔力変換、発動、型をひたすら反復練習だ。


反復練習をすることで魔力量を増加させることが当分の目標らしい。


「魔法が発動できなくなるまで、魔法を発動しましょう‼」


右手の掌を腰に、左手の人差し指を空に向けて彼女は僕に修練方法を高らかな声で指示する。


僕は「はぁ」と小さなため息を出して指示に従った。


ガルンが本来は研究者って言っていたけど、修練方法が脳筋に近い感じがするのは気のせいだろうか?


まぁ、僕は魔法が使えるようになれればいいけど。


そんなことを思いつつ、今日の修練を終わらせる。


「サンドラ先生、今日お時間ありますか? 相談したいことがあるのですが……」


「大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。僕は一度着替えてきますから、サンドラ先生は先に応接室でお待ち下さい」


僕の指示を聞くと近くにいたメイドがサンドラに声をかけて、応接室に案内する。


サンドラが小声で「汗だくでいいのに」と言っていたのは気のせいだと思う。うん。


着替えてから、応接室に行くとサンドラはメイドが出した紅茶を飲みながら待っていた。


うん、サンドラも何も言わずに座っている姿はかなりの美人だと思う。


「なんかいま、失礼なことを考えていませんか?」


「い、いえ。そんなことありませんよ。サンドラ先生に見惚れていただけですよ」


「あら、それが本当なら嬉しい限りですね」


鋭い‼ サンドラは笑顔だが目が笑っていない。


彼女は発言や行動に奇抜な部分があるが、とても頭が切れる人だと思う。


ガルンの話を聞いて余計にそう思うようになった。


普段の奇抜言動もひょっとすると計算のうちかも知れない。


いや、それはないか。


「また、失礼なことを考えましたね?」


「考えていません。それより、本題をお話してもよろしいでしょうか?」


「ちょっと大事な話をするから」と言って応接室の中にいたメイド達に退室してもらった。


僕は彼女が座っている場所の正面にあるソファーに腰掛ける。


そして彼女との間にある机の上に「月光草」を置いた。


「うん? これは?」


「出所と名前はまだ言えませんが、魔力を回復させる効果がある植物です」


「ガチャン‼」彼女が僕の話を聞くのと同時に勢いよく立ち上がったため、机の上のティーカップが揺れて激しく音を立てた。


そんなことを気にする様子もない彼女は、両手の拳をぐっと握りしめている。


「これは「月光草」ですよね。やっぱり、本当に実在していたのですね……」


「まだ、先程いった通り名前と出所はまだ言えませんので、ご了承下さい」


僕は軽く、ペコリと頭を下げる。


彼女がここまでの反応をするのは予想外だった。


それに、月光草の名前まで知っているなんて、ガルンの言っていた通り帝都で研究所に勤めていたのは伊達ではなかったのだなと感心した。


額に手を当てながら「はぁ」とため息をしてサンドラはソファーに腰を下ろした。


「取り乱して、申し訳ありません。実は私はリッド様の家庭教師をする前に、帝都の研究所の所長として勤めておりました。そこで、研究していたのは「魔力回復薬」です」


「……なるほど、なら僕が相談したいことも大体わかりますね?」


出来る限り表情は出さないようにしているけど、内心びっくり仰天だ。


ガルンに帝都で研究所に勤めていた話は聞いていたけど、まさか魔力回復薬の研究をしていたとは思わなかった。


彼女が協力してくれれば、魔力回復薬に大分近づきそうだからなんとか引き入れたい。


「魔力回復薬を制作したいということですね。リッド様は本当に末恐ろしいですね。私が「月光草」に辿り着くのにどれだけ時間をかけたか。それに、私は存在を知るだけで手に入れることはできませんでした。」


