第105話 お詫び

俺はいま、レストランに来ている。


前にも一度来たことがあるが、ドイツでも数少ない本格的な和食のレストランだ。


本当は、帰ってホテルで何か食べるつもりだったのだが、エミーがお詫びにご飯を奢ると言うので、ついていくことにした。


俺としては、ハプニングだったので、そこまで謝られても困るのだが、本人の気がすむようにすることにした。


《晴翔さん、本当にすみませんでした》


向かいの席で、これでもかと頭を下げるエミー。


《いやいや、もう大丈夫だから。ねっ?》


《うぅ、でもでもぉ〜》


そんなショックだったんだろうか?そうだとしたら、悪いことしたな。いつもならあれくらい避けられるのだが、気を抜いてた。


《ほら、ご飯食べて忘れよう》


《うぅ、忘れられないですよぉ。・・・私のファーストキスですぅ》


《・・・マジで》


流石に聞こえませんでしたとは言えないため、反応してみたものの、なんて言っていいかわからない。


《晴翔さんは、彼女さん居ますよね?》


《う、うん》


《日本は一夫多妻が認められてるじゃないですか?》


《そうだね》


《何人ですか?》


《えっ?な、なにが?》


《彼女です!彼女何人ですか!?》


さっきまで項垂れていたのに、急に瞳に力強さが戻り、ガバッと顔を上げた。


《え、えーっと、4人?》


《そ、そんなにいたんですか。私が知ってるのは香織さんと焼きそばの人だけなんですが》


香織はファン公認だから知っていてもおかしくないが、焼きそばの人って綾乃か?


《あの人の焼きそば、凄く美味しそうでした》


《良かったら、今度作ってもらう?》


《いいんですか!?》


《う、うん。今度エミーが日本に来たら頼んでみるよ》


エミーはおそらくこっちの方が仕事は困らないだろう。たまに日本に来るなら、その時にでも綾乃に頼んでみよう。


あぁ、そんなこと考えてたら綾乃のご飯が恋しくなってきたなぁ。


《晴翔さんはいつ日本に帰るんですか?》


《俺?順調に行けば5日後かな?》


《なるほど、わかりました!》


何がわかったのか、俺にはわからなかったが、エミーはそれ以上聞かなかったので、俺も余計なことは言わなかった。


その後、運ばれてきた和食を楽しんだ俺達は、食後のデザートを食べていた。


《晴翔さん、お願いがあるんですが》


《なに?》


《あの、私に日本語を教えてくれませんか?》


《日本語を?なんで?》


《私、もっと日本で仕事がしたいんです。少しは喋れるんですけど、たくさん喋りかけられたり、早口だと聞き取れなくて。それに、答えたくても日本語でなんで言えばいいかわからない時もあって》


《なるほど。わかった、いいよ》


《本当ですか!?》


キラキラと目を輝かせるエミー。少しでも喋れるなら、少し教えるだけでも違ってくるだろう。


《よし、じゃあ俺といる時は日本語で話そうか?》


《わかりました。やってみます!》


そういえば、俺がドイツ語を教えてもらった時も、日本語禁止されたんだよなぁ。懐かしい。俺の場合は日本語一つにつきご飯のおかずが没収されていったので、必死に覚えたのを今でも鮮明に覚えている。


エミーにも、飴と鞭は必要だろうか?


