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「行ってません。このバイトで朝は四時起きなんで、授業が終わったらもうおねむな時間なんですよ。しかも、七月の半ばから末にかけてはがっつりテスト週間なもので」
「去年もそんなこと言ってたが……」
そりゃ、そうだ。七月後半はテスト。それは毎年変わらない。
「僕は、勉強をしにここに来てるんで、祭よりもテストです」
「それは、そうだが……」
一陽さんが眉を寄せる。それでも、せっかく京都にいるんだからと言いたいんだろう。僕だって、そう思わなくもないけれど。
でも、観光こそ、いつでもできる。まずは学業と生活。それが最優先だ。
「……八月・九月は、ほぼ毎日入りたいということだったな」
「ええ。夏休みなんで。ここが稼ぎ時です」
「実家には帰省しないのか?」
「九月の末に、少し帰ろうかなと思ってますけど……。でも、まずはとにかく稼がないと。僕、学費と家賃以外は援助してもらってないんで、長期休みが本当に勝負なんですよ」
この店は、朝ごはんと昼ごはんを提供する店。昼営業が終わったら、店じまい。
大学がある日は、バイトは朝のみ。一時限目の授業を取っている時は、七時になったら賄いのお弁当を受け取って、一旦家に帰って準備。大学へ行く。
二時限目、三時限目からの時は、朝営業を終えてから――あとは同じだ。
でも、この夏休みはラストまで入っている。昼営業の十一時から十四時までの三時間。プラス、閉店作業で一時間。つまり、十五時で終了。
明日からは、十七時から別のバイトも入れている。店の定休日である日曜日も、さらに別のバイトを。
この二ヶ月間は、三つかけ持ち。普段が絶対的に学業優先な分、休みなしのフル回転だ。
夏休みってなんだっけ? ってなんだか悲しくもけれど――でも必要なのは生活費だけじゃない。教科書や資料など、勉強するのにだってお金がかかる。
鬼のバイト月間は、ここで学ぶためにも必要なのだ。
僕の言葉に、一陽さんがやれやれと肩をすくめる。
「人間とは本当に異なものだな……。日本の文化を学ぶなら、教室で書物を読むよりも、もっとやるべきことがあろうに。ここをいったいどこだと思っているのだ。京の都だぞ?実際に触れられる素晴らしい文化が、どれほどあると思っているのか」
「……まぁ、言いたいことはわかりますけど」
でも、それを僕に言われても困ります。カリキュラムの内容を決めているのは、僕ではないんで。
僕はお味噌汁を飲み干して、胸の前でしっかりと手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
心の底からそう言って、すぐさま立ち上がる。ゆっくりしている時間はない。昼営業の時間が迫っている。
「一陽さん、今日のお昼ごはんのメニューはなんですか?」
昼営業は、三種類の定食を提供している。出汁巻き玉子定食と、今日の魚定食。そして、日替わり定食。どれも、炊きたてのごはんとお味噌汁に、メインのおかずが一品、二種のおばんざいがつく。そして、おつけもの。和食の基本――『一汁三菜』だ。
「魚は、鯖の西京漬。日替わりは、京赤地鶏と九条葱の炭火焼だ。おばんざいは、湯葉と水菜の炊いたん、ほうれん草のゴマ汚しの二種だ」
一陽さんが再び肩をすくめて、言う。
「了解です。今日のもめちゃくちゃ美味しそうですね!」
僕は白いタオルをつかむと、それをしっかりと頭に巻いた。
◇*◇
悲鳴が上がったのは、最後のお客さまをお見送りして、暖簾を外した――その時だった。
「っ……!?」
慌てて振り返ると、数メートル先にぐったりとへたり込んでいる女性の姿が。着物姿の上品な老婦人がひどくうろたえた様子で、その女性を覗き込んでいる。悲鳴を上げたのはあの人だろう。
「どうしました!?」
急いで駆け寄ると、老婦人が震える声で、「この方が、急に倒れはって」と言う。僕は女性の傍らに膝をつくと、その横顔を覗き込んだ。
今日は、日本全国で猛暑日の予報。熱中症指数は最大。厳重警戒レベルだ。その予報に違わず、太陽はジリジリとアスファルトを焼いている。
「熱中症やろか」
老婦人が心配そうに呟く。
十四時少し前の今は、気温が一番上がる時間帯だ。僕も一瞬そう思ったけれど。
「――失礼」
ほとんど意識を失いかけている女性の首筋に、そっと手の甲を当てる。
汗はほとんどかいていない。体温も別段高いわけではない。顔の火照りもない。呼吸の乱れもとくにない。しかし、顔色は恐ろしく悪い。意識はもうほとんどなくなっていて、さっきの僕の言葉にはもちろん、首筋を触られてもほとんど反応しない。
「救急車を呼んだほうがええ?」
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