第104話 ほっぺにキスを
《晴翔さん、抱っこして下さい!》
《・・・えっ?》
突然の申し出に、面を食らった。俺は一瞬何を言われているのか理解できなかった。抱っこ?もしかして、お姫様抱っこのことか?
《お姫様抱っこ、でいいのかな?》
《そうです!》
真剣な面持ちで、俺にそう訴えるエミーは、何かに必死になっているように思える。それが一体なんなのかわからないが、協力してあげようと思った。
《それを撮ったら終わりだからね?》
俺がそう言うと、徐々にエミーの顔は緊張がほぐれ、いつもの素敵な笑顔に戻る。うん、エミーは笑顔が一番だね。
《はいっ!ありがとうございます、晴翔さん!》
俺は、エミーに近づくとそっと持ち上げる。エミーからは緊張が伝わってくる。心臓の鼓動も早くなり、わずかに頬も赤くなっている。
俺は、落とさないように大事に抱きかかえる。それにしても、軽いな。ちゃんと食べてるのかな?俺は、まじまじとエミーを観察する。
《は、晴翔さん、そ、そんなに見つめないでください・・・恥ずかしいですぅ》
《あっ、ご、ごめん》
《い、いえ、見られるのは別に構わないのですが、恥ずかしくてですね。でも、晴翔さんになら、もっと見て欲しくて。でもでも、あぁぁぁぁぁ》
エミーが壊れた。
この時、俺だけでなくこの場に居合わせた誰もが思った。
《ごほんっ!そろそろ、撮影再開しようか》
スタッフさんからの助け船もあり、なんとか撮影に戻ることができた。よかった、これが撮り終われば帰れる。
俺はこの時、気を抜いていたと思う。
そして、そんな俺を呼ぶ声が聞こえた。
《・・・は、晴翔さん》
俺は声の主の方を見ると、次の瞬間、唇に柔らかい感触が伝わった。
ーーーーーーーーーー
わ、私はやれば出来る子。そう、出来る子なのよ。自信を持つのよ、私!
私は知り合いに唆されて、晴翔さんのほっぺにちゅーをすることを決意しました。これは、私の人生で一番の挑戦です。きっと、初めてモデルを始めた時よりも緊張しています。
チラッと、目の前にいる晴翔さんのほっぺを見る。私は、この綺麗なほっぺに、ちゅ、ちゅーを。
だ、だめだめ!
意識したら出来なくなるわ。私は、決意して晴翔さんの目を真っ直ぐに見だ。
《晴翔さん、抱っこして下さい!》
い、言った!言えた!
私は晴翔さんの様子を見る。晴翔さんは驚いたのか、呆けている。
初めは、渋っていた晴翔さんだけど、私の願いが通じたのか、この一枚を最後にする約束で、撮ってくれることになった。
《はいっ!ありがとうございます、晴翔さん!》
私は笑顔で晴翔さんに、お礼を言いました。すると、周りにいたスタッフさんも、小声で応援してくれました。
《エミリーちゃん、良かったね》
《頑張って!》
《既成事実よっ!》
き、既成事実って、ただほっぺにちゅーするだけなんだから!
はわわわわ、どうしよう、晴翔さんが近づいてくる。緊張してきたぁぁぁぁ。
晴翔さんは、私の目の前までくると、そっと横に回り私の身体をそっと持ち上げました。凄く優しく、温かい何かに包み込まれる感覚。これは癖になりそうです。
チラッと晴翔さんの方を見ると、一瞬目があってしまいました。
私は、自分の顔が熱くなるのを感じます。きっと、顔も赤くなっていることでしょう。あぁ、ドキドキしますぅ。
な、なんだろう。さっきから視線をかんじるような・・・。
視線の主は晴翔さんでした。
えっ、なんで!?
ど、どど、どうしてこんなに見られてるの!?
私は恥ずかしくなり、晴翔さんに声をかけました。
《は、晴翔さん、そ、そんなに見つめないでください・・・恥ずかしいですぅ》
《あっ、ご、ごめん》
晴翔さんはすぐに謝ってくれるが、別に謝って欲しいわけじゃないのに。むしろ、もっと見て欲しい。でもでも、やっぱり恥ずかしい!