「晴翔さん、よろしく、お願いします」


「うん、よろしくね」


その後、しばらく日本語の勉強をした後、今日は解散することにした。


「晴翔さん、今日は、ありがとうございました」


「ううん、こちらこそ。楽しかったよ」


少し練習しただけだが、エミーは結構喋れるようになっていた。多分、自信がなかっただけなんだと思う。


話してみた感じでは、少し勉強すれば日本語検定一級も取れると思う。


「エミー、気をつけて帰ってね」


「はい。晴翔さん」


エミーは両手を広げて何かを待っている。


「どうしたの?」


「晴翔さん、これはドイツの、挨拶です。ハグです」


あぁ、そういえばあの人ともよくやった気がするな。俺は、両手を広げたがエミーとは身長差があるため少し屈んだ。


エミーは俺にギュッと抱きつくと、耳元で囁く。


「晴翔さん、おやすみなさい。大好きです」


ちゅっ


頬に柔らかい感触が伝わる。


「えっ?」


「ほっぺのキスは、ドイツでは、よくします」


気にしないで下さいと言って、エミーへタクシーに乗ってしまった。いや、俺が気にしているのはそっちではなく・・・。


いや、俺の考えすぎかな。はぁ、やばいみんなに会いたくなってきたな。


俺はスマホを確認すると、通知がオフになっていたため、すごい数のメッセージがみんなから届いていた。


ホテルに戻った俺は、一人一人にメッセージを送り、なんとか機嫌を戻してもらった。


ーーーーーーーーーー


「ふぁぁぁ、よく寝た」


「いや、寝過ぎよ晴翔くん。今日は予定が入ってるんでしょ?」


「ははは、もうすぐお昼でしたか。そうだ、準備して出ないと」


「全く、私が起こさなかったらどうしてたのよ。世話が焼けるわね」


「すみません」


俺は着替えると、用意されていた軽食を食べるとホテルを後にした。


「じゃあちょっと出かけてきます。起こしてくれてありがとうございました。それから、軽食まで」


「いいのよ、気にしないで。気をつけて行ってくるのよ?」


「・・・」


俺は、新婚だとこんな感じなのかなと、ふと思った。澪ならなんとなく想像できるが、他の3人は想像がつかないな。


「どうしたのよ、急に黙って」


「いや、恵美さんは良いお嫁さんになるなぁと思って」


「なっ!?」


「じゃ、行ってきまーす」


「ちょ、晴翔くん!?」


恵美さんはこっちに手を伸ばしていたが、伸ばした手が俺に触れることはなく、ドアが閉まった。


その後、なんだか声が聞こえたような気がしたが、空耳かな?


俺はタクシーに乗り込むと、目的地に向かう。今日は「会社に来い」と言われてるので、相手が働く会社を目指す。


ドイツにあるが、日本の会社なので、日本人も多く働いている。何度か行ったこともあったので、俺は特に緊張することもなく向かった。


ーーーーーーーーーー


「それにしても、大きい会社だよなぁ」


俺の知り合いは、この会社で社長をしている。この会社は総合商社で、国内外問わず、様々な取引を行なっている。


俺は、香織の手紙を持っていることを確認すると建物の中へ入った。


俺は受付に向かうと、受付の女性に話かけた。見た感じ、日本人のようだ。


「すみません、この人に会いたいんですけど」


俺は、知り合いの名刺を出す。


「はい、日本の方ですね。拝見いたします」


「はい、お願いします」


名刺を見ると、しばらく固まっている女性。名札には『佐藤』と書かれていた。佐藤さんか、日本でよく聞く名前だ。海外で見かけると親近感が湧くな。


「あ、あの、この人でお間違い無いですか?」


「はい、12時に約束してるんですけど」


「12時ですか?・・・えっ、じゃあ本当に?」


何か問題があっただろうか?


「大丈夫ですか?」


「あ、いえ、大変失礼致しました。ご案内させて頂きます」


「あ、いえ、場所はわかってるので、通行証だけくれれば行きますよ」


「いえ、貴方様にそんなことさせられません!!」


「えっ!?」


「あの方の大事なお客様であれば、それ相応の対応をさせて頂きます。直接ご案内致します」


「そ、そうですか。では、お願いします」


俺は、佐藤さんに着いて行くことにした。



ーーーーーーーーーー


「すみません、この人に会いたいんですけど」


私の前に突然現れたのは、すっっっごいイケメンの日本人男性だった。


正直すごい好みだったけど、仕事中だったので仕事に集中した。


その男性は、一枚の名刺を差し出した。その名刺を見た時、正直驚いた。だって、この会社の代表取締役社長だからだ。


「あ、あの、この人でお間違い無いですか?」


「はい、12時に約束してるんですけど」


「12時ですか?・・・えっ、じゃあ本当に?」


12時過ぎに何も予定を入れるなと、取引先の訪問まで断った社長がお会いになる相手。これは、失礼があってはいけません。


「大丈夫ですか?」


「あ、いえ、大変失礼致しました。ご案内させて頂きます」


「あ、いえ、場所はわかってるので、通行証だけくれれば行きますよ」


「いえ、貴方様にそんなことさせられません!!」


「えっ!?」


「あの方の大事なお客様であれば、それ相応の対応をさせて頂きます。直接ご案内致します」


「そ、そうですか。では、お願いします」


そんな扱いをしたら、私の首が飛びかねません。私は細心の注意をはかりながら案内に集中した。

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