第13話 動き出す商売

「リッドは絵本を読むのが上手なのね」


「うん、にーちゃまのよむえほんはね。いろんなこえがきけるからおもしろいんだよ」


「母上とメルに褒められて嬉しいよ」


 僕は母上の部屋でメルに絵本を読んでいた。


母上の様子も気になっていたし、メルも絵本を読んでほしいとせがまれたので、なら母上の部屋で読もうと言ったらメルは大喜びをしていた。


メルの言う「いろんな声」というのは文字通り「声色」を使ったのである。


アニメとかゲーム好きだったし、絵本ぐらいならと軽い気持ちで思ってやったのだが失敗だった。


メルに一度その読み方をしてからは、声色を使った読み方じゃないと満足してくれない。


登場人物の少ない絵本などであればまだいいが、絵本によっては登場人物が多すぎでかなりつらい。


メルから「さっきとこえがいっしょだよ。」と言われるとちょっと悲しい。


「それにしても、リッドの読み方は劇場とかで見た役者のようで面白かったわ。あなたにこんな素敵な特技があるなんて、とっても嬉しいわ」


母上は両手を顔の前で合わせながらとても嬉しそうな笑顔をしていた。


メルも一緒に首を縦に振って「うんうん」としている。


「ははうえ、わたしがにーちゃまに、しどうしているんだよ、わたしもほめて‼」


「ええ、メルの指導もとても素晴らしいわ」


「えへへ」


僕だけ褒められるのは寂しかったようで、メルは母上に褒められてすっかりご機嫌になっている。


母上が患っている病気は「魔力枯渇症」で自然治癒が出来ない為、今のままでは近い将来亡くなってしまう。


そのことを知っているのはこのバルディア家の中でもごく一部にしか知らされていない。


(今日はまだ元気そうだけど、顔色はやっぱりあんまり良くないな)