修練の時の彼女と違い、少し寂しそう表情をしながら膝の上にのせている手を拳にして力を込めている。


僕は彼女の言葉を待った、そうした方が良いと感じたからだ。


少し無言の時間が流れてからサンドラは帝都であったことを話し始めた。


魔力回復薬を作ろうと帝都では、魔法使いの精鋭が身分関係なく集められ多額の予算が導入された。


だが、身分関係なく集められた人員に多額の予算が導入されることを良く思わない、一部の貴族達から遠回しな嫌がらせが続く日々が始まる。


さらに、研究材料の調達も巧妙に阻害され結果として研究速度が大幅に遅れてしまう。


最初は集められた魔法使い達もやる気に満ちていたが、数々の問題で意気消沈してしまい。


辞める者が続出。


結果、責任を取る形でサンドラは辞任することになった。


そして、後釜に入ったのはサンドラを辞任に追いやった貴族の一人だったという。


皇帝含め、一部の貴族達はサンドラを辞任に追いやった貴族の動向を把握していたようだが、証拠がなく問い詰めることは出来ない。


それに、経過はどうあれ結果を出せなかった事実。


人員がいなくなり研究が実質的に立ち行かなくなった責任を追及される。


結果、サンドラは辞任せざるを得なくなってしまった。


彼女は貴族の出身ではあったが、辞任の騒動により実家の家族に被害が行くことを恐れた。


その為、家族を説得して勘当してもらったそうだ。


彼女が今回の騒動で一番辛かったのは家族を悲しませてしまったことだ。


サンドラは4人兄弟で兄二人と姉一人に囲まれて育った末っ子だった。


本来であれば彼女自身も貴族としてどこかに嫁がないといけなかった。


だが、何よりも魔法と研究が好きだった彼女の様子を見た両親と兄弟は、末っ子ぐらいは好きにさせてあげようと結婚を無理強いすることはなかった。


その中で、何度か出していた論文や魔法に関する知識が認められ、国家が取り組む魔力回復薬の研究に携われる。


しかも、研究所の所長として。


これほど名誉なことはない。


何よりも両親に兄妹に誇れる家族に自分もなれると思い、人知れず泣き明かした。


それなのに、その期待を最悪な形で裏切る結果となってしまった。


それが非常に悔しかった。


国、皇帝からの命令を達成できなかったとして、死罪や追放という話も一部の貴族から出たが、ライナー辺境伯を中心とした貴族達が止めてくれた。


皇帝もすでに実家であるアーネスト家とは勘当となっている為、研究所の所長の辞任だけで十分だと言ってくれた。


そして、途方に暮れていたところを助けてくれたのが、ライナー辺境伯だった。


「君は自分が思っているより優秀だ。是非、息子の家庭教師をしてほしい」


そう言われた時、サンドラは自分の中で何かが崩れてライナー様の胸の中で大泣きしてしまった。


過去を話す彼女は、恥ずかしそうに笑っていた。


「……そしていま、私はここにいます」


僕は何を彼女に言えば良いのだろう?


家族に好きなことをさせてもらい、その恩を返せると喜んだ矢先に、心無き扱いを受け、責任を取らされる。


そして、大切だった家族との関係も断絶され彼女はここにいる。


その原因となった魔力回復薬の研究を僕はまた、彼女にさせようとしている。


非常につらいことを彼女にさせることになるのかもしれない。


でも、僕だって母上を助けたい。その気持ちは絶対に譲れない。


「……そっか。でもね、僕も家族助けると決めた。だから、絶対にサンドラに協力してほしい」


「……家族ですか?」


彼女の目には少し涙が滲んでいたが、そのまま不思議そうな顔をして僕を見ている。


「ここだけの話にしてほしい。僕の母上は「魔力枯渇症」だ。だから、今のままでは必ず近い将来に亡くなってしまう。だから、特効薬を僕が作る。でも、それにはまだ時間がかかる。だから、魔力回復薬を作ることで少しでも母上に生きてほしい。時間を稼ぎたい」


サンドラは僕の言葉を黙って聞いている。


僕もここで言葉を止めるわけにいかない。


「サンドラお願いだ。力を……力を貸してほしい。僕は月光草が魔力回復薬に繋がることは突き止めたけど、魔力回復薬にする方法がわからない。それに、もし魔力回復薬が出来たら、サンドラとバルディア領の共同開発として発表。開発者はサンドラで発表する」


「それは……」


開発者はサンドラで発表という言葉に、彼女の瞳が揺らいだのを感じた。


ここで、引くわけにはいかない。


「僕はいま、ある商会に依頼して魔力枯渇症の特効薬の元になる薬草も探している。それが、手に入れば、特効薬が作れるはずだ。その時にもサンドラ、君の力が絶対に必要になる。お願いだ。サンドラ力を貸してほしい」


僕は言い終えるとサンドラに頭を下げた。


「……わかりました。顔を上げてください。リッド様。私で良ければお力になります。それに、ライナー様への御恩もお返ししたいですから。ナナリー様をお救い出来るよう最善を尽くします」


「ありがとう、本当にありがとう」


僕は彼女の手を両手で力一杯握りしめていた。


その後、二人とも感情が落ち着いてくると、ちょっと気恥ずかしさで少し顔が赤くなった。




「でも、帝都の貴族がサンドラにしたことはある意味、背任行為だと思うけどなぁ」


「まぁ、リッド様のように魔力回復薬を作れる原料に当時は目途がついていませんでしたから、絶対作れないものに多額の予算が組まれたと考えた人達には面白くなかったのだと思います」


二人とも冷静になったので、改めて今後の方針について話すことになった。


月光草については帝都の研究所に情報を残さなかったらしい。


彼女曰く、ほんの少しでも抵抗したかったので有力そうな情報は渡さなかったらしい。


「いまの帝都の研究所は本当にただの金食い虫だと思いますよ」と笑っていた。


「渡さなかったって、あとで言われたりしない? 大丈夫?」


帝都で研究に携わっていた、サンドラがこっちに付くのはありがたいが、後で研究結果を盗んだとか言われても困る。


「大丈夫ですよ。そもそも、月光草の情報は私の私物に記載されていましたし、研究所を出ていくときにむしろ持って帰れと言わんばかりに中身も確認せずに渡されたので、情報の存在自体知らないと思います」


帝都の貴族、やらかしてる。やらかしてるよ。


俺は自ら、金の鉱脈を手放した貴族に感謝した。心から。


「わかった。あとは研究施設をどうするかだね。サンドラは今どこに住んでるの?」


「町にライナー様が住まいを用意してくれたので、そこに住んでいますね。でも研究できる設備はないので、研究用の施設をもらえれば助かります」


「それは、商会と打ち合わせしてもらったほうがいいね。父上達が帰ってきたら、その話もしよう」


「リッド様、あと月光草も出来る限り用意して頂けると助かります。あと、他の薬草も何点か欲しいです」


「うん、それも商会にお願いしよう。今度、クリスを紹介するから必要なものは彼女に言ってもらえばいいから、請求も僕宛でいいよ」


「ありがとうございます‼ 研究頑張りますね」


サンドラとの打ち合わせはその後もしばらく続き、ガルンに応接室のドアが叩かれるまでずっと話していた。


ただ、最後に「リッド様……授業中では私のことはサンドラ先生と呼んで下さいね」とニコニコ顔で言われて力が抜けた。

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