《い、いえ、見られるのは別に構わないのですが、恥ずかしくてですね。でも、晴翔さんになら、もっと見て欲しくて。でもでも、あぁぁぁぁぁ》
私は完全に理性を失いました。しかし、だからこそ、チャンスだと思いました。もう、これだけ恥ずかしい自分を晒したんだから、もう一回も2回も変わりません!!
私は、やってやる!と心に固く決意をしました。
《ごほんっ!そろそろ、撮影再開しようか》
見かねたスタッフが、声をかけてくれ、撮影に戻ることが出来ました。
あぁ、どうしよう。
私、私は、この人が好き、なんだと思う。憧れじゃない。きっと男性として。
晴翔さんを見ていると、私は感情が抑えられそうにありませんでした。晴翔さんが帰国する前に、ちゃんと気持ちを伝えよう。
私は、晴翔さんから目を離し、スタッフさんの方を見る。
カメラマンさんも、メイクさんも、ヘアリストさんもみんな、グッと親指を立てて応援してくれた。
よ、よしっ!
私は晴翔さんのほっぺを見ると、狙いを定めます。しかし、晴翔さんのほっぺが近くにつれ、心臓の鼓動が激しくなり、どうにかなってしまいそうだった。
私は、目を瞑り一気に行くことを決めた。
そして、心の中で晴翔さんを呼んだつもりだったのに、私の心の声は漏れてしまっていたらしい。
《・・・は、晴翔さん》
ちゅっ!
私の唇にとても柔らかい感触が伝わります。そして、触れた瞬間にシャッターが切られた。
カシャッ!
静かな空間に、シャッター音だけがこだました。そして、なぜかしばらく静寂が続いた。
私は、すぐにほっぺから唇を離しました。結局、私は唇をほっぺから離すまで、一度も目を開けることが出来ませんでした。
でも、写真は撮れているはずなので、後でしっかり確認することにしましょう。
私は安堵から、やっと目を開けることが出来ました。すると、私の視界に飛び込んだのは、困惑の表情を浮かべる晴翔さんでした。
しかし、それは晴翔さんだけではなく、周りのスタッフさん達も、口を開けて呆けていました。
《は、晴翔さん?》
私は、居た堪れなくなり、晴翔さんに声をかけました。晴翔さんは、返事はしないものの、表情はいつもの表情に戻り、私に優しく微笑んでくれました。
ーーーーーーーーーー
《・・・は、晴翔さん》
俺は、不意な呼びかけに反応し、エミーを見る。すると、次の瞬間エミーの柔らかい口が、俺に触れた。
一瞬、何があったか理解出来なかった。こ、これは、キス、されたのか?
エミーは必死に目を瞑っているが、俺から唇を離すと、満足そうな表情と共に、そっと目を開ける。
俺は、なんて声をかければいいんだ?
俺は完全に思考が止まってしまい。呆気に取られていた。それは、俺だけではなく、周りのスタッフにも言えることだった。
皆、一様に同じ表情を浮かべ、しばし静寂が続いた。あの表情を見る限り、これはハプニングなのだろう。
エミーも、何が何やらわからないといった表情を浮かべている。
俺はエミーを優しく降ろすと、しばらく無言が続いた。
《は、晴翔さん?》
エミーの声に、ハッと我に帰ると、困惑する思考を奥に押しやると、とにかく柔らかく、優しい笑顔を意識してエミーを見る。
少し安心したのか、エミーは両手で胸元を抑えながら、ホッと一息ついた。
《写真の確認をしてきますね!》
そう言うと、エミーは楽しそうに写真を確認に行く。しかし、スタッフさん達は微妙な顔をして俺の方を見る。
そして、スタッフが1人こちらに駆け寄ってくる。
《あれ、消しますか?》
あれとは、さっきの写真を言っているのだろう。俺としては一秒でも早く消し去りたいが、あんなに嬉しそうな表情を見ると、可哀想になってくる。
《いえ、大丈夫です。エミーが消すと言えば消してください。エミーに判断は任せます》
《わかりました》
カメラマンの元へ向かうと、カメラマンは頷きエミーに先ほどの写真を見せた。
《へっ?これ、さっきの写真、ですか?》
《はい、そうです》
《えっ、でもキスして・・・》
《そうですね》
・・・。
《ほ、本当に?ドッキリですか!?》
《いえ、現実です》
《・・・えぇぇぇぇぇ!?》
やっと状態を理解したのか、スタジオ内にエミーの声がこだました。
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