第49話 道場にて
俺は気晴らしに道場へ向かうと、その道すがら、子供達の声が聞こえてきた。
『ていっ、やぁ、とぉ』
極真空手にしては可愛らしい声だ。この時間は、小さい子向けの練習をやっていることが多いので、おそらく小学生達だろう。
ガラガラガラ
「おっ、この時間に来るとは珍しいじゃないか」
道場の入り口を開けると、沢山の子供の前で指導する父さんの姿があった。
「父さん、今日は体験教室?」
「あぁ、ちょうどいい時に来たな」
「ん?」
ちょうど良い?何かあったのか?
「はーい、みんな、注目!」
その掛け声と共に、子供達は一斉にこちらを向く。そして、壁際で見学していた親御さん達も同じく注目している。
「このお兄さんは、私の息子ですっごく空手が強いです!」
突然の紹介に、俺は戸惑ったが子供達のキラキラした目を見ると、逃げるわけにはいかないようだ。
この年頃の男の子達は、強いってことに格好良さを求めているのかな?
「さっきまでは、突きや蹴りを軽く体験してもらったけど、このお兄さんにルールを教えてもらおう」
「「「「はーい!!」」」」
最近の子供達にしては、みんな静かにこちらを見ている。みんないい子達だな。
「じゃあ晴翔、ここは任せたぞ。俺は仕事があるから」
「はぁ!?この子達どうすんだよ!?」
「体験コースだから、あと1時間くらい空手のこと教えてあげて。その後は、一般の部の人達が来るから連絡メニューとか組んであげて」
それじゃ、と言ってそそくさと居なくなってしまった。おいおい、俺が居なかったらどうしてたんだよ。
はぁ、とりあえず続きをやるか。
『伊織さん帰っちゃうのね』
『せっかく見に来たのに』
『残念。息子さんはなんだか暗い印象の方なのね』
どうやら親御さん達は、父さんが目当てのようだ。確かに父さんは格好いいからな。結婚してからも、女性関係は結構大変らしい。
まぁ、親御さんたちは残念かもしれないが、子供達は関係ないみたいだから、頑張るか。
「じゃあ、まずは簡単なルールから教えるよ?」
俺の言葉に耳を傾ける子供達。
「まず、いろんな流派があるけど、うちはフルコンタクト空手の新極真会です。試合時間は2分間です」
「そんなに短いんですか?」
一番前にいる男の子からそんな声が上がった。まぁ、試合をしたことがない人はみんなそう思うだろう。
「いい質問だね。でも、実際にやってみると、この2分間は何十分にも感じるんだ。僕も実際長いなぁと思いながらやってるよ」
俺の言葉に、半信半疑の子供達はへぇーと、薄いリアクションである。
「じゃあ、ルールの説明ね。相手に攻撃をして、3秒以上ダウンさせたら一本勝ち。まぁ、実力差が無いと一本はまず出ません。なので、ひたすら攻撃を与えて、ポイントを取っていきます」
流石に難しくなってきたのか、ついて来れてない子が出始めたな。
「とりあえず、覚えておいて欲しいのは、反則についてです。拳や肘で顔を攻撃したり、金的蹴りや頭突き、首への攻撃はダメです」
「「「はーい」」」
さて、実際にやってみる方が良いかな。そう思ったところに、一般の部の男性が1人やってきた。ナイスタイミング!
「近藤さん、ちょっと組手やりましょう」
「え、俺と晴翔さんがですか?」
「そうです。ちょっと子供達の見本に。みんな、この人はこの前大会で優勝したほど強い人だよ」
「「「おぉ!!」」」
子供達は尊敬の眼差しを、近藤さんに向ける。
「いや、伊織さんや晴翔さんが出てないからじゃ無いですか。2人とも仕事で居なかったから」
「関係ないですよ。その時のメンバーで強い人が勝つ。それだけです。じゃあ、やりましょう」
俺は、子供達の前で、近藤さんと組手をしながら突き、蹴りなどの基本的な技を見せていく。
一通り終わったら、今度は実際に子供達に蹴りや突きを俺や近藤さん相手にやらさてみる。
いきなり、子供同士でやると怪我のもとなので、後日入会する子以外はやらせない。
一通りのレッスンが終わると、子供達は楽しかったのか、笑顔で親御さん達の元へ向かう。
そして、俺も親御さん達の元へ向かい挨拶をする。
「長い時間お疲れ様でした。父が途中で退席してしまい申し訳ありませんでした。息子の晴翔です」
俺は汗を拭って、前髪を掻き分けて挨拶をする。すると、皆さん先程とは反応が変わる。
何かに驚いたのか、口を開けて固まっている。
「どうしました?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「お、お気になさらず!」
「そうですか?」
大丈夫とは言うものの、皆さん何かコソコソと話し合っている。
『晴翔さん、こんなにイケメンだったの!?』
『伊織さんにそっくり!』
『やっぱりイケメンの子はイケメン』
皆さん心なしか顔が赤い。あ、そっか。道場は蒸し暑いからな。窓開ければよかったな、失敗した。
