喫茶Ra・bbitとサンドイッチガール

水定ゆう

赤目のあの子は、マスタード気分?

 私、佐山遥さやまはるか。都内の高校に通う高1女子高生。

 そんな私にはひそかに楽しみにしていることがある。それは、いわゆる推し活的な感じかな?ただアイドルとか、韓流スターじゃない。私が好きなのはもっと地味で、身近みじかだけど、とってもカッコいい大人のお姉さんだった。


 カランカラーン


 私は都内某所にある喫茶店に足を運ぶ。

 傾斜のある坂道を登り、やっとお目見えするそこは知る人ぞ知る、赤煉瓦あかれんが喫茶店きっさてんでした。


「いらっしゃいませ。あら?」


 店内には緩やかで心地の良いジャズが流れていた。

 しかし私が好きなのは、そんな雰囲気じゃない。このお店の料理の味と、今私の目の前にいるこの人。


紅芽あかめさん!」


 宇佐田紅芽うさだあかめさん、20歳。

 都内の有名大学に通う手前、ここの喫茶店でバイトしている。何でも、叔母さんが経営者らしくて、人手が足りないからと手伝っているそうだ。

 身長は173センチ。体重は非公開。

 右目は2.0。左目は1.8。

 MT車の免許と、大型二輪の免許。危険物乙種の資格を持っているそうだ。その上、頭の回転は早いし、料理は美味いし、カッコいいしで、言うことなしのパーフェクト人間だった。


「遥ちゃん、今日も来てくれたのね」

「はい。紅芽さんに会いに来ました」

「私じゃなくて、お店の料理にじゃないと叔母さんまたねちゃうわ」


 紅芽さんは流し目する。

 今日はいるのかわからないけど、とにかくそんなの関係ない。私の推しは、紅芽さんだ。


「今日もいつもの?」

「はい!」

「わかったわ。ちょっと待ってて」


 紅芽さんは厨房の方に回った。

 私は一番紅芽さんの姿を長くみることができる、カウンターの席に座る。

 店内に私以外の人は誰もいない。そりゃそうだよ。だってこのお店、外から見たらただの民家だもん。


「あー、やっぱり紅芽さん、カッコいいなー!」


 今にもとろけてしまいそうになる私は、カウンターのテーブルに肘をついて、グデーンとゼリーみたいになる。

 そうして約20分。私はポワポワした気分で、紅芽さんを待った。すると厨房の奥から、鼻の奥を一瞬にして貫き、止まっていた思考を一気に動かすようないい匂いがして来た。


「はい、遥ちゃん。いつもの」

「待ってました!」


 これだよ、これ。これを食べないと私の1週間は始まらない。

 そう思わせてくれるのが、紅芽さんの料理だ。


 私の頼んだのは紅芽さん手作りの、サンドイッチ。メニュー名は、『Ra・bbitサンド〜ほどよい焼き加減とマスタードの香りをあなたに』とちょっと長いシャレたものだ。

 しかし、ただ名前が長いだけじゃない。

 本当に凄いのは、手間暇だ。


「いただきまーす!」


 私はほんのり二度焼きされてラスクみたいになったサクサク食感のパンを口に運ぶ。

 中に入っているのは二重に巻かれた、こんがりハムとふわふわのスクランブルエッグ。シャキシャキ新鮮レタスに、芳醇な酸味を発するトマト。それから何よりも味を引き立てるのはそのマスタードだ。


 パクッ!


「お、美味しです。やっぱり、紅芽さんの作るサンドイッチは世界一です!」

「よかった。遥ちゃんは、本当に美味しそうに食べてくれるから、いつも作るのが楽しくて仕方ないわ」


 手を合わせて喜んでくれる紅芽さん。

 可愛らしい笑顔が、ほんのり奥が赤い目と共に私を癒してくれる。


「でも本当に美味しいです。特にこのマスタード!」


 前に聞いた話だけど、マスタードはこのお店の手作りで、しかも紅芽さん考案だ。

 細かく刻んだ玉ねぎとを飴色になるまで炒めてから、リンゴの擦り皮を混ぜて、じっくりコトコトマスタードを炒めたのだ。こんがりした香りが、口の中いっぱいに広がって、野菜達が踊り出す。

 サンドイッチ本来の旨味を何倍にも何十倍にも引き立てるのは、その真心こもった手によるものだ。


「ふふっ。こらこら、口元にマスタードがついてるわよ」


 紅芽さんは私の唇に付いた、マスタードを舐めとる。

 えっ、今私ったら。もしかして、紅芽さんと間接キスしちゃったの!?

 頭の中がポワポワして湯気が出そうになった。


「遥ちゃん?」

「は、はぅー」

「遥ちゃんったら。仕方ないわね、あっそうだ」


 参ったと言わんばかりに、紅芽さんは腰に手を当てる。

 するとふと何かを思い出したのか、私の顔を見てこう言った。


「実はね、本当は作るのにこんなに時間はかからないのよ」

「えっ?」


 そう言われて我に帰る。

 そう言えばいつも私の時だけ、時間が倍かかってる気がした。


「あ、あの、それって如何言う?」

「ふふっ。あまりお客様を贔屓ひいきしすぎるのは良くないことかもしれないけど、。他の人には内緒ね」


 そう言われた瞬間、言葉を失った。

 それから一瞬にして頭の中に蒸気が立ち込め、私の思考を停止させた。


「あっ、あわわわあー」

「ちょ、ちょっと遥ちゃん!」


 私の身体を紅芽さんが揺する。

 しかし私の意識は推しの愛情にほだされて、すっから溶けてしまっていました。

 食欲をそそるマスタードのちょっぴり辛い香りと、苦いコーヒーの匂いが店内を充満し、ジャズの音に身体を委ねて、私はポワポワワーンとしていました。

 

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喫茶Ra・bbitとサンドイッチガール 水定ゆう @mizusadayou

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