第31話
「あ、はじめまして。アメサンジ所属の修士です」
どうやら眼鏡をかけた青いチェック柄のシャツに黒のデニムを着た男性は修士さんのようだ。字面だと『しゅうし』としか読めないが、これで『おさむつかさ』と読む。その名の通り大学院生のVtuberで、見た目の若さ的にも本当に大学院生らしい。
「あ、同じくアメサンジの秋村ヘストです。よろしくね」
と爽やかな笑顔と共に返してくれたのは秋村ヘストさん。確か王様キャラのVtuberと聞いている。王様だから中身はもっとダンディーな方だと思っていたのだが、大学院生の修士さんと並んでも遜色無いほどに若々しい。王様というよりも王子だろ。
巷で聞いた噂では、女性視聴者が80%を超えているとのこと。
「そして僕が個人勢の不破雷蔵です。はじめまして」
何を言っているんだこの人は。誰だよ不破雷蔵って。
「奏多さんですね。こんにちは」
名前を偽って挨拶をしたアイドルグループに居そうなイケメンは奏多さん。持ち前の優しい声が特徴で、FPSプレイヤーにしては珍しくアイドル的な人気を獲得している。ちなみに俺がVtuberになる前から唯一視聴していたVtuberで、FPSが非常に上手くVALPEXをプレイする上でかなり参考にしている。
「ありゃ、バレてたか」
奏多さんは悪戯がバレた子供のように笑った。
「そりゃあ声で気付きますよ」
「ってことは奏多くんの配信とか切り抜きとか見てるんだ。残念、外しちゃったか」
「じゃあ私と奏多さんの勝ちですね。流石に奏多さんのことは知ってるって言ったじゃないですか」
と残念そうに語る秋村さんと少し嬉しそうな修さん。
「何かしてたんですか?」
「うん。ヤイバくんは初対面で名前を偽った俺の正体に気付けるか夕食を賭けてたんだ」
「どうしてそんなことを……」
「ヤイバくんってさ、VtuberだけどVtuberにかなり疎いでしょ?」
「はい」
樹にVtuberを見せられる前は奏多さん以外誰も知らなかったし、Vtuberになってからもアスカの周辺以外は殆ど知らないと言っても良い。実際秋村さんと修さんはツリッターに流れてくるわずかな情報で知っていただけだ。
「だから、ヘストくんがもしかしたらヤイバくんに俺が適当な名前で挨拶をしたら騙されてくれるんじゃないって言いだしてさ。俺と士くんは流石に無いでしょと思ったんだけど、ヘストくんが絶対大丈夫だからって言ってくるからさ。じゃあ夕食を賭けようという話になったんだ」
「そうだったんですね……」
他二人だったら騙されていたかもとは口が裂けても言えないな。
「それにトークイベントの時に話のネタとしても使えそうだったからね」
奏多さんは俺がトークイベントで輪に入りやすいように色々と考えてくれていたようだ。流石古参Vtuber。
「ちなみにヤイバ君は奏多君の事はいつ頃知ったの?」
「Vtuberになるよりも少し前位からですね。デビューまでPCを持たなかったので、PC専用のFPSってものに憧れがあってよく見てましたね」
「なるほど。で、デビューPCを手に入れたヤイバ君は一気に強くなって、大会のカスタム、本番共に奏多くんはフルボッコにされたわけだ」
「言わないで!言わないで!」
ヘストさんの言葉を聞いた奏多さんはかなり恥ずかしそうにしていた。
「奏多さん、第一回のカスタムの時、初参加の九重ヤイバくんに最強が何かって分からせてあげないとね……とか散々カッコつけてイキってたんですよ」
「初回ってあの時ですか……」
「思っている通りYIB親衛隊とか言って散々煽りまくった挙句ヤイバさんに全員フルボッコにされた回ですね」
「別にカッコつけて負けるってのは奏多くんの場合よくある話なんだけど、勝負になってないくらい完膚なきまでに叩きのめされたのが堪えたみたいで」
奏多さんは適当な発言が多いからな。でもあの時は流石にワンサイドゲームにはならないだろうとの読みで言ったんだろうな。
「やめて!!その後のカスタムでほぼ毎回ヤイバくんに殺されていたとか絶対に言わないで!」
あっ……この人そこまで恥ずかしがってないな。
「にしても全く気付きませんでしたね。いつ奏多さんを殺したんでしょうか」
というわけで少し煽ってみる。
「ヤイバくん、君は僕を怒らせた。勝負だ!腕相撲で!」
そう言って奏多さんは何故か腕をまくり、机に肘を乗せて腕相撲の体勢になった。
「どうしてそうなるんですか?」
「良いから早く!」
俺がそう質問すると、奏多さんはまるで緊急事態に陥っていると感じさせる迫真の叫びで急かしてきた。
「分かりました」
勝負を受けなければいけない流れにされてしまったので、俺は奏多さんの対面に立ち、机に肘を立てた。
「士くん、レフェリー!」
「はい。それでは、レディーーーーーーーー!!!!ファァァイッッ!!!!」
と腕相撲をするには余りにも本格的すぎる合図で腕相撲が始まった。
「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!!」
それと同時に全力で力を込めているであろう奏多さん。しかし、
「えい」
弱すぎるでしょ。これさ、下手したら中学生の女の子にすら勝てないんじゃない?
「うわぁ、うわぁ、うわぁ」
「YOU WIN!prrrrrrun!」
奏多さんのセルフエコーに合わせて修さんが格ゲーらしき何かの物マネをしていた。
この人たちこれがやりたかっただけだな。
「オッス、皆!元気してたか?」
そんな感じで騒いでいる中、扉を開けて誰かが入ってきた。
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