「すみません、暑かったですよね。お茶用意しますね」
俺は、紙コップに冷たいお茶を入れると、親御さん達の元へ戻り、コップを手渡した。
「気が利かなくて、すみません。とりあえず、今日はこの辺で終わりになります。もし入会して頂く場合は、後日申込書を一緒にお持ち下さい」
まぁ、この中の何人が入るかはわからないな。実際才能がありそうなのは15人中2人くらい。それ以外は、差はなさそうだ。
「あ、あの、ご指導頂くのは伊織さんなんですよね?」
あぁ、そういえば、この人達は父さん目当てだったっけ。
「基本的にはそうですね。忙しい時は、他の方にお願いしますが」
「あの、ちなみに、晴翔さんはいらっしゃるんですか?」
「俺ですか?用があるときは来れませんが、基本的には顔を出すと思いますよ?」
夏休みは何かと忙しいかも知れないが、やっぱり体を動かしていると、頭がスッキリする。
「そうなんですね。じゃあ、うちの子通わせようかしら」
「うちも、お願いしようかな」
おぉ、なんと早くも数人は通ってくれそうだ。これは幸先がいい。父さんも喜ぶぞ。
その後、子供達もみんな帰った後、一般の部の方達が揃ったので、今日のメニューを組んで近藤さんにおまかせした。
俺は、数人と組手をして軽く汗を流すと、頭がスッキリしたので自宅に帰ることにした。
「あれ、晴翔さんもう帰ったの?」
「俺も教えてもらおうと思ったのに」
晴翔は道場に来ても、サンドバッグを打つか、伊織の代わりのまとめ役がほとんどのため、組手をやる機会は少ない。
「それにしても、大人を相手にして軽く汗流す程度ってヤバいな」
「こっちはもう息が続かないってのに」
「やっぱり伊織さんの息子さんだよな」
晴翔が帰った後も稽古は続き、暗くなる頃には道場を閉める時間となる。
「おーい、そろそろカギ閉めるから片付けろ」
「了解です」
皆で掃除などをして、後始末をしていると、道場の扉が開く。
「お邪魔しまーす」
皆の視線が一箇所に集まる。
「どなたですか?って、もしかして、六花さんですか!?」
「なんだって、アイドルの!?」
「嘘だろ!?」
大人たちは、有名人を前にしてあたふたと慌ただした。
「な、なんのようでしょうか?」
代表して、近藤が六花に用件を訊ねる。
「あの、晴翔さんはいらっしゃらないですか?」
「晴翔さんですか?」
「はい、晴翔さんにちょっと用があって」
「そうなんですね。さっき帰っちゃったので、自宅行ってもらえればいると思いますよ」
「帰っちゃったか。わかりました、また来ます」
それだけ言い残すと、六花はさっさと帰ってしまった。自宅に行けばすぐにでも会えるのだが、まさか自宅がすぐ裏にあるとは思っていない六花は大人しく帰ることにした。
「おいおい、晴翔さんって六花ちゃんと知り合いなのかな?」
「六花ちゃんって、元々空手やってただろ?」
「もしかして、それでか?」
大人達も、昔からこの道場に通っていたが、六花の見た目や喋り方は小学校の時とは全く違うため、誰も気づく者は居なかった。
近藤は、道場の鍵を返すついでに、晴翔に話を聞きに行くことにした。
「晴翔さん、お疲れ様です」
「あ、近藤さん。いつも頼んじゃってすみません。カギありがとうございます」
いつもなら、このまますぐ帰るのだが、なかなか帰らない近藤さん。
「どうしました?」
「あ、あの、六花さんって知ってます?アイドルの」
「あぁ、六花ちゃん。知ってますよ」
六花がどうしたのだろうか。確か空手を真剣にやるために、グループを脱退してたな。サイン会であったのが最後か。元気にしてるかな?
「晴翔さんを探してたんですけど、どういう関係なんですか!?」
「は?」
どういう関係も何も、晴翔としては会うのは初めてのはず。しかも、なぜうちの道場を知っている。
とりあえず、近藤さんには全く接点がないとだけ伝えて帰ってもらった。しかし、近藤さんは六花さんの大ファンみたいで、納得いってない様子。渋々帰っていった。
「六花、六花、んーどっかで聞いたことあるんだよなぁ」
「どうしたの晴翔?」
ぶつぶつ言いながら歩く俺を心配して、母さんが話しかけてくれた。
「いや、六花ってどっかで聞いたことあるんだけど、思い出せなくて」
「それって、りっちゃんのことじゃないの?」
「りっちゃん?」
そんな子が、居ただろうか?考えるが出てこない。りっくんなら居たのだが。
「あんたもしかして。はぁ、本当に鈍感なのね。まぁ会えばわかるわよ。あんなに可愛くなっちゃってねぇ。あんたも罪なやつね」
俺は母さんの言ってることがよくわからなかったが、用があるならそのうちまた道場にくるだろう。
俺は、とりあえず考えるのをやめて、早く寝ることにした。まさか、すぐに再会することになるとは思って居なかった。
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