第42話
「で、質問は……まあいいか。今回のイベントの終了後に二人でご飯に行ったりするんですか?だと」
これもラインぎりぎり感はあるが、スタッフの用意したコンプラガン無視の質問よりはマシだ。
「多分行けないよね?私達」
「まあそうだな。時間的に不味い」
これに関しては行きたい行きたくないとかの意思に関係ない話だ。
今日のイベントが終わるのが夜9時で、身バレ対策も込みでどう頑張っても会場を出れるのが夜10時くらいになる。
流石にそんな時間に高校生が二人だけでご飯に行くのは色んな意味で不味い。
「ってわけで行くことが出来ません」
「というわけで次は私が選ぶね。九重ヤイバさんがASMRを先日していましたが、聴きましたか?聴いていたのであれば感想をお願いします。だって」
「お前がその質問を選ぶのか」
普通そういう質問って第三者が選んで強制的に感想を言わせる奴だろ。
「まあまあ。折角の観客からの生質問だからね。答えられるのは全て答えないとね」
とながめは笑顔で言った。観客には素晴らしいプロ意識に見えるだろうが、絶対お前が語りたいだけだろ。
「はあ……まあ俺は覚悟していたから良いが」
どうせ止めたとしても語るだろうから無駄だしな。
「じゃあ早速——」
それから3分くらい早口で俺のASMRの良さについて語り続けた。
男のASMRを褒めるのはアイドルとしてどうなのかと思うが、配信で事前にASMR愛好家であるという嘘カミングアウトを済ませているらしく、ファンからするとさして問題なかったらしい。
ちなみに嘘と分かる理由だが、俺のASMRが人生で初めてだと直接聞いたことがあるからである。
「——って感じです!良ければ聴いてね!」
つまりこいつは俺のASMRの良さを語る為だけに色んな奴のASMRを聴き、ASMR愛好家だと言い張れる位の知識を付け、視聴者に布石を張り続けていたのである。
「馬鹿だろ」
「え?」
「あ、すまない。忘れてくれ。そこまで聞いてくれてありがとう」
思っていたことが口に出てしまった。お礼を言ってごまかさなければ。
「あ、うん。普通にお礼を言われるとは思わなかったよ」
「ん?ああ」
しまった。この話を聞きすぎて適当に対応してしまった。馬鹿だろで良かったじゃねえか。
どれもこれもASMRの翌日から1週間位ご飯を食べている時に良さについて語り続けたお前が悪い。反省しろ。
「とりあえず次だな。えっと、今後オフコラボの予定はありますか。だそうだ」
やっちまった!!!何読んでんだよ俺は!!!!
適当に選びすぎた……
よりにもよって俺と水晶ながめで一番のNG項目じゃねえか!
「何も考えずに読んでしまったが、誰が書いたんだよ」
平静に戻るために観客に話しかけてみると、元気よく手を挙げるクラスメイトの面々。お前らかよ。
「滅茶苦茶多いな。ってことはまさか……」
嫌な予感がしたので適当に何個か質問の書かれた紙を開いてみる。
『やっぱり付き合うんかいYOUたち?』
『オフコラボするんだよ!』
『頑張れ!』
「お前らなあ……」
すると予想通り、悪ノリしたクラスメイトの質問が何枚か見つかった。ふざけんな。
最後なんてただの応援じゃねえか。どうしろってんだよ。
俺はクラスメイトが書いたと思われる紙を破り捨てた。
先程も見た流れに観客は笑っている。
一方そんな光景を目の前で見ていたながめは申し訳なさそうな顔をしている。
多分ウチの知り合いがすみませんとか思っているんだろうな。気にするな。俺も知り合いだ。
「まあいい。数はともかく質問自体は普通だ。答えてやるか」
「そうだね」
「結論から言うと難しいというのが答えだ」
なんだかんだクラスメイトの犯行だと知り冷静になった俺はそもそも俺たちのオフコラボは無理だという事実に気付いた。
「そうなの?」
そうなの?じゃねえよ。
「お前の事務所の話だろうが。男女コラボまでは許可されているがオフコラボは禁止されているだろ」
「そういえばそうだったね~」
「何で事務所に所属している側が忘れているんだよ」
企業勢ならルールくらいはしっかりしてくれ。
「まあ、ヤイバ君となら普通に許可出そうだけどね。マネちゃんからの評価も高いし、UNIONの事務所でASMR生配信しても事件も事故も起きなかった実績もあるし」
「えっ」
まさかの答えに思わず素の声で反応してしまった。
「そうなのか……」
俺は先程の声をなかったことにして九重ヤイバの声で返事し直した。
「?」
しかしながめは首をかしげている。
まさかさっきの声で正体に気付いたか……?
「ってことだからこっち側としては出来るんじゃないかな」
良かった。大丈夫みたいだ。今の状況は大丈夫じゃないが。
「ってことはこっち側次第ってことか。つまり無理だな」
とりあえずオフコラボを実現させるわけにはいかないので否定しなければ。
「え?」
『え~!!』
するとながめだけではなく観客も驚いていた。まあ男側が否定するのは意外だよな。
「炎上するのが嫌だからな。ここにいる奴らは恐らくそういうのに寛大だろうが、ながめはちゃんとアイドルだからな。確実に燃やす奴らが後を絶たないのが目に見えている」
でも流石にこれを言ったら納得してくれるだろう。Vtuberは異常に燃えやすいからな。
「そんなこと無いって。ねえ、皆」
しかしながめは全く諦める様子が無かった。
そこまでオフコラボがしたいのかお前は。こいつの本気を見誤っていた。
そもそもゆめなまは男女オフコラボNGなのに許可が出るかもしれないという時点で疑うべきだった。
『オフコラボやってくれ!』
『炎上は俺たちが食い止める!』
『てぇてぇで浄化するんだ!』
そんなながめの呼びかけに対して頼りになる声を上げる観客が数名。
『大丈夫だ!』
『俺たちが付いているぞ!』
『結婚しろお前ら!』
それを見た他の観客も同調するように声を上げる。
「おいおい……」
今回はクラスメイトの悪ふざけから始まったわけではなく、ながめのファンが主に動いていた。
別にお互いが知り合いのわけではないはずなのに、妙に連携が取れていた。
「おいながめ。もしかして昨日メン限配信でもしたか?」
「なんのことかな~?」
否定するながめだが、右往左往に目が泳いでいる。相変わらず分かりやすいことで。
「なるほど。アイツらは仕込みってことか」
そこまでしてオフコラボをしたいのかお前は。もう少しファンを大事にしてくれ。
「違うよ」
「はいはい、分かった。で、お前らは本当にそれで良いのか?」
あくまで違うと言い張りたいながめを軽くスルーし、観客に問いかける。
『勿論!』
『早くくっつけ!』
『てぇてぇを見せろ!』
「マジかよ……」
否定の言葉が返ってくると思っていたのだが、ほぼ全員が肯定の意を示していた。
中には『チューリング愛しろ!』という文字が書かれた大きなタオルを持参している人まで。
「でしょ?」
観客の後押しもあり強気になったながめはどや顔でこっちを見てきた。
そもそも女Vtuberとして自身のカップリングを認めるのはどうなのだろうか。
「まあオフコラボは当分ない。次だ」
これ以上話をしたらただ不利になるだけなので逃げた。
それからの質問は今後コラボでやりたいゲームはあるのかや、初対面の時の印象などの無難なものばかりだった。
「そろそろ終わりが近くなってきたしアレをやるか」
「そうだね」
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