母上とメルの3人で談笑しているとドアがノックされ返事をすると執事のガルンが部屋に入ってくる。


「リッド様、クリスティ様がいらっしゃいました」


「わかった。すぐに行く。応接室に案内してくれ」


ガルンは「かしこまりました」と言って部屋を後にする。


メルと母上に、「では、失礼いたします」と会釈をしたらメルは「ええー」と不満顔。


母上は「いってらっしゃい」と笑顔で送りだしてくれた。


「ごめん、お待たせしました」


応接室に行くと黄金色の髪が綺麗なエルフ、クリスが立ちながら僕を待っていたようだ。


以前より、明るい雰囲気が出ている。


「いえいえ、こちらこそ本日はお時間を頂きありがとうございます」


クリスはバルディア領内にあるクリスティ商会の代表だ。


以前、試作品のリンスとアロエ化粧水を持ち込んで商品化と商売について相談したのだ。


それ以来、手紙でのやりとりを続けていた。


リンスの試作品を預けていたのだが、「これは革命です‼ 絶対商品化しましょう‼」と書かれた手紙を後日もらった。


それから、何度か屋敷に来てもらって、商品化について打ち合わせをしていた。


今日は、商品化について目途がたったということでその話し合いである。


商品を預けてからアロエ化粧水を作成するためのアロエ栽培、リンスと化粧水を作成する工場など彼女は素晴らしく迅速に動いてくれていた。


「でも、クリスの手腕にびっくりしたよ。僕一人じゃ絶対こんなに早く動けなかった」


「ありがとうございます。でも、それもリッド様から頂いた資金のおかげですけどね」


父上にお願いして得た資金のほとんどを僕はクリスに託した。


実際、資金だけ持っていても人脈、経験、商流のない僕が前に出たって邪魔になるだけ。


なら、資金と閃きと前世の知識をクリスに提供したほうが良い。


クリスは最初びっくりしていたが、名目は出資として、成功した時には色を付けて返してもらえれば良いと話して納得してもらった。


「リンスの原料となるものはバルディア領内で準備できます。アロエに関しても、栽培は難しくないので生産量は今後、増やしていけると思います」


「うん、あとはリンスと化粧水の使用方法と健康管理についての周知。それと模造品対策が必要だね」


「使用方法と模造品はわかりますが、健康管理ですか?」


この世界ではまだ「化粧水」の知識がない。


その為、化粧品と肌に相性があるということもほとんど知られていないようだった。


人の個人差、そしてこの世界で言えば種族によっても化粧水との相性はあるだろう。


そのことを説明するとクリスは「そんな、知識までお持ちとはどんな本を読んでいるのですか……?」と呆れていた。


それと、重要なのが模造品対策である。


この世界にまだない需要の高い商品を出せば当然、それを模倣しようする者が現れる。


それは良い。


だが、粗悪品で健康被害が出てしまうと化粧水とリンス自体の信頼が崩れかねないので、対策はしておくべきだろう。


 一応、事前に考えていた案をクリスに話すと「それは、凄く良い方法だと思います」と太鼓判をもらった。


その対策とはアフターサービス、ブランドロゴ、代理店設営、広告塔の4つである。


アフターサービスは前世の記憶にある、


化粧品会社であればどこも結構していることだが、化粧品が合わない場合は購入、使用後であっても返品対応をするということ。


そして、ブランドロゴを商品に焼き印でもなんでもともかく付ける。


ロゴはバルディア家の紋章を入れようと思う。


要は貴族であるバルディア家がこの商品の後ろ盾になっていると、すぐにわかるようにという意味もある。


それに、貴族の紋章を勝手に部外者が使用しようとすれば、罰することも出来るからだ。


あとは、使用方法をしっかりレクチャー出来る店員を配置した代理店を作る。


この代理店についてはクリスの実家「サフロン商会」に目途が立っている。


帝都に関してはクリスティ商会からも店舗を出す予定ではあるが、もともとサフロン商会も帝都には店舗を構えている。


それに、帝都も広いので人員も揃っていないうちが新しく何店舗も出すよりも、圧倒的に手早く動けると思う。


それに、クリスは実家のサフロン商会と仲違いしたわけではない。


クリスが兄に近況報告を兼ねて新しい商品についての代理店販売について打診すると、すぐに帝都からサフロン商会のトップが来たらしい。


「リッド様の商品はこの世界の女性たちに革命を起こしますからね。そこには莫大な商流と金脈が生まれます。この商品であれば、商人は誰でも乗ってきますよ」


そんなに凄い商品のつもりはなかったのだけれど、そういうことらしい。


「あと、広告塔の件はクリスに話していた通りにお願いして大丈夫ですか?」


「うーん、自信はありませんが、出来る限り頑張ろうと思います」


彼女にお願いしたのは広告塔である。


クリスはとても気品あふれる美人である。


しかも、エルフということで帝都の貴族からやっかみを受けにくい立場だ。


なので、彼女が「このリンスと化粧水でさらなる美しさを手に入れることができた」と言えば説得力も増すだろう。


それに、リンスでサラサラ、つやつやになった彼女の金髪は僕からも見ても綺麗だ。


書類に目を通しているときに前髪に手をやり耳の後ろに回す仕草はかなりドキッとする。


「あとは、父上への報告、サフロン商会の人を呼んでリンスとアロエ化粧水の知識研修。それと、皇妃様と皇女様への献上だね。クリス、お願いね」


「それ、本当に私が行くのですか?さすがにサフロン商会にいた時でも皇族の方に謁見したことないですよ」


「大丈夫、父上には了承もらったしね」


「まぁ、頑張ってみますけど」と彼女は、皇族との商談に対して楽しみだが少し緊張しているといった様子ではにかんでいた。


リンスとアロエ化粧水のことはガルンと父上にも経過を相談、報告済みだ。


報告の度に、二人とも目を丸くして驚いていたのが印象的だった。


その中で以前、執務室で報告をしていると父上から指摘が入ったのだ。


「そんなに、素晴らしい化粧品類であれば、皇妃様と皇女様に献上しておくのが良かろう。そうすれば、模造品対策にも繋がる。それに皇族御用達の商品ともなれば、帝都の話題ともなろう」


「かしこまりました。それでは今度、父上が帝都に行かれるまでにご準備致します。あと、皇族の皆様への商品説明ですが、クリスティ商会の代表にお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」


商品説明を商会のエルフにお願いしたい、という言葉を聞いて父上の目が少し厳しくなる。


「何故、リッドではなく商会にさせるのだ?」


「はい。まず商品の説得力を高める為です。6歳である私が女性の美について関わる部分を説明してもまず半信半疑になります。ですが、クリスは気品も良く美しい女性です。もし彼女がこの商品で美に磨きがかかったと言われれば、誰もがそうなりたいと思うでしょう」


「ふむ」と頷く父上をみて好感触であることに安堵しつつ、もう一押し加える。


「それと、彼女の美しさを見た貴族の男性の中には「妻や娘に渡したい」と思うものもいるでしょう。特に若い奥様をお持ちの男性は特にそう思われるかもしれません。それにより、この商品でバルディア家が利を得ることに対してのやっかみなどの目を少しはそらせるかと」


父上は机の椅子に座り僕の言葉を黙って聞き終えると、「はぁ」とため息をついた。


あれ、なんか失敗した?


「……若い奥様をお持ちの男性は特にそう思われるかもしれません。だと?リッド、お前はまだ6歳なのに意味を分かって言っているのか?だとすれば、随分と私の子供はませているようだな」


一緒に横で聞いていたガルンは口元を抑えながら、顔を少し下げて体をプルプルと震わしている。


あ、これ言い過ぎたやつだ。


やば、なんて弁解しよう。


「まぁ、よい。リッドの言わんとしていることは理解した。確かに、6歳のお前が商品説明しても、説得力はあるまい。それに、お前がこの商品を作ったとなれば余計な敵も作りそうだ。よかろう。クリスティ商会の代表と帝都に行くことにしよう」


僕の慌てた様子を見て、少し呆れた様子の父はクリスが帝都に同伴することを許してくれた。


 父上とのやりとりが終わった後日、クリスが商品説明することになった件を話したら「ええ‼私が皇族の皆様に謁見するのですか⁉」と驚愕していた。


何でもこの世界では大手に入る「サフロン商会」であっても、皇族に謁見が許されることなどまずない。


人族以外が代表をしている商会が皇族に商品説明の為とはいえ謁見できるかもしれないというのは結構、歴史的快挙かもしれないと言われた。


「私、商品説明の件は本当にびっくりしました。サフロン商会でも話題になっていて、人族の商圏に風穴を開けたって」


「まぁ、これからが大変だからまだ安心はできないけどね」


化粧品類についての打ち合わせがある程度終わると、クリスは「あ、忘れていました」と、鞄から袋を取り出して「ある商品」をみせてくれる。


商品を見た僕は驚きとともに座っていたソファーから身を乗り出していた。


「リッド様から依頼頂いていました「月光草」でおそらく間違いないかと思いますが、いかがでしょうか?」


「……うん、多分これだと思う、本当にありがとう」


「月光草」はゲームの中では魔力回復薬の原料になっていた素材アイテムだ。


そのまま使用しても効果はあるが、加工したほうが効果は高まる。


これで母上の進行を遅らせることが出来るかもしれない。


そう思うと、目頭が熱くなり涙が頬を伝った。その様子にクリスが目を丸くしている。


慌てて「ズズッ」と鼻をすすると、涙を服の袖で拭い「本当にありがとう」とクリスに頭を下げてお礼を言った。


「いえいえ‼ そんな、頭を上げて下さい‼ ……それに、ルーテ草がまだ見つかっておりませんので、こちらは今後も探してみますのでもう少々お時間を下さい」


「わかった。でも無理を承知で言うけどなるべく急いでほしい。よろしくね」


「かしこりました。出来るだけ急ぎますね」


将来がどうなるかまだわからない。


だが少しずつ前に進めている。


そう感じるクリスとの打ち合わせだった。

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