第26話
念のためにながめが配信を切り損ねていないかを確認し、rescordのボイスチャットから抜けた。
「葵も中々やるな。まあ俺には勝てなかったみたいだけど」
俺はパソコンの電源を切り、自宅に戻ることに。
「あ、良い事思いついた」
俺はそのまま帰宅するのではなく、葵の家のチャイムを鳴らした。
するとドタバタという音を立てながら葵が出てきた。
「一真、どうしたの?」
予想通り、顔が真っ赤だった。
「いや、忘れ物をしちゃってさ」
「何忘れたの?」
「財布だね」
当然ながら俺は忘れ物をしていない。ただ顔を見に来ただけである。
「そっか。じゃあ勝手に上がってって」
「ありがとう」
「あった!」
俺は葵の死角になる位置で財布を見つけたフリをして、ポケットから財布を取り出してわざとらしく頭の上に掲げた。
「そんな所にあったんだ。気付かなかったよ」
まだ動揺しているためか、葵は俺の雑な演技に気付いている様子は無かった。
「良かった。外に落としているとかじゃなくて」
「しっかりしてよね」
「分かっているよ。そういえばさ、今日の配信面白かったね」
無事に葵の家に潜入できたので、俺は本来の目的を遂行することに。
「そ、そうだね。今回もヤイバくんがカッコよかったよ」
まさか今日の配信に触れられるとは思っていなかったであろう葵は、更に顔を赤くしていた。
「個人的には最後の質問が特に面白かったかな。答えを聞いた時はお茶を吹きかけたよ。あれ、まんま葵だよね」
「え、あ、うん、そうだね」
「ってことはさ、今後九重ヤイバと直接話せるイベントとかで会ったら好きって言われるかもよ?」
「この私が?いやないないない。あのヤイバくんだよ?常日頃もっと可愛い女の子と直接会っているだろうから無理だよ。ほら、雛菊アスカさんとか。あの人モデルみたいに可愛いじゃん」
俺の冗談に対し、両手をぶんぶんさせながら否定する葵。本人は動揺しすぎて気付いていないだろうが、その発言は雛菊アスカの中の人が美人だという事を知っていないと出ないものだぞ。
「でも葵の容姿も性格も完全に九重ヤイバの好みドンピシャじゃん。大丈夫だって」
「いや、それでもさあ、でもぉ……」
「それに、葵もモデルに負けない位可愛いから大丈夫だって。自信を持って」
「——!!!うううううう……」
残念ながら止めを刺してしまったようで、完全に思考停止している。今日はこれ以上の会話は無理そうだ。
元に戻るまで見ていたい気持ちもあるが、明日も学校だからな。
俺は葵を部屋まで運んだ後、家の戸締りをしてから帰宅した。
何気なしにスマホを開くと、DOTTOに『ヤイバきゅん、愛しています』というメッセージと、俺の好みの姿に扮した雛菊アスカの中の人の大量の写真が届いていた。
こいつ、これをやる為にあの質問をさせたな。
俺はため息をつきながら『馬鹿か』とだけ打って返した。
せめて雛菊アスカのアバターでやってくれ。生身だと晒せないだろうが。
雛菊アスカ:『ねえ、似合ってるよね?好きになってくれた???いつでも私は歓迎してるよ!!』
流石美人なだけあって非常に似合っていた。凄く可愛いとは思う。
だが、それを正直に伝えるのは馬鹿なので無視することに決めた。
すると10分後、
雛菊アスカ:『で、ヤイバきゅん。どうしてながめちゃんの見た目を知っているのかな?』
というメッセージが届いた。
「あ」
やべ。反撃することに全精力を費やしていたせいで完全に忘れてた。
ってことはつまり……
『やっぱり葵の事好きなんだな!』
『いやあ、幼馴染だもんな!』
『その思い、伝わったぜ!』
普段使っている方のスマホに九重ヤイバの正体を知っている奴らから大量にメッセージが届いていた。
「やっちまった……」
どうにか誤解を解かないと。何が起こるか分かったもんじゃない。
「とりあえずアスカの方からだ」
クラスメイトの方は極論認めても大丈夫として、こっちは正しく解決しないと詰む。
九重ヤイバ:『それは単に偶然だと思うぞ。適当に言った条件がながめに似ていただけだろ』
まずは偶然によるゴリ押しだ。
雛菊アスカ:『偶然?ながめちゃんはそれで誤魔化せるかもしれないけど、私には通用しないよ!』
やっぱり駄目か……
正直に話す以外に方法は無いのか……?
雛菊アスカ:『で、本当の理由は?』
そうだな……
九重ヤイバ:『実はな、俺の周りに水晶ながめと疑わしい女子が居るんだよ。同一人物だったら丁度いい反撃になるなと思って言ってみたら本人だったらしい。ほぼほぼ本人で確定だが、念の為この話は伝えないでくれ』
これでどうだ?気付いているという話は誰にも言っていないからこれでどうにかならないか?
同じ高校という情報を伝えてしまったが、ギリギリ許容範囲だろう。
雛菊アスカ:『怪しいなあ』
これでも駄目なのか……?
雛菊アスカ:『まあ、ヤイバきゅんがあくどい方法を使ってながめちゃんの周囲を調べたってことはないだろうし、そういうことにしておこうかな』
助かった……
雛菊アスカ:『ただ、今度やるオフコラボの時に生ASMRでもしてもらおうかな!』
そういえば以前不本意ながらオフコラボの約束を取り付けてしまっていたな。忘れていた。ただそれよりも、
九重ヤイバ:『生ASMRってなんだ?』
ASMRってマイクを耳かきで撫でたりして心地良い音を聞かせるって奴だろ?生ってなんだ?
雛菊アスカ:『生ASMRってのは、ヤイバきゅんが私に直接耳かきをしたり、シャンプーしたりすることだよ!』
とんでもないこと言いやがったよコイツ。こっちが弱者であることを良いことに好き勝手要求しやがって……
九重ヤイバ:『高校生に何させる気だよ』
雛菊アスカ:『別にASMRは小学生でも聞くことが出来る超健全なコンテンツだけど?何かおかしなこと言った?』
九重ヤイバ:『直接やるのと音声はだいぶ違うだろ』
雛菊アスカ:『え、もしかして耳かきのことエッチなことって思ってるの?ヤイバきゅんは可愛いなあ』
今日のこいつはどうしようもねえな。言い争うだけ無駄だなこれ。
九重ヤイバ:『そうは言ってねえよ』
雛菊アスカ:『ならいいじゃん』
九重ヤイバ:『はあ、しょうがないな。分かったよ』
雛菊アスカ:『本番までにスタジオで出来そうなことを考えとくね!』
九重ヤイバ:『そうか。ただ変な奴はちゃんと拒絶するからな』
雛菊アスカ:『はーい!!』
まあ、耳かきくらいならな。日頃の礼として少しくらいサービスしてやるか。
「とにかく無事に乗り越えられて良かった」
デビューからずっと仲良くしていた奴とこんなんで関係に亀裂が入るとかしょうもなさすぎるからな。
「後はこのアホ共をどうにかしないとな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます