第97話 二学期

「ふぅ、師匠、危なかったっすね」


「あ、あぁ。ありがとう六花」


「いえ、お安い御用っす!」


「それにしても、なんで師匠なんだ??」


いつもは晴翔さんなのに、今日に限って師匠と呼んでいる。


「そ、それは。『晴翔さん』だと、小板橋さんと被るじゃないっすか。なんか癪に触るっす」


ぶぅーと頬を膨らませ、不貞腐れる六花。そんなこと気にしてたのか。


「だって、もう一人は『はーくん』とか呼んでるし、なんか嫌っす」


「んー、じゃあなんか違う呼び方を考えればいいんじゃないか?」


「違う、呼び方・・・。2だけの」


「2人だけ?」


もうこっちの話は聞いていないようだ。何やら真剣に考えている。


「ハル先輩はいるし、晴翔さんもいる。ん〜、そうだ!」


何か閃いたようで、バッとこちらを振り返る。


「今からハルさんとお呼びするっす!」


「ハルさん?まぁいいけどさ」


「よし、決まりっす!じゃあ収録に戻るっす」


俺達は、休憩を終えて収録へと戻る。今日は他競技を経験すれば終わりだ。


陸上以外のバドミントン、バスケ、空手をそれぞれの選手が指導する形で、体験を実施した。


バドミントン、バスケ共にそれなりに出来るが、やはりトップアスリートは凄かった。


「おい、齋藤」


収録が終わり、俺に話しかけてきたのは小林くんだった。意外な人物の登場に俺はかなり驚いていた。


「ど、どうしたの?小林くん」


「俺のことは正登でいい。俺も晴翔って呼ぶ」


「う、うん、わかったよ、正登。それで、どうしたの?」


「これ、渡しとく」


そう言って、手渡されたのは一枚の紙だった。どうやら連絡先が書いてあるようだ。


「これ、俺の連絡先だ。本当は携帯持ってるんだろ?お前も大変だな」


「あはは、やっぱりわかる?」


「そりゃな。他の2人だってわかってて引いたんだろ。北岡さんの圧がすごかったからな。北岡さんのファンとしては複雑だが、まぁ頑張れや」


なんだろう、思ってたより良い奴なのか?


「う、うん。ありがとう。後で連絡するよ」


「あぁ、バスケ部の勅使河原によろしく言っといてくれ。あと、お前を見込んで、後で相談がある。必ず連絡くれ」


「わ、わかった」


じゃあな、と手を上げてスタジオを去っていく正登。あんな奴が相談とは、なんだか面倒に巻き込まれそうだな。


俺もスタジオを後にすると、控え室に向かう。控え室の前では小板橋さんと彩葉が恵美さんと話している。


俺が見えると、2人は笑顔で手を振ってそれぞれの控え室へ帰って行った。なんだったんだ?


「恵美さん、どうしたんですか?」


「晴翔くん〜(泣)」


「ど、どうしたんですか??」


今にも泣きそうな表情の恵美さん。一体何があったのか?


「あの子達怖いよ〜。これも全部晴翔くんのせいだわ!」


「えぇっ!?」


「これ、あの子達からよ。全く、高校生が色恋沙汰に積極的で困っちゃうわ。・・・私だってまだ彼氏居ないのにぃ(泣き)」


な、なんだか恵美さんのキャラが崩壊している。一体何を言われたのか?


そして、渡されたのは彼女達の連絡先だった。なるほど、正登の言う通りやっぱりわかってたのか。


「晴翔くん」


「は、はい」


「もう1人中に居るから、頑張って。話が終わったら連絡頂戴。家まで送るわ」


そう言って、恵美さんもどこかへ行ってしまった。それより、俺の控え室に誰が?


ガチャッ


「ハルさん、おかえりなさいっす!」


「や、やっぱりお前か。人の控え室に勝手に入ってるなよ」


「いいじゃないっすか、僕達の中じゃないっすかぁ」


「俺とお前はただの友達だろ。それか、師匠と弟子だな」


「師匠は弟子の裸を見るような事はしないと思うっす」


「ぐはっ!?」


こ、こいつ、まだ根に持ってんのか?あれは事故だっただろ。それに、あの格好で寝てるお前が悪い。てか、胴着の下は何か着とけよ。


「わ、悪かったよ、でもあれは事故だろ?」


「ま、まぁ、あれに関しては私も悪かったっすよ?でも、あのまま襲ってくれても・・・良かったんすよ?」


「ん?なんだって?」


「ハルさんのばかぁぁぁ!!」


六花は凄い勢いで俺の控え室を出て行った。


はぁ、あんなこと言われても困るんだよなぁ。こういう時は、聞こえないふりしとくのが一番だ。


俺は恵美さんに連絡をすると、家まで送ってもらうことにした。


ーーーーーーーーーー


「ハルくん、おはよー!」


「おはよう、香織。相変わらずテンション高いな」


このやりとりも、もう何度目だろうか。俺は行きたくないのになぁ。


「だって、何度見てもハルくんは格好良いんだもん。みんなに自慢出来ると思うと嬉しくてぇ」


香織は本当に嬉しそうに笑っている。余程嬉しいのだろう。香織の笑顔を見ると俺も嬉しくなる。


しかし。


「もう二学期始まるのかぁ〜」


「元気出して!私達が居れば大丈夫だから!」


「お、おう」


それから、途中で綾乃、桃華と合流し学校を目指す。


「は、晴翔、おはよう。まだ慣れないな。学校でこの顔を見れるようになるんだなぁ」


「ハル先輩、お久しぶりです!やっと会えましたね!」


「おはよう、2人とも」


俺達が学校へ向かっていると、チラホラと生徒達が増えてきた。


『お、おい、あれ!』


『マジか、本当にアイツだったのか!?』


『嘘だろ!?』


未だに信じられずにいる男子生徒達。


『すごいすごい!やっぱりHARU様だ!』


『どうしよう、声かける!?』


『でも、西城さん達が居るし、タイミング見て話しかけてみよ?』


なんとなく予想の着いていた女子生徒達。


男子と女子でリアクションは全く違かったが、共通して晴翔のことで盛り上がっている。


それは、学校に近づくとますます波紋を呼び、収拾がつかなくなってくる。


「ありゃりゃ。ハルくん、教室までたどり着けるかな、これ」


「晴翔、今日は帰るか?」


「ハル先輩、仕事行きますか?」


3人とも現実逃避している。しかし、これは俺も帰りたい。


校門の前には他校の生徒まで集まっており、とてもじゃないがクラスまで辿り着けるようには思えない。


俺達はただただ立ち尽くしていると、その騒ぎにやっと気づいた先生達が対処してくれることになった。


とりあえず、俺は混乱を避けるためと称して、保健室に逃げ込んだ。


特別に一時限目の授業は欠席にならずに済んだ。とりあえず、各クラスで先生達から生徒達へ簡単な説明と注意がなされた。


俺はその間、保健室で暇を潰すことに。


「さ、齋藤くん」


「はい、先生」


保健室の先生は、アニメや漫画の影響か、何かと色っぽい方が多い印象がある。そして、うちの保健室の先生は、まさに大人の女性といった感じである。


「本当に、格好良いのね。先生びっくりしちゃった」


「いえ、保健室には初めて来ましたが、先生もなんか凄いっすね」


先生は少し言葉を交わすと、忙しいようでどこかへ行ってしまった。


ガラガラガラ


「失礼します」


あれ、誰が来たな。でも、先生いないんだよなぁ。


「すみません、頭が痛くて、痛み止めありませんか?」


「すみません、今先生居ないんですよ」


「ひゃっ!?さ、ささ、齋藤先輩ですか!?」


「ん?そうだけど?」


「ほ、本物!?」


何をそんなに驚いているんだ?今まで後輩に会ってもこんな反応されたことないぞ?


「薬は出せないけど、とりあえずベッドに横になれば?」


「べ、ベッド!?」


「うん」


「い、いえ、もう大丈夫です!治りました!失礼します!!」


「え・・・」


凄い勢いで出て行ってしまった。そんなに変なこと言ったかな?


俺は周りの変化についていけずに居たが、しばらくの間、騒がしい日々は続くことになった